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傭兵と皇女  作者: X-rain
芽吹きの章
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第六話「ヒルデガルト班」



「さぁ、それじゃあ新しい担任の先生を紹介するわぁ。マスティマ先生ぇ!」


 教壇に立つ白衣の女性教師の言葉に、生徒――特に一部男子生徒――から不満と不安の声が上がる。


 この女性教師はマルティーナ。

 先日の魔物討伐にも参加した養護教諭であり、ヒルダたちの属する教室の臨時担任を受け持っていた。

 教師とは思えない煽情的な恰好だが、男子生徒はもちろん女生徒からも良き相談相手として親しまれる教師だった。


 しかし、今日から彼女に代わりその役目に就任する者がいる。

 むろん、マスティマのことだ。


「あら、ミスター」

「あれ、あの傭兵さんじゃないか」

「あなたが新しい先生だったのね」


 顔見知りであるヒルデガルト班の面々は、マスティマの登場に驚きつつ好意的な表情を見せる。

 先日の任務では班長を助けてもらった上に竜種を倒して見せた。

 その実力は誰もが理解していた。


「何だ、あんた先生だったのかよ! 立ち合いてぇと思ってたんだ!」

「へぇ。個人戦闘力は高いのは間違いないけど、教師としてはどの程度かしら」

「竜種を単独で打倒できる傭兵。すごいっすねぇ、負けてられないっすねぇ!」


 彼ら彼女らの反応はおおむね好意的だ。

 ただ、怪我がまだ治っていないのか、包帯に巻かれていたり、松葉杖を傍らに置いていたり、先日の戦いの痕を残していた。


「え、だれ?」

「ヒルデガルト様のお知り合い?」

「んだよぉ、美人のお姉さんがよかったぁ」


 逆にヒルダの班以外のクラスメイトたちは、困惑や不満を口にする。

 驚愕、値踏み、関心、生徒それぞれの感想があった。


「それじゃあマスティマ先生ぇ。あとはよろしくぅ」


 マルティーナはそう言って教室を去っていく。

 必然、生徒たちの注目はマスティマに集まった。

 傭兵をやっているだけでは決して集めることのなかった視線に、少し緊張する。


「先生、よろしいでしょうか」


 律義にそう言って手をあげたのは、ヒルデガルト班班長である、ヒルダ本人だ。

 鋭く立ち上がり、よどみなく告げる。


「本クラスのおよそ半数が所属する我がヒルデガルト班が、今日もこうして授業を受けられるのは、先生の助力あってのことです。班を代表し、お礼を申し上げます」


 彼女の言葉に合わせ、ヒルデガルト班の面々も立ち上がり、同じく頭を下げる。

 立ち上がれない者も着座したまま頭を下げ、マスティマに感謝を示していた。

 その光景に、マスティマは首を横に振った。


「俺は依頼をこなしただけだ。結果、教師が生徒を助けた。気にする必要はない」


 その言葉に合わせ、全員が顔を上げた。


「代わりに、次はあれに勝てるように強くなっていればいい」

「おっと、先生はいきなり難しい課題を出してくるねぇ」


 へらへらと笑いながら答えたのは、青い髪の青年だ。

 竜種との戦いの後、ヒルダに状況報告していた生徒の内の一人だと、マスティマは思い出す。


「ヴォルフガング・フォン・プラクシディケ。メティス騎士王国の王子殿ですね」

「そうだよ。でも堅苦しいのは嫌いだから、僕はこういう喋り方をするし、先生にもヴォルフって呼んでほしいな」


 そう言ってヴォルフはパチンッ! とウインクして見せる。

 王子というには、ずいぶんとフランクだった。


「わかった。じゃあ、そうさせてもらう」


 それを受けて、もう一人が立ち上がる。


「都市連合盟主全権代理からも同じく、私アンネリーゼ・パシファエとの今後の良好な関係を提案させてもらうわ。物質的なお礼はぜひ、我が都市連合でのお食事を」

「嬉しい誘いだが生徒と勘違いされるような過ごし方をするなと言われているから」


 ヒルダに報告していたもう一人、アンネはそう言って紙に包まれたお菓子を出す。

 マスティマは食事の約束をやんわり断りながら、包み紙をポケットに突っ込んだ。

 直後、彼女の口は同じものをかじったせいでもごもご動き出す。


 このクラスの代表格は、この三人だ。


 アマルテア帝国第一皇女『ヒルデガルト・フォン・パンガエア』

 メティス騎士王国王子『ヴォルフガング・フォン・プラクシディケ』

 ベルト都市連合盟主子女および全権代理『アンネリーゼ・パシファエ』


 やんごとなき者たちをひとまとめに見ておきたいという思惑が感じられるクラス分けだ。

 それを新任の、一傭兵に任せるのもどうかと、真っ先に本人が思う。

 ただ、今更不安を口にしても始まらない。


「先日の戦闘、一部だが見させてもらっていた」

「あら、では救助より観察を優先したと?」

「君たちが相手にしていたのは低級の小鬼(ゴブリン)種だ。問題はなかっただろう」


 マスティマの言葉に頷く者もいれば、肩をすくめる者、頬を膨らませる者もいる。


「余裕ではあったけど、それならリンノルムが来る前から援護してほしかったなぁ」

「俺の任務は君たちが危険な状況であった場合の救助だったからな」


 ヴォルフの苦言に、マスティマは首を横に振った。

 つまり、あの時はまだ危険ではなかったと判断されたのだ。

 ただし、教師の亡骸が落ちてきてから状況は変わった。

 上空を旋回するリンノルムが、ゴブリンを撃破してから間髪入れず襲ってきたのは、生徒たちが疲弊していると理解しての行動だった。


「けれど、理解できただろう。自分たちが戦うべき相手と、知恵ある者の脅威を」

「……おっしゃる通りね」


 全面的同意を口にしたアンネは、同時に取り出した干し肉を齧り出す。

 実習中もそうだったが、何か食べていないと落ち着かない性質なのか。

 せめて授業中くらいはやめた方がいいのではと指摘しかけたところで、学生時代よく食堂でつまみ食いをした自分を思い出してやめた。


「あ、あのー、ヒルデガルト様」

「ん? どうかした?」

「そちらの方、結局新任の教師ということで、よろしいのでしょうか」


 班外の生徒からの質問は、教師にではなく級長へ向かった。

 彼女は何か答えようとするが、すぐに教壇へ向き直る。

 目線を合わせてくると、視線で訴えかけてきた。


 あなたも自己紹介してください、と。


「そうだったな。初対面の人に、まず伝えよう。

 負傷した君たちの担任に代わり、この一年間クラスを受け持つマスティマだ。三年前にここを卒業したばかりで教師の経験もない。教えられることも、そう多くない」


 それは、マスティマの偽らざる本音だ。

 卒業後の三年、入学前の数年、合わせて十年に満たない実戦経験だ。

 訳知り顔で何もかも教えられるわけではない。


「君たちがこれから何と戦うことになるかはわからない。

 それでも、生き残れる者になるための手助けはできる」


 伝えられることはある。


「それじゃあ、まずは自己紹介から始めようか」

「ええ。よろしくお願いしますね。師範(せんせい)


 ヒルダの言葉を合図にするように、大聖堂士官学校の日常が始まった。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 傭兵上がりの師範(せんせい)か。 この生徒達を教えるのは楽じゃなさそうだけど、 マスティマならきっと信頼を勝ち得れる筈。
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