アイリーニア・ロギン
よろしくお願いします。
村を出るときに、雨除けとしてもらった地味な色の外套を羽織る。
移動時間の短縮のため馬を買い取ることも考えたが、
あの馬のような何かは乗る自信がなかったのでやめておいた。
馬というより陸蛸みたいな見た目をしていたが。
あれは馬なのか?この認識のずれに異世界感がより一層強くなる。
懐かしい感覚だ。
少なくとも前の世界のようにはうまく事は運ばないことは見えていたから、歩いていくことにする。
幸い村長の話をそのままに聞くのであれば、ここから北に馬で3~4日ほど行った場所に少し大きな町があるそうだ。
まずはそこを目指そうと思い村を出たわけである。
一本道だと聞いていたので油断したが、1日を過ぎたところでいつの間にか森の中で迷ってしまった。
手製の方位磁石からして北方向に進んでいるのは確かなのだが、どうも道はなく鬱蒼として起伏の激しい森を歩くことになっている。
「案内に一人付けてもらうべきだったか」
そう呟いて、もう一度あたりを見回す。
周りに比べて3メートルほど隆起している地形を見つけたためその上に登ってあたりを見渡してみたがやはりと言うべきか見渡すかぎり森ばかりである。
ひとまず暗くなってきたのでそろそろ簡易の野営地を作成することにする。
「ここをキャンプ地とするーっ!」
何の意味もなく宣言する。
村でもらってきた干した魚や何かの実を干したものと米を揚げたような日持ちするパンなどは持っている。
ひとまず魔法の触媒である聖剣を抜き放ち、体の正面に構える。
重力魔法を駆使して半径10メートルほどの範囲の隆起した地形を慣らし、高さ3メートルほどの円柱状の台地に成型する。
この台地から周囲2メートルほどは聖剣で切れる太さの伐採して倒しておく。
まぁ魔力を込めれば切れない木はほぼ皆無なのだが。
ここまですれば基本中型までの動物類は上ってこれないだろう。
そして同じく円柱型の台地の中央に深さ60センチ半径1メートル半ほどの深さの窪みを作る。さながら竪穴式住居だ。
中央に焚火をして野営する。屋根部分も圧縮成形し、地表面から50センチほど盛り上げて壁を作り三角錐の屋根材と煙突を作る。
煙突は中央の焚き火からの煙を緩やかに排出している。
魔術を増幅する触媒となる聖剣が優秀故、1時間ほどで作業が終了した。
枝と石を組み合わせて地表から出た部分の一部にカモフラージュをほどこせば、飛行するモンスターからもある程度見つかりずらいだろう。
これで立派な寝床が完成した。
我ながらこの短時間でよく作ったものだ。
芸術点も高い。重力魔法と言う名の圧縮魔法で力のかぎり圧縮した壁面はもはやタイル状である。
聖騎士に任ぜられる前からこのようなことは良くやっていた。
ここまで細かいディテールを施したことは無いが、魔術師用の術具を使用して塹壕やら土塁やらを作りまくっていたのがこういう時役に立つ。
結界の類には明るくないためにこのように地形をいじって横着をするのだが、これをするとしないとでは安心感はけた違いだ。
保存食だけではどうにも足りないので道中に遭遇した鹿に似た魔物の一部を焼いて食べてみることにした。
火を起こして木につるした腿の肉をそいでこげない程度に焼く。
油が独特の香りを漂わせる。
癖が強いラム肉のような香りだが、村で作っていた塩をまぶすだけでごちそうである。
肉は食めば思いの他うまみが強く、草の香りがする肉だった。
聖剣を抱えてうとうとしている時、外から人の声がした。
「騎士さま、こんなところでおひとりで何をしてらっしゃるの?」
見上げると出入りのために開けてある横穴のような出入り口の向こうに身長50センチほどの人形が入り口の壁面に手を添えて立っていた。
人形と表現したのは成人女性のような躯体をしながら、あまりにサイズが小さかったからだ。
「誰だ」
聖剣の柄に手をかけて問いかける。
「私はロギン。
この辺り森に住むエルフの末裔よ」
目を凝らすと確かに耳が横に長い。いつの間にか降り出した雨の中ボンヤリと発光する品のある薄い金色の髪も、生物と妖精の中間であるエルフ感を醸し出している。
だが、圧倒的にサイズが小さい。
「エルフはもう少し背の高い種族だったように思うけど」
「末裔と言ったでしょ?
純粋なエルフなんてもうこの大陸には居ないんじゃなくて?
