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傭兵と皇女  作者: X-rain
開花の章
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第三十六話「ヒルデガルト軍、前進」



 後方から聞こえてくる雄叫びと地鳴りが、両軍の激突を伝えてくる。

 馬車に揺られるたびに、臓腑に溜まった血が噴き出しそうな感覚を抑えながら、ヒルダは近づいてくる領地を見る。


「あそこでまず千の兵を集めます。それまで、こちらは二千以上の集団になっていないと」

「それに関しては大丈夫だ。すでにエメリッヒとグリゼルダが、山を越えているはずだ」


 マスティマの言葉通り、領地を守るための門に近づくほどに、遠くに仲間たちの姿が見えるようになってきた。


「エメリッヒとヒルダがうまく抜けた者たちを集めたようだ。各部隊には必ず帝国出身者を含めている、うまく山抜けを完了さえしていれば、明日の正午には全体が集まるだろう」

「けれど、さすがに千人からなる集団がひとところに集まれば、要塞にも報告が」

「ああ。だから今日の内に、領内に入るぞ」


 馬首を巡らせたマスティマは、合流を選ぶのではなく、相手の領土へ歩を進める。

 帝国内のほとんどの防衛能力は、タイタン要塞と帝都に集まっている。

 つまり、この要塞の裏にある小都市は、自己防衛の戦力以外の兵は保有していない。


「小規模の集団で領内に入るに分には、止められることは早々ない。それに、こちら側は要塞があると気を抜いてもいる」

「つまり、今の私たちは?」

「旅の一団か、暇を持ては余した傭兵か。というわけで、一芝居だ」


 マスティマの指示は簡単だった。

 病気の娘を運ぶ家族と従者、そして雇われた傭兵。

 幸いとは言えないが、体調の芳しくないヒルダが芝居の現実味を高めるだろう。


「エメリッヒたちと情報を共有する。伝令兵も選出する。全員聞いてくれ!」


 マスティマの指示で部隊が細分化する。

 山岳部で仲間を集めるエメリッヒたちと合流するのは、もう少し先だ。

 今目指すべきは、最初の拠点確保だ。


   ***


「傭兵が護送する馬車……よっぽどの貴婦人か何か――」

「書類に不備がねぇんならさっさと通せ。時間がかかればかかるほど依頼料が経るんだぞ」


 イラつく傭兵――のふりをするマスティマだが、なかなかに様になっていた。

 傭兵時代、様々な同職の者たちと交流する機会もあった。

 このようなぶっきらぼうな人柄の傭兵など、履いて捨てるほどいたものだ。


「まぁ、確かに書類上何も不備はないし、けど、今は戦時下だと言うのに傭兵をこのような形で戦場以外に使うなど」

「だったらもっと金払いのいい奴を俺に紹介することだ。傭兵を従わせる方法はそれだけだ」


 普段のマスティマを知っている者なら、その違和感しかない言動に目を丸くするだろう。

 もともと背が高く、目つきがよいほうではない。高圧的に接すれば、兵士といえどもたじろいでしまう。


「よ、よしわかった。通れ。さっさと行け!」


 追い立てるように言い捨てると、マスティマとその仲間、そしてヒルダの馬車を通す。

 この街の領主がたとえヒルダたち旧皇帝派だとしても、大々的に協力するはずはない。しかし、ヒルダが帝国を脱出するさいにはわずかながらに協力してくれた。

 そのわずかな足掛かりが、ヒルダたちの最後の頼みだった。


「……グリゼルダのペガサスが見えた。向こうの招集は順調らしい」


 山中に侵入した五千の内、残るのは四千八百。

 グリゼルダが招集したのは、そのうちの三千二百が、すでに街の外の丘に合流できていた。

 ヒルダはそれを確認すると、布を一枚取り出した。


「ハァ……フゥ……ッ!!」


 大きく息を吸い、一気に吐き出す。すると、赤黒い血の塊が布に落ちる。青い顔はさらに青白くなる。それでも彼女は口元の血を拭い、両足をしっかり地面に突き立てるようにして歩き出す。

 腹に溜まったものは吐き捨てた。

 足を止める理由はない。


師範(せんせい)、行きましょう」

「ああ。君の心の、赴くままに」


   ***


 街の外縁部に現れた三千の兵は、街の防衛に立つ千三百人の兵たちを震え上がらせた。

 ヒルダの交渉は何事も障害がなかったかのようにすんなり話は通った。

 三千の兵は四千にまで膨れ上がり、さらに合流したエメリッヒの二千を合わせて六千となる。


「最終的に出来上がる戦力は、当初の一万五千に届かない……最大でも一万四千ほどだ」

「もともと帝国守備隊は、あのヴァルヘルム軍。それも数は二万もあって、籠城戦にもなりえる……どう考えても勝てる道が見えないんだけど?」


 ヒルダの問いにマスティマは肩をすくめた。

 あまりにも正論すぎて、皮肉を返すことも、反論することもできない。肩をすくめて不利をごまかすしかなかった。


「それでも、これしか帝都に辿り着く道はない」


 タイタン要塞を同盟軍でじっくり時間をかけて落とし、その後に帝都を包囲すれば、まだ勝機は見えてくる。ただ、今回はそのような時間をかけたことはやっていられない。

 時間をかければ、大量の魔物が再動員される。マスティマの奇襲で壊滅させた魔物の軍勢が再び動員されれば、今度こそ同盟軍は崩壊する。

 貴族連合軍が先の街道での敗北で浮足立っているうちに、騎士王国、都市連合、両方の戦線から戦力が拡充される前に、決着を付けなくてはいけない。

 彼らが三正面作戦という無防備ながら各地を連携させない全面攻撃で三つの勢力を押しのけようとして、その戦略を転換を迫られている今しか、隙をつくことはできない。

 これ以上時間をかければ、新帝国は盤石な防御態勢を構築してしまう。


「帝都までおよそ四日、できうる限りの人数を集めて、玉座を奪還します!」


 ヒルダは部下から渡された旗を広げる。前線で残してきた旗は、戦場でたびたび彼女が振っていたものだ。今彼女が手にしたのは、それとは違う。

 まだ学生であったころ、学校の校章を刻んだ、ヒルデガルト班としての旗だ。


「ヒルデガルト軍、帝都へ向けて、前進!!」


 各地から集結する兵力は、帝都の目前の陣地に辿り着いた段階で、一万三千八百。

 動員できる最大兵数であり、旧帝国にとって残された最後の希望だ。

 いまだにそこに戦旗(ジャネット)はなかった。







少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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