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傭兵と皇女  作者: X-rain
芽吹きの章
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第七話「班員と級友」



 マスティマの学級は、ヒルダが率いるヒルデガルト班とは別に、もう一つ班がある。


「大司祭長のお気に入りか何だか知らねーが、傭兵が教師ってのはどういう了見だ?」

「君は……ヴァルヘルム伯アルブレヒト、だな。不満か」


 帝国貴族アルブレヒト・フォン・ヴァルヘルム。

 学級で最年長の二十五歳、身長も百八十あり、マスティマと視線は同じくらいだ。

 ただし横幅は半分くらい違う。


 事前に読み込んだ生徒の経歴書には、彼の実家のことが書かれている。

 そこには実家のヴァルヘルム侯爵家は、ヒルダの実家であるパンガエア帝国皇家とは対立的立場にあるとのことだった。


「侯爵の嫡男だったか。だがここでは皇帝の娘だろうと王子だろうとただの生徒だ。俺が跪いたり、君を敬ったりするなんてこと、期待しないでもらいたいが」

「テメェみたいな一介の傭兵がオレ様に何を教えようってんだ?」

「その不満は尤もだ。俺は君を資料で知っているが、君は俺を何も知らないものな」

「教師経験もない、礼儀もろくに知らない、そんな奴の教えで無駄な時間を浪費するつもりはねぇぞ」


 高圧的な態度は、彼が貴族ゆえか。

 否――彼の中で今マスティマの立場はどこにあるかを伝えてきているのだ。

 マスティマの立ち位置はヒルダ側に近い。

 アマルテア帝国は皇帝と貴族が権力の綱引きをし続ける国だ。

 彼にとって、マスティマは皇帝派に協力的な存在に分類されようとしている。


「大丈夫だ。そうならないよう、俺と、この学校の先生たちがいる」


 そんな大貴族の威圧的な態度に、マスティマは怯まない。

 自分がやるべきことは理解している、それを実行するだけなのだ。


「君は確かに体躯には恵まれ、戦鎚術に関しては高い才能も見せている。それでもまだまだ学べることはいくらでもある」

「けっ、舌はいっちょ前に回るらしいな」


 この大聖堂士官学校に影響を及ぼす国と地域は三つある。

 そのなかに、また大小の国や階級が存在する。

 アマルテア帝国は、帝国内部での皇帝と貴族の権力の凌ぎ合いが、長年にわたり続けられている。

 特に、貴族主導の拡大政策によって現在の領土を獲得した帝国は、今大きな転換期にある。

 現皇帝――つまりヒルダの父君は、この拡大政策に待ったをかけた。

 結果、帝国は今までに類を見ない安定的な成長を遂げている。

 その反面、貴族たちは皇帝への苛立ちを募らせている。


「今までいた場所とは違うやり方や、異なる考え方に違和感を覚えるだろう。それでも無意味だと投げ出すな。もしかしたら、何か役に立つかもしれない」

「役立たずだけが残らないように祈るぜ」


 ふんぞり返ったヴァルヘルムに、ヒルダの咳払いが飛ぶ。

 もっともそれはあまり効果がないようで、教室内にピリッとした空気が流れる。

 この場所は、まさしく政治の縮図なのだ。


 ただ効率がいいからと、わざわざ対立関係にあるものまで同じ場所で監督する必要があったのかと思う。

 先任の教師の運が悪かったのか、それとも厄介ごとを押し付けられたのか。

 どちらにしろ、教師が楽をできる教室ではないだろう。


「この場にいる以上、私たちに身分は関係ありません」


 ヒルダの声に、教室の中がシンとする。

 彼女の声が響いているはずなのにこの場は酷く静かに思える。

 皇女の言葉を、誰もが傾注せずにはいられないのだ。


「我々が血紋(ブラッド)を託された、高貴なるものであるというのなら、その務めを果たす。そこにあるのは、身分ではなく、信条です」


 この場において、もっとも高い身分を持つ者はだれか。

 その問いに、多くの者はヒルダを指す。

 だが彼女自身は、その身分を否定する。


「バッサリいうねぇ、俺たちのお姫さんは」

「ヒルダは玉座に座りながら革命を起こす気かしらね」


 級友たちの小さな声の評価は、彼女に届いているのだろうか。

 届いていたとして、彼女は気にするだろうか。

 忌々し気に睨みつける者がいたとしても、彼女の凛とした態度にぶれはない。


「戦場でも、高貴な生まれだから死なないなんてことは一切ない。

 俺も誰だろうと特別扱いする気はない」


 いったん言葉を切って、生徒たちをゆっくりと見渡してから――。


「だから、一緒に頑張ろう」


 彼の言葉に、多くの生徒たちが頷いた。


「うひひ、今回の先生さんは、殿下と相性よさげですね」

「グリゼルダ、その緩んだ頬さっさと戻さないと引き千切りますよ?」

「ひぃっ! ごめんなさいぃぃ!」


 ヒルダの後ろから、甲高い叫びが聞こえる。

 薄紫の髪の少女、グリゼルダ・キスリング。

 先日のリンノルムとの戦った後、臆面なく、悪く言えば恥を忍ぶことなく泣き顔でヒルダに抱き着いていた。

 貴族ではないが帝国出身の生徒であり、王家に仕えてきた近衛の一族だ。

 身長は低くおどおどとした性格、小動物的印象とは裏腹に、彼女の戦闘技能授業での成績は入学生の中でもトップであった。


 その隣にいるのがエメリッヒ・フォン・リンザー。

 アマルテア帝国国務尚書リンザー家の第二子であり、皇女ヒルダの専属護衛秘書だ。

 年齢は二十二歳であり、マスティマよりも二歳年上だ。

 細目と濡れ羽色の髪から陰湿そうな雰囲気があり、本人もその印象を強調するような立ち居振る舞いをしているが、実際は忠義の塊だろう。


 彼女らと一年、どのような生活になるのかは、予想など立てられるものではない。

 それでも、今から決められることはある。


「喋り方、接し方、生徒それぞれで決めてくれ。ただしこのやり方だけをしていると、学生のころから多方面で煙たがられる」


 そして士官学校時代は、ハブられた。


「俺自身はこれいいが、他人にはお勧めできない。だから最低限のマナーや交友関係は大切にしておいてくれ」


 これは、自分で選んだ道だ。


「改めて、一年間よろしくな」


 そして、マスティマの教師としての生活が始まっていくのだ。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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― 新着の感想 ―
[良い点] アルブレヒト、典型的な傲慢な貴族ですね。 でもそれを軽くあしらうマスティマが格好いいです。 周囲の人間も一癖も二癖もありそうですが、 マスティマならきっと彼等をまとめられる。筈!
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