これでも妖精との混血の一族の中ではエルフの血は濃い方なんだから、
末裔と言って問題はないはずよ?」
ロギンと名乗るエルフの末裔は胸にポンと手を当てながらどや顔をする。
揺れて主張する胸元は濡れて張り付いた服の上からその存在を十分に主張しているが、纏う布は荒く人形向けに仕立てられたように見え、ことさらに人形のようだ。
だがその表情は屈託がない。
心の底からドヤ顔をしている。
どうやら悪い奴ではないらしい。
見るとロギンと名乗るエルフの末裔は雨にたいそう濡れている。
雨はそこそこ大降りになってきており、煙突からも雨が少々降り込んできている。
煙突に雨よけを魔法でチョチョイと作る。
そして控えて置いた薪を煙突からの降雨で消えかけている焚火にくべて火の勢いを強める。
そんなことをしているうちにどんどんと雨は強くなる。
雨期なんかがある土地じゃないといいなぁと思いつつ、さらに焚火に枝をくべる。
その語り口的には適当に入ってくるかと思われたロギンと名乗るエルフの末裔はいつまでも入り口外側に立っている。
時折風が吹くと髪も服も雨に強く打れ、どんどん体に張り付いている。
「どうした、雨が当たるだろう、屋根に入ったらどうだ
エルフでも雨に濡れたら風邪はひくんだろ?」
ロギンと名乗るエルフの末裔は驚いたような顔をする。
「エルフを家に入れてしまっていいの?」
確かに薪木や寝るためのスペースなどもあり少々は手狭ではあるが、寝転べないほどではないし、
結局先ほども壁にもたれかかって寝ていたのだから、せいぜい50センチ少々の小人が参加したところで物事にさほど変わりはない。
「あぁ、昔エルフには世話になった事もある。
それにせっかくの髪がずぶぬれじゃないか。火にあたって乾かすと良い」
薪をいくつか組んで椅子にして躊躇しているロギンを招く。
「ほら暖かいぞ」
ロギンは屋根へ足を踏み入れ、髪と衣服の裾を軽く絞ってから振り返り恭しくカーテシーをした後、雨よけの返しに足を掛け乗り越える。
俺は聖剣に魔力を回し、雨よけの段差から下に降りるまでの彼女用の通路と階段を生成する。
ロギンは生えてきた階段を伏見がちにゆっくりと踏みしめるように降り、
焚火の前に設えた薪組の椅子に膝を合わせて腰かけた。
手櫛をするロギンに雑納の内ポケットに忍ばせていたレースのハンカチを手渡す。
これは向こうの王女殿下に頂いたものだ。
齢12歳でこの世を去られた王女殿下は聖騎士に任ぜられる前の期間に任務で護衛をしていたが大層私のことを気に入っておられたようで、病に伏せられ、この世を去る寸前に私にと渡されたものだった。
「あら、素敵な生地ね柔らかくて優しい魔力を感じる・・・
あなたへの思いをとても感じる品だわ
私が使ってもいいの?」
「あぁ、元の持ち主はさる高貴な方だったがもういないんだ、使ってくれて構わない」
大雨はさらに続いている。
焚火で温められた空気が煙突から外へ抜けていき、開口部から風が入る。
俺は少し場所を変え、ロギンにより風が当たりにくい場所へ移るように提案した。
ロギンとの会話を続ける。
「どおりで、良い品よ私の里では見たことがないわ」
「さすがに譲ることは憚られるが、ここにいる間くらいは使ってくれ。
シルクの上等な布地は薄い割に丈夫で暖かいぞ」
実際いつまでも未練がましく王女殿下の忘れ形見を持っておくのは辞めるべきだと思っていたが、
あの愛くるしい笑顔は忘れられそうにない。あの国での唯一私の敬愛の対象であった。
「ありがとう!
