第三十三話「敵は首都にあり」
【大陸暦800年:春三月】
帝国と騎士王国の国境である大河は、乾季には大人の膝下程度の深さになる。
騎馬はもちろん徒歩での渡河も可能であり、封鎖された橋を取り合う必要はない。
二か月前までは完全に帝国側だったこの大河は、現在騎士王国と奪い合う主戦場だった。
「天馬騎士の迎撃を急げ! 奴のせいで前線との連携が取れん!」
「急報! ヴァルヘルム侯の下に敵援軍が突撃! よって援軍は出せぬとのことです!」
「ええい、聖定二十二紋の継承者だと言うのに、まったく使い物にならんではないか!」
帝国の陣形は、部隊を左軍右軍の二つに分けていた。
ブルガハイド伯爵の代わりに騎士王国との戦線へ派遣されたヴァルヘルムと、元から国境線で戦っていた部隊だ。
それまで戦いを有利に進めていた騎士王国攻撃軍だが、南からやってきた騎士王国の援軍の攻撃により、ついに国境線にまで押し返されることになった。
教会側攻撃軍が敗れたという報告はすでに届いていた。
だが、それで援軍がこうも早く派遣されるとは彼らも思っていなかった。
「閣下、お逃げください! すでに敵突撃部隊が陣営前まで!」
「ふ、ふざけるな! 誇り高き帝国騎士が、蛮人に背中を見せて逃げるなど……」
「なら、その首置いて行ってもらわないとねぇ!」
陣地を囲む幕を吹き飛ばしたのは、光を放つ長槍だった。
「長槍の血紋を継ぐこのヴォルフガング・フォン・プラクシディケが、その首もらい受ける!」
騎士王国王位継承者にして、聖定二十二紋継承者であるヴォルフ。
彼の突撃が勝敗を決めた。
ヴァルヘルムはすでに後退し、国境の砦も放棄。
騎士王国の反撃の準備は整いつつあった。
「やぁ先生、ヒルダ、久しぶりだねぇ。また会えて、嬉しいことこの上ないよ」
陣営の外、戦場全体が見渡せる小高い丘の上に、三頭のウマが轡を並べた。
紳士的な微笑を称えたヴォルフは両腕を差し出すが、マスティマは固い握手で答える。
少しだけ寂しそうにした様子を見て、ヒルダは彼の抱擁に軽く答えた。
「ええ、私も嬉しいわ。あなたからの援軍は、とても助かったから」
「それはよかった。それに、先生も帰って来たんだね」
「ええ。ごほっ、不思議なことに、一年も眠っていたんですって」
一瞬せき込みかけたヒルダだが、無理にそれを抑えて二か月前のことを伝える。
お互い使者や側近の派遣によりやり取りはあったが、こうして顔を合わせるのは実に何か月振りだろうか。
「偶然を装った三面同時攻撃ね。帝都への伝令の到達時間を考えて、どのタイミングで弩の戦線が攻撃を開始するかも考慮しないと、いけないなぁ」
「ああ。反撃を受けた各地の砦はまず帝都に報告を入れるはずだ。馬を乗り換え走れば、どの国境線からでも十二時間以内に伝令が到達する。ペガサスを使えば、最短でその半分で、到達可能だ」
「先生のペガサスなら、三時間の距離ですものね」
幻獣と動物を比べるのは無理な話だ。
そもそも、彼が連れてきた神速のごときペガサスがあって、教会側は戦線を押し返し、この度の騎士王国の戦線奪取も叶った。
雷撃のごとき進撃速度を発揮するのに、このペガサスは欠かせなかった。
「もともと希少なペガサスを、最前線とは言え伝令馬に配することは難しい。そもそも、帝国は確かペガサスが野生では確認されていなかったな」
「ええ。ほとんど教会領を介しての輸入に頼っていたわ。それでも、ここまで速くて高く飛べるペガサスを、私も見たことないけど」
マスティマとヒルダをここまで運んだペガサスの頬を、ヒルダがそっと撫でる。
この二頭を基準にしてしまうと、ペガサスライダーの基準は狂ってしまう。
「帝国領への出撃まであと一か月か。すでに都市連合のほうは、話が付いているんだろ?」
「ああ。一か月前にあちらの戦線も整えて、攻撃開始の準備をしてもらっている」
「全く、外周マラソンの時もそうだけど、先生ってホント、僕らにできそうな範囲ギリギリの課題を出すの、好きだよねぇ」
「君たちならできると思っているから、課題を出すんだ」
苦笑いを浮かべるヴォルフに、心からの笑顔を向けるマスティマ。
先生から生徒への信頼が、なかなかに重い。
だが――。
「先生がそう言ってくれるなら、僕もやって見せよう! 夏一月、初日での出撃を目指して軍をすすめよう」
「助かる」
「それで、帝都攻撃を目標とするなら、僕らが目指すべき場所は、もちろんあそこなんだろ」
ヴォルフの確認に、ヒルダが力強く頷いた。
「ええ。帝都攻略の最重要地点。難攻不落の大要塞、『タイタン』の陥落、そのための三勢力同盟軍よ」
イムヌス大陸の西端に存在するアマルテア帝国の首都は、強固な要塞と天然の自然砦に囲まれている。
国を東西に分断するともいわれるその要塞を破らなければ、大軍をもって首都へなだれ込むことは不可能だ。
三面同時攻撃とは言うが、最終的に首都の手前で合流し、要塞を落とす必要がある。
逆に言えば、その要塞さえ落としてしまえば首都は丸裸だ。
「よし、じゃああとはこちらで準備を進めよう。都市への距離で言ったら僕らの戦場が最も遠いから……先鋒は僕らだね」
「ああ。同日に俺たちも攻撃を開始し、首都には急報三つを叩きつけてやろう」
再びがっちりと握手を交わす二人。
その後、歓迎の宴でも開こうかというヴォルフの提案を謹んで断り、ヒルダとともに帰路に就いた。
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