第八話「血紋の継承者たち」
『血紋』
それは女神から与えられた、この世界の人々を守るための力だ。
神話の時代、地の底より現れた魔物たちに対抗するべく、女神から与えられたもの。
人の血に宿り、額に紋章となって現れる。
力を使えばそれは輝きを放ち、持つ者によって形も効果も違う。
それが血紋だ。
「この中にも、すでにブラッドを継承しているものもいれば、近親縁者から貸与されているものもいると思う。アンネリーゼ」
「はい先生。次からはアンネと呼んでいただけるかしら」
「ありがとう。じゃあブラッドの概要を答えてもらえるか」
アンネはマスティマの言葉に頷くと、よどみなく喋り出す。
「ブラッドは、かつて神話の時代、神々から与えられた力ね。力を解放すれば常人をはるかに超える膂力、回復力、感覚をまず与えるわ」
全てのブラッドに共通するのが、身体強化の恩恵だ。
使用者によって程度の違い、元来の肉体性能の差はあれど、魔物の力に対抗する基礎は与えられる。
「そして力を高めることで、各固有の『血紋術』を発動できるわ」
リンノルムの鱗の鎧を貫いたマスティマの剣が、ブラッドの恩恵を受けた攻撃だった。
人はそれをブラッドの齎す力――『アーツ』と呼ぶ。
「そいやーさー、先生ブラッド持ってるみたいだけど、平民だよな?」
「俺が持っているのは名無しのブラッドだ。特別な能力はない、魔物狩りをしていると、継承不可能なブラッドが形成されることがある。カリタス教会では、神が魔物狩りの功績を認めた結果だと教えているが、たぶん体内に溜まった魔子の影響だろう」
生徒からの質問に、マスティマは額を見せて応える。
そこに描かれたのは炎の紋様だ。
彼の刃に宿った焔は、ここから生まれた。
「じゃあ、先生は貴族の出身と言うわけじゃないんですね?」
「その通りだ。だが、名前を持つ特別なブラッドがなくとも、戦うことはできる」
マスティマは、そう言って額の紋様を輝かせ、右手に炎を灯して見せる。
「ブラッドは最低限、水火風土の四元素の基礎能力を与える。力を使えば膂力を増し、小さな傷ならたちどころに再生する。ゆえに、ブラッド保有者は重要な戦力となる」
今現存する王侯貴族の多くは、古き時代に神々からブラッドを与えられた者が、その後も血脈を継承してきたという家が多い。
必然的に強力なブラッドを持つことこそが、王侯貴族の証という捉え方をされるようになった。
「しかし、実力さえあればどんな戦いにも参加できる。戦いの基本が数ならば、小さな力の集まりこそが、戦場における必勝法だ。
重要なものは重要だが、戦場の勝敗全てがブラッド保有者に左右されるわけじゃない」
戦場において、一個人がなしえることはごく小さい範囲でしかない。
だからこそ数が必要になる。
それと対になる存在こそが、特別なブラッドの保有者だ。
「ただ、この名無しのブラッドが、継承されてきたブラッドに、勝るとは言えない。
特に三勢力に継承されてきたものについて……そこは話して問題ないか、ヒルダたち」
顔を見合わせたのは、三勢力トップの三人。
お互いに肯きあうと、ヒルダが代表して答えた。
「私たちは構いません。すでにブラッドについては知っている者もいるでしょうし」
「なら、仲間の力を知ることから始めようか」
いずれ、同じ戦場に立つのなら、その力を知って損はない。
「『聖定二十二紋』――名前くらいなら、聞いたことはあるだろうか」
マスティマの問いに、生徒が少しざわつく。
「あの、モニカ、知らないです!」
「え、えと、何でしたっけ、レオくん」
「お、俺に聞くなって! お前が知らないことを俺が知るかよ……」
「ルドヴィカさん、都市連合のブラッドってなんすかね? 教えてほしいっす」
「カリーナさん……あなたね、もう少し戦闘訓練以外も頑張ったらどう? でも、公然の秘密とは言え、こんな場で話すことかしら」
マスティマが挙げた三つの名前は、ヒルデガルト班の三人のことだ。
しかし、同じ班員でも知らないようで、特にざわつきが大きい。
その様子に、ヴォルフが苦笑いを浮かべた。
「先生。疑わしいかもしれないけど、みんな優秀なはずなんだ。本当はね?」
どこか悲しそうなヴォルフから、マスティマは目を逸らした。
代わりに、三勢力のブラッドについて話を始める。
「世界で最初に与えられたブラッドの三つが、三勢力のトップに継承されている。
メティス騎士王国の王家が管理する長槍。
アマルテア帝国帝室が管理する戦旗。
ベルト都市連合盟主が代ごとに継承する弩弓。
君たちが使う武器も、これに倣っていたな」
その言葉に、ヒルダたちは肯いた。
「これが名前を持つ特別な二十二のブラッドの内三つだ。
その力は、俺が持つ名無しとは比較にならないし、なにより複数の人間に貸与できる。確か、アンネだけはすでに継承していたな?」
マスティマの視線は、三勢力を代表する三人を順番に見る。
「はい、父より与えられています」
「僕も持ってるよぉ。まだ借り物だけどね」
「おっしゃる通り、私はすでに継承済みよ」
ヒルダたちが髪をかき上げて、額から輝きを放つ。
その中で一層輝きが強いのは、アンネだった。
彼女だけは、貸し与えられたものではなく、自らのブラッドを保有しているのだ。
「ブラッドの貸与は、保有者が力を失えば貸与したブラッドの力も失われる。この先主従、家族、他にも様々な理由からブラッドを与えられたり、貸し出されたりするかもしれない。
だから特性はしっかり把握しておいてくれ。特にアンネから力を借りようと思っている者は、彼女を守り切れなければ、力もなくなるからな。
保有者を守り切れなかった結果、世界から失われた聖定二十二紋も複数ある。中には名前さえ失われたというものもあるから、魔物と戦っていく以上、ブラッドを守ることも重要だ。」
ブラッドのあるなしでは、同じ数でも倍以上の力を持つと言われている。
寡兵で多勢を打ち破る――大陸に広がる戦勝秘話には、ほとんどブラッドが介在する。
「この先の実習訓練や、外部遠征任務が発生した時、君たちに学長からブラッドを貸与される場合もある。
だが、忘れないでほしい。
決してこれだけで英雄になれるわけじゃない」
もしそうなら、とっくに魔物との戦いは終わっていた。
何百年、何千年と経ってもなお、まだ人類は魔物の脅威に晒され続けている。
戦い終わらせる英雄が、ついぞ到来しなかったからだ。
「仲間との協力も、自分の力を見極めることも忘れるな。
それを怠った馬鹿を、俺は同期に何人も知っている」
マスティマの言葉に、生唾を飲み込む音が教室に響いた。
しかし、中には不適に笑う者もいる。
この世界がどうなるか、これからどんな戦いが起こるのか。
まるでそれを楽しんでいるかのように。
マスティマは確信する。
退屈な教師生活には、ならなさそうだ、と。
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