ねぇ、あなたの名前は?」
エルフは頭にレースを被って髪をいじりながらこちらに問いかける。
「あぁ、ダンだ。
家名もあったが、今は多分意味がないと思うから、ダンと呼んでくれ」
「ダン、いい名前ね。
あなたはエルフの文化に明るい?」
「いや、こちらのエルフの文化には明るくない。どうしてだ?」
「そう、なら偶然ね」
そういうとロギンがすごすごと服を脱ぎ始める。
「まて、なぜ服を脱ぐ」
「服が濡れてるから乾かしたいの」
「あぁ、気が回らなかったな向こうを向いてるから乾かすと良い」
「いいわ。このハンカチを羽織るから。」
言うや否や向こうを向き、こちらに見えないように服を脱ぎ、そのまま広げたハンカチで体を包んで焚き木の周りに置いた石の上に衣服を1つ1つ広げて干し始めた。
衣服は全て50センチサイズである。
ロギンは椅子に戻ると少し残念そうな表情で髪をハンカチの端で拭く。
よく見ると体の比率が小さいだけで薄手のシルクのハンカチの縁にあつらえられたレースの間から見え隠れする乳房は主張が激しい。
所作はどことなく気品を帯びているが髪を手櫛するその所作事にそれらも確かに動いているのを感じ取れる。
「ねぇダン、実はロギンはお父様の名前なの
私はアイリーニア。アイリとかニアとか呼んでほしいと思って」
此方の視線を知ってか知らずかロギンは外を向きながらそういった。
「そうか、ではアイリ。よろしくな」
ファーストネームで呼ぶことを許すというのはある程度親しい間柄を指すのだろうし、信用はされているようである。
小腹がすいたので、吊るしてあった肉を切り分けて枝に差して焼き始める。
「アイリは肉は食えるのか、夜食にしよう」
「えぇ、ありがとう、食べられるわ。
好き嫌いはないから安心して。
それよりあなた本当にエルフの仕来りに明るくないの?」
「あぁ、細かな事情は省くが、この大陸には数日前に来たばかりなんだ。
アイリのような部族がいることも今日初めて知ったくらいだ」
そう・・・。とため息交じりにアイリが言う。
「ねぇ、ダン」
焚火に油を落とす肉を見ながらニアがぽつぽつと話す。
「どうした?」
「ダンはこれからどこに行くの?」
「どこ、というのを明確には決めていないが、この大陸を回ろうと思ってる」
「どうして?」
「いろいろあってね」
さすがに何らかの使命を帯びてこの大陸に召喚されたなどとは言いずらい。
「そうなんだ・・・」
被ったままのレースの隙間から本当に人形のように長いまつ毛と整った鼻先がのぞく。
そして焚火の揺らめく光を反射させる瞳がぼーっと焚火を見つめている。
「ダン、私あなたの旅についていってもいい?」
彼女が何を考えているかは不明だが彼女も何か思うところはあるのだろう。
此方に向き直ってじっと見つめてくる。
顔立ちは可愛げのあるが美人寄りだ。
魅惑的な唇が少し震えているように見える。
ただ単に寒いのか、はたは断られるのを恐れているのかこれは考えすぎだろう。
「森を行くことも増えるだろうしエルフの連れが増えるのは願ったりだがエルフは森に縛られているものじゃないのか?」
向こうの世界ではエルフが森とともにあるのは常識だった。
特に女性は森とともにあるというのが鉄則で女エルフというものを街中でほぼ見たことがない。
エルフは森と契約し森を守りながら森とともに生活する。
彼らの長寿はその契約の故に成り立っているのだ。戦のために数年を外で過ごすことはあっても
隙あらば森へ帰り森とともに在ろうとする。
だからこそ、森を汚す魔族との戦いで人とエルフは連合を組むことができた。
「随分古い言い回しをするのね。」
驚いたような顔でアイリは答えた。
「でも、肝心なことは知らないのね」
呆れたようにアイリが言う
「あぁ、私のエルフの友人はみな口が堅くてね」
彼らは寡黙な戦士だった。
戦場では幾度も助けられた。
彼らは勇敢で誠実な戦士だった。
エルフという存在に安心感を抱き、アイリをやすやすとキャンプ内に入れてしまっているのも、
彼らから得た誠実なエルフというものに対する好印象の成すところが大きい。
アイリはまごついた様子でいう。
「ほとんどのエルフの女は自分の生まれた森で生涯をすごすの。
でも、他の森に嫁ぐときには故郷の森から解放されて新天地に嫁ぐのよ」
ほぉ、こういう歴史や文化というべき伝承は好きだ。
聞いていてワクワクするしどこか哀愁を感じる。
「3日は続く大雨の日に、
花嫁は降り始めから雨に打たれて花婿の家の前まで行くの
花婿は火を起こして花嫁が来るのを待つ。」
ふむふむ。うなずきながら肉を転がす。
「大雨の日の大地を打つような雨は森を新しくすると言われてて、
花嫁の体からもこれまで育ててくれた両親の手垢を洗い流して
夫のための純潔な体にするといわれているわ」
なるほど。次の肉を棒に差して焼く。
「花婿は上等な糸で編んだ布を花嫁に被せて顔を隠してから部屋の中に連れ込むの」
ふんふん。
「そして夫が用意した料理を食べたりしながら、
愛を確かめ合って雨が止むまで花婿と花嫁は二人きりで深い時間を一緒に過ごす。
長い時には1週間も出てこなかった人もいたみたい」
へぇ~。
「わかった?」
「あぁ、興味深い話だった。
風情がある風習だね。
聞かせてくれてありがとう。
あぁ、肉が焼けたようだ、この揚げたパンで挟んで食べるとうまいぞ」
パン切れに挟んだ肉を渡すとアイリは不満げな顔で手に取る。
「わかってない・・・・。」
米揚げパンのかけらに肉を挟んで差し出すとしぶしぶと口に運んで頬張るが瞬間口を押えて表情が晴れる。
「あ、おいしい」
しばし咀嚼し手に持っていたものをすべて食べきると続きを話し始める。
「つまり、私今、ダンのもとに嫁いだ形になるのね
だから、仕来り上は森から出られるの
ダンが行くところについていく分にはね」
「ヌッ!」
口にほおばったところでエルフにお前に娶られた宣言され、変な声が出た。
確かにBGM代わりに効いていたせいで現在の状況との対比が失われていたが、
雨に濡れたアイリを引き入れそこそこ上等な布をかけ飯を食わしている。
アイリは全裸にシルクのハンカチ一枚だし
つうかこれは、エルフの婚礼の儀結構な頻度で偶発ありそうじゃねえか?
