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傭兵と皇女  作者: X-rain
開花の章
34/36

第三十四「帝都奪還前哨戦」



 騎士王国から大聖堂へと戻ってきたマスティマとヒルダ。

 だが、ヒルダの表情は、あまりよいものではなかった。


「何か、気になるか?」

「……ヴォルフも、聖定二十二紋(アレフトタヴ)を継承し、顕現武装を使えるまでに至っているのですよね」

「そのことか」


 ブラッドは、一つの象徴だ。

 それを保有することは血統の証明であり、裏打ちされた実力を持つことでもある。

 特に帝国の聖定二十二紋(アレフトタヴ)である戦旗(ジャネット)は、そこに描かれている紋章が、帝国の国章になったほどのものだった。

 他の聖定二十二紋(アレフトタヴ)に比べても、象徴性が強い。


「継承がと立てた聖定二十二紋(アレフトタヴ)は、数代を経て子孫に発現することがあると言われています。少なくとも私に、その資格はない……」

「ブラッドの再発生は、最速で孫の代という報告もある。娘息子が取り戻せないという決まりは、何処にもないさ」

「大陸八百年の歴史の中でもそのような事例がないから、すでに失われた聖定二十二紋(アレフトタヴ)だって多数あるわけです。そんな都合よく――」

「俺は、母さんからブラッドを継承した覚えがない」

「――え?」


 唐突な答えに、ヒルダの声が引っ込む。

 視線を上に向けたマスティマはしばらく考えるが、間違いないと呟く。


「少なくとも、俺自身にその自覚はない。母さんが俺が寝ている間に秘密裏に継承していたのだとしても、学生時代にこの鎖龍儺(ロジェストラ)の力を使ったことはないからな」

「でも、それは、ただ先生に自覚がないだけで」

「そうだ。答えはどちらかわからない。だから、可能性は五分五分だ」


 慰めのような思い付きだ。

 ただ、そんな言葉ですら、彼女は安心してしまえる。

 マスティマができると言えば、彼が大丈夫だと言えば、ヒルダは諦めずにいられる。


「それに、聖定二十二紋(アレフトタヴ)があるから人を率いられるわけじゃないだろ」


 舞い降りる大聖堂の下、教会騎士や、近衛兵、協力貴族たちの私兵たちが空を見上げると、ヒルダの姿を見つけた。


「皇女殿下がお戻りだ!」

「おかえりなさいませ、殿下!」

我が皇女に勝利をジーク・マイネプリンゼッセ!」


 兵士たちが向かてくれる。

 それは、この数か月、傭兵のごとき奮戦を見せてきた彼女だからこそ、得られた忠誠だ。

 最前線で戦う、皇としては許されざる姿であっても、それゆえに讃えられるものがある。


聖定二十二紋(アレフトタヴ)は、確かにあったら嬉しい。でもなくてもいいんだ。

 君はそれを、自分で証明している」


 度重なる戦い、ぎりぎりの戦線。

 犠牲を増やしながら続く防衛線は、近衛はともかく、教会騎士や貴族私兵たちの心を、少なくとも彼女から遠ざけてはいた。

 だが、マスティマの帰還から二か月、彼女はその信頼を勝ち得ていた。


 勝利そのものが、人心を引き付ける。

 だが同時に、凛と戦場に立つ少女の姿は、同じ場所に立つ者たちを奮い立たせた。

 たとえ何の力はなくとも、自ら敵将を抑え、味方を鼓舞し、旗を振るう。

 その姿が、戦士たちを奮闘させる。


 大聖堂前へと降り立ち、皇女の帰還に沸く兵士たちの前に、彼女を進ませる。


「この中央軍の旗印は君なんだ。エウロパさんからも、教会騎士の指揮権は全て預かった。

 これで、君の国を取り戻すぞ」


 それは、あの夜彼女がマスティマに告げた、たった一つの願いだ。

 亡国の姫になろうと、国の全てが裏切ろうと、それでも自らの血に課せられた使命を果たそうとしていた。


「いいん、ですか。それはきっと、王国や都市連合にとって、邪魔なことですよ」

「ヴォルフとアンネなら許してくれるさ。迷子の子が、家に帰るようなものだ」


 国に、あの頃の皇帝派は一体どれだけ残っているだろうか。

 玉座の主が変わったことで、民たちは何を思うだろうか。

 もしかしたら、自分の帰還を望む者など、誰もいないのかもしれない。


「私は……」

「伝令! 大聖堂へ向けて進撃する騎兵を確認! その旗印は塔盾(クリスト)! ヴァルヘルム軍です!」


 軍を割って現れた伝令に、周囲がどよめく。

 そして、一斉に彼らの視線はヒルダへと向く。


「皇女殿下、号令を」


 マスティマの声に、ヒルダは肯く。

 今は生徒ではなく、皇女として。


「ヴァルヘルム候を迎え撃つ! 帝国を裏切り、イムヌス大陸に戦火を広げる愚か者を、我らの手で誅伐する!」

「おおおおおっ!!」


 彼女の言葉に応え、戦士たちは立ち上がる。

 これは、帝国奪還への前哨戦だ。

 すでに、作戦は始動していた。


   ***


 一か月、長いようで短い日程が瞬く間に過ぎていく。


 初戦となるヴァルヘルム軍との戦いは中央軍の勝利に終わった。

 ヴァルヘルムは撤退し、その防備を首都周辺に固めた。

 帝国と大聖堂を結ぶ街道があれば、人の徒歩でも一週間かからず、帝都まで到着できる。

 まして気にかけるべきは大聖堂の旧帝国勢力だけではない。


 ここにきて、ようやく新帝国の戦略に問題が生じたのだ。

 他勢力の糾合を懸念して行った三面同時攻撃が、戦力の偏りを生み出した。

 もともと、魔物の力もあって余裕の戦線が、奇妙な苦戦を春一月から見せてきた。


 それまで押し込み、蹂躙するばかりだった戦況が逆転をはじめ、ついには国境線を取り戻されるまでに至った。

 各地の要塞への駐屯軍は残したまま主要兵力は国の最終防衛線へと投入。

 大聖堂、騎士王国、都市連合、それぞれの攻撃により国境は突破され、首都の防衛のみが残された道となる。


 ここまでは、マスティマたちの作戦通りだった。


「ただ、問題はこの大要塞だな」


 天然の地形と長年の築城によって築き上げた巨大要塞は、完全に外敵の侵入を阻む門だ。

 名をタイタン、巨人の名を関する要塞を超えなくては、帝都へと足を進めることはできない。


 眼前に聳え立つ大要塞の前に、三つの旗印が並び立つ。

 ヒルデガルト率いる中央混成軍二万五千。

 ヴォルフガング率いる騎士王国軍四万。

 アンネリーゼ率いる都市連合軍四万三千。

 総数十万八千になる同盟軍が、帝国の喉元へ向けて刃を突きつけた。




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