第三十五「帝都へ」
総数十万八千になる同盟軍が、帝都最終要塞の前に立つ。
壮観の一言に尽きる軍勢だが、問題はそのうちの五千が、すでに軍列を離れていたことだ。
部隊の完全集合から先立つこと二日。
すでにエメリッヒ、グリゼルダ率いる部隊各一千が、さらに十の小隊に分裂して、山の隙間、川の中、小さな洞窟などを通ってタイタン要塞の裏側へと抜けていた。
そして、さらにここから騎士王国、都市連合からも少数部隊が各地から山抜けを敢行する。
無茶無謀も承知の上で、彼らは山に突入した。
「けれど、五千だけじゃあ首都防衛部隊を突破できないんじゃなぁい?」
「わかっているさ、ヴォルフが心配しなくたって、手は用意してある」
そう告げたマスティマは、ヒルダとともに山の中へと姿を消した。
***
「報告! 山中を巡回していた兵士より伝令です」
「どうした。今我々は目の前の大軍相手に作戦の最終確認中だ。邪魔を――」
「兵士曰く、旧皇女ヒルデガルトを、捕縛したとのことです!」
「――――ッ!?」
茶を飲んでいた者は吹きだし、椅子に座っていた者はひっくり返る。
天変地異の前触れか、それともこの場に雷でも落ちるのか。
とんでもない僥倖に腰を抜かす。
「け、検分は!?」
「わ、私も姿を見ましたが、あの銀の髪は間違いなく、皇女でん、皇女ヒルデガルトのものかと!」
「い、一体どこの部隊だ」
「それが……」
兵士は懐からあるものを示す。
それは、帝都親衛隊の紀章だった。
「親衛隊……どうしてそのような部隊が……」
「当人たちに確認しましたところ、ゴルトベルク宰相閣下より、皇女ヒルデガルトはタイタン要塞突破ではなく、少数での山越えを行うだろうとの予測を建てられており、親衛隊は山間部の警備に当たっていたとのことです」
「さ、さすが宰相閣下……」
「そして、捕縛した皇女をすぐに帝都に連れてくるようにとのことでした」
「な、それは困るぞ! ここで皇女の姿を要塞の上に晒し、敵の戦意を挫けなければ……」
「至急とのことでした。代わりに、皇女の持っていた旗を敵の前に燃やせと」
差し出されたのは、ヒルダがいつも使っていた戦旗だ。
それは旧帝国、つまり戦旗を模して造られたものだ。
少なくとも、これを燃やせばヒルダが捕まったことは敵に伝わる。
「わかった。それ以外に、宰相閣下からの伝言は……」
「敵の意図はこちらが看破した。後顧の憂いなく、敵を撃滅せよと」
「あいわかった! 皇女の護送は親衛隊にお頼み申すと伝えよ」
「そ、それがすでに、出発しておりまして……」
「紀章、まだここにあるんだが……」
そんなやり取りが交わされたタイタン要塞陣営は、その後旗を燃やすことで敵の戦意を挫き、要塞兵器による攻撃で同盟軍を要塞へ近づけさせなかった。
むろんそれは、わざと近づかなかっただけだが。
「ヒルダ、縄をほどくぞ」
「まだ早くないですか。要塞からの死角には入りましたが」
親衛隊の紀章――というのは本物だが、本当に親衛隊が来たわけではない。
こちらの作戦がばれていたわけでもない。
新帝国とて、完全な一枚岩ではないということだ。
ヒルダをどうやって怪しまれず、確実に帝都へと届けるか。
それが今回の問題だった。
そのために、捕まったという誤報を流す。
むろん、味方たちもそれを前提として動く。
捕虜として捕まったとしても、ばれたころにはもう遅い。
護送用の荷馬車は戦車代わりに運用され、そのまま帝都に続く道を走る。
「エメリッヒとグリには、無茶をさせるわね」
「百騎だけを伴として、反体制派貴族を練り歩く。そうやって味方を作ってくれたから、俺たちは今こうして無謀な作戦に出られるんだ」
ヴォルフが作戦開始前に心配していた兵力の問題は、壁の内側に味方を作ることで解決した。
貴族私兵であるから、タイタン要塞をせめて落とせるほどの数はない。
それでも二千が五つ集まれば一万の軍勢となる。
同盟軍に対抗するために多くの兵と魔物が裂かれている以上、帝都の守りも薄くなる。
勝機は、敵の意識が最前線に集中するこの数日間しかなかった。
「不平貴族たちから兵力をかき集めて、帝国奪還後の栄達を約束して、それでようやく一万五千……帝都防衛部隊の二万と相対するには、少し足りないわね」
「まして、そのうち五千は山越え部隊全部を含めた話だ。俺たちはこうして敵をだまして突破できたが、全部がうまいくとは限らない」
振り返れば、山の中で土煙がわずかに上がっていた。
山抜け部隊であれば、足音を立てたり、土煙を上げたりして自分の居場所はばらさない。
追手、もしくはそれに追われた山抜け部隊だろう。
見つかれば、それは囮になるしかない。
小分けされた部隊はある程度近い距離にいると言っても、お互いの位置までわかるわけではない。
救援を望むことはできず、包囲殲滅されるのが末路だ。
「大丈夫。振り返ったりはしないわ。手に入った戦力で、やれることやるために」
結果、集まった戦力は四千五百余り。
小分け集団の内四つが敵に見つかり、一部は山抜けの最中に脱落した。
***
正面からタイタン要塞の帝国軍とにらみ合う同盟軍は、騎士王国、都市連合双方の指揮官が陣頭に立っていた。
見上げる要塞は巨大であるが、兵数では同盟軍が倍近くある。
要塞攻めでは三倍の兵力が欲しいところだが、欲深いことは言えない。
「さてアンネリーゼ、どうやってこの要塞を攻略しようかぁ」
「切り立った崖と積み上げた石でできた城塞を攻略する術は限られるわ。ヴォルフくんはどれが好みかしら」
「僕は兵糧攻めが一番好きかなぁ。味方への被害は少ないのに、勝手に敵が降伏してくれる」
要塞は谷間に存在する。
農業がしやすい環境ではなく、帝都や周辺都市からの供給に頼った要塞なのは間違いない。
その裏側からの補給は、これからヒルダが周辺貴族を回って止めてくれる。
「けど、それで彼女以外活躍しなかったら、同盟軍の名折れじゃないかい?」
「その通り。要塞に対して断続的に攻撃を仕掛けるわ。攻城塔を接近させてつつ敵の反撃を誘発させる」
「敵が中央門を開くことはないだろうけれど、こちらに注目してくれることで困ることはないからねぇ」
ヒルダが要塞の裏で頑張っている。
それがわかっていればこそ、二人はここで囮になれる。
動揺し、浮足立った敵を蹴散らして、この要塞を突破することを待って。