トラップだろこれは。
などと一瞬思ったが相当な場合を除き他種族が大雨のさなか尋ねてくることは無く、
そんなことをしようと思うものもいないだろう。
「もちろんね、エルフ同士の仕来りだから!
それに実は今の私たちの村でも全部が全部守られてるわけじゃないの
3日間二人だけの時間を過ごす~みたいなのだけだったり。
雨の日だとロマンチックよね~って話す程度だし
無理すれば嫁がなくても森を出ることはできるし!」
アイリは取り繕うように力説する。
「そうか、そんなもんだよな」
よかった。あまりマジでない感じか。
なんか熱量があって少しびっくりした。
「だから、ドキドキしちゃった」
アイリが伏見がちにしゃべり急に湿度が上がる。
「え」
「濡れてる私をエスコートしてくれて、部屋も広いし。急に来たのに、
階段なんかその場で作ってくれて、魔力もこんなに大きな人は初めてみたから」
語り口に少し熱を帯びているように感じる。
こちら側に体を傾けて見上げる様はその美麗な顔立ちと豊満な躯体と相まってその50センチ余りの身長に目を向けさえしなければ、かつて森に住まう朽ちぬ宝石と謳われたエルフの王女はこのようであったのだろうと思いを馳せてしまうほどに艶やかで神秘的であった。
「もしかしたら、私だけの皇子様が居るんじゃないかって」
アイリは言葉をつづけながら後ろから羽織っていたハンカチを少しずらし、腰の部分と脇下の部分を器用にいく箇所か飾り帯紐で留めて胸元へ谷間が強調されたタイトドレスのようにシルクのハンカチを着た。
ハンカチにあしらわれたレースが胸元や太ももを演出する
その様をこちらに見せるように1回転したアイリの動きに、耳にかかっていた乾ききらない長い髪が、肩へ当たり胸元へ垂れた。
「そうか」
かろうじてひねり出せた言葉はこうだった。
しばしの静寂は私の答えが出されるのを待っているかのようだった。
静寂に耐えかねたのか、薪が弾ける音を皮切りにアイリが口を開く。
「もうついていくのは決めたから
何が何でもついていくからね」
今更照れ隠しをするように雨が降る外を眺めながらアイリは宣言した。
幸い私には心に決めた女性も、後ろ髪を引かれる家族もいない身だけれども、
それはそれとしてこの人形のようなエルフと夫婦になるというのはいろいろと物理的に不可能があるだろう。
などと少し考えてから
「花嫁の件は私の知識不足だった
期待させてしまって申し訳ない。
少し考えさせてくれないか。
こんなに小さな嫁ができるとは考えていなかったから
どうするべきか少し考えさせてほしい」
と言うのが精いっぱいだった。
「うん」
期待とも不安とも取れない声でアイリは返事をした。
それからもう少し肉などを食べて小腹が満たされてから寝ることにした。
十分に熾火をし部屋を暖める。雨が降り出してからどんどん気温が冷えてきたので入り口を少し塞いでから煙突を延長し、気流が乱れて一酸化中毒とならないように煙突効果で空気が循環するように変形させる。重力魔法の制御レベルとしてかなり高度な部類だがなにぶん聖剣様様である。
この雨だから逆に危険も少ないだろうということで二人して寝ることにした。
窪みの中には砂を敷いていたので、外套を敷けば寝心地は悪くはない。
最初はアイリのために別の寝床を作るように思っていたが拒否され、何事もなかったかのように外套の上で寝る私の脇を枕にし手と胴体の間に挟まるようにして寝ている。右腕を抱き枕のようにして寝ている姿は愛らしいやら生殺しやら。
物理的に何事も起こりえないが、アイリは安心しきったように寝ている。
押し付けられた乳房の形がシルクの薄布のなめらかな曲線を通して伝わってくる。
寝返りでつぶさないように、零れ落ちないように手を添えて眠りについた。
最後まで読んで下さりありがとうございます。