表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵と皇女  作者: X-rain
開花の章
32/36

第三十二話「反撃への一歩目」



 エレスター・ゴルトベルク。

 ゴルトベルク家当主は、魔杖(クロウリー)聖定二十二紋(アレフトタヴ)を保有し、帝国最高の血紋術(アーツ)使いの名家として君臨する大貴族だ。

 だが、先々代当主が魔物との戦いに敗れ、その肉を骨すら残さず捕食された結果、公爵家から血紋(ブラッド)の保有者はぱたりと途絶えた。

 それでも長年の溜めた財力によって公爵の立場を維持し、現在は貴族連合の代表を担う。

 エレスターは、現当主であり、血紋術(アーツ)使いとして有名だった。


「ちょ、ちょっと待ってください、学長。貴族連合の代表はわかります。でも、ゴルトベルク家のブラッドは、とうに失われ、新たに覚醒させた者もいないと聞いています」

「けれど、失墜とはいかなくとも、落ち目の公爵家が貴族連合代表になれたのは、何かしらの力がある証拠。それに、今回の場合聖定二十二紋(アレフトタヴ)は関係ありません」

「ブラッドの力じゃないってことか」


 マスティマの疑問に、エウロパは首を横に振る。


「おそらくは、魔洞(スポット)の底、『スヴァルト』の魔人でしょう」


 初めて聞く単語に、マスティマもヒルダも首を傾げる。

 そもそも、魔洞(スポット)の底がどうなっているかは、観測すらできていないのではないのか。

 二人の疑問をよそに、エウロパはおもむろに語り始める。


「遥か古の時代、大聖堂がここまで大きくなかったときの話です。大陸暦がまだ一桁のころ、魔物と戦う中で、敗北し、魔物に食われる者が後を絶ちませんでした。

 そんなある日、魔物に食われ、死んだはずの者が戻ってきたことがありました。

 友の帰還に沸く仲間たちの中で、しかし、その真実を見抜いた者がおりました。

 額にあるはずのブラッドを失った帰還者にアーツを当ててその正体を露わにしたのです。

 瘴気に蝕まれながら人の形を保ち、黒一色の瞳で人を睥睨する者。

 自らを『スヴァルト』からの使者と名乗る狂乱者は、当時まだ小さかった大聖堂に魔物を呼び込み、大混乱を引き起こしたのです」


 まるで当時を見ているかのように語るエウロパだが、さらりと恐ろしいことを言う。

 『姿を偽る者(シェイプシフター)』はすぐ間近に潜んでいるかもしれないのだ。


「どうして、その話が知られていないのですか? そんな危険な相手……」

「後にも先にも、魔人となって戻ってきた者はその者だけだったからです。この数百年、スヴァルトの名を聞いたことも、魔人が現れたこともないからです」


 しかし、今回のクーデター騒ぎの中に、スヴァルトの魔人を示す要素が散見された。

 隣人が突如として魔物の手先となる、そんな恐怖を人民に広げるわけにはいかない。

 そして確証もないから、この話は秘匿された。


「けれど、今回の貴族連合のトップは、過去に魔物に食われた者の子孫だった」

「もしかしたら、私たち教会が把握できていないだけで、魔人は幾人も、地上に現れているのかもしれません」


 エレスター・ゴルトベルク、彼自身が魔人のなり替わりなのか、それとも傀儡なのかはわからない。

 ただ一つ――。


「教会の諜報員が掴んだ情報では、使役された魔物はゴルトベルク領から派遣されるということです。わたくしの推測は、間違いないでしょう」

「敵は、魔洞(スポット)の底の住人、か」


 魔子に満ちているであろう地の底の住人。

 地上を奪わんとする彼らに対し、地上に住む人類は生存競争で勝たなくてはならない。


「ブラッドは、神々から与えられた救済の力。どうか人々の未来のため、その力を尽くしてください」


 この話は、やはり広めることはできない。

 ただ、教会の支持はこちらにある。

 倒すべき敵も、頼るべき仲間もわかっている。


「マスティマ、この先どうするべきか。各国の情報をから検討してください。あなたが戻ってきたのなら、我々大聖堂もこのまま座して時を待つことはしません」

「……それはもう教師の仕事じゃないですよ」

「今最前線で戦う者たちを一年近く育てたあなただからこそ、頼りにしているんですよ」


 学長からの評価に肩をすくめた教師は、各地からの報告書に目を通し始めた。

 傍らでそれを手伝う皇女と、たびたび議論を重ねながら。


   ***


 十日後。

 帝国側街道に簡易砦が完成したという報告を受けたエウロパの下に、ヒルダ、エメリッヒ、グリゼルダを連れたマスティマがやってくる。


「あらみんな、ちょうどよかった。今前線から砦が完成したという報告が届きました」

「それを聞きつけてきました。ここの守りを教会騎士に任せて移動できる時が来たと」


 現在、ヒルダが率いる近衛兵と両国傭兵は、教会騎士団とともに大聖堂都市における対帝国の主力だ。

 いくら教会騎士が精強でも、帝国相手に一勢力だけで戦えるほどの数がいない。

 だが魔物という無尽蔵に等しい戦力を抱える帝国が騎士王国・都市連合両国と戦い続けていられる以上、街道防衛に専念していても、いずれ限界が訪れる。


 まして増援の望めない籠城戦など、食料の乏しい引き籠りに等しい。

 いずれ死ぬ。

 ならば、これからできることは何か。


「俺たちは大聖堂都市を離れ、騎士王国・都市連合両軍とともに逆進部隊によって、帝国首都を強襲します」


 つまり、超大規模な、三面同時攻撃作戦を行うということだ。


「三叉陣形、ということですか」

「いくら街道が整備されているとしても、同盟軍三国を合流させて直進はできません。


 ならば、相手の意表を突くためにも、迅速かつ偶然的に起こさなければならない。

 まして、相手の首都への電撃攻撃、途中の防衛線をどうするのか。


「借りている軍を南北に返す。その時にエメリッヒとグリゼルダを使者として、一つの約束を両軍へ届けてもらう」

「約束?」


 首を傾げたヒルダに、マスティマは小さく頷いてから答えた。


「三か月後、中央軍は出撃し、一か月後には首都攻撃開始を約束する」


 魔物を率い、何重もの防衛陣地を有する新帝国を打倒する。

 その目標のために、まずするべきは一つ。

 それぞれの戦線を、最低でも戦争前の状態まで押し戻すことだった。





少しでも気に入っていただけたら幸いです。




評価、感想、ブックマーク、どんなものでも大歓迎ですので、お気軽にどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