第三十一話「敵の名は」
マスティマたちが大聖堂へと帰還したのは、戦闘終了の二日後だった。
遺体処理、駐留兵の設置などを終えたところでようやくだ。
総指揮官であったヒルダ――ではなく、教会騎士を先頭に、大聖堂都市の門を潜る。
――オオオオオォォォォォォッ!!
それは、大歓声だ。
大地が割れんばかりの声を、大聖堂都市の市民が挙げている。
「教会騎士団バンザーイ!」「神の使いに栄光あれ!」「帝国の蛮族に死を!」
市民たちの声が教会騎士団に注がれる。
このために、総司令となったヒルダではなく、教会騎士団が先に入ったのだ。
さらにところどころに教会騎士団をばらけさせ、全体の歓声のバランスを取る。
このために隊列を入城の直前で整理したため、余計な時間を浪費したのは物見の兵士たちしか知らないことだ。
「あれは、エウロパ学長?」
「大聖堂の大司祭であるエウロパ学長は、街の防衛を取り仕切っているの。彼女が街を守っているという安心があるから、この都市は存続できているわ」
凱旋パレードはそのまま大聖堂前の広場を通り、エウロパが大聖堂のバルコニーから見守る。
教会騎士団は自らの宿舎へ、ヒルダの近衛、騎士王国・都市連合派遣部隊は与えられた幕営へと散って行く。
その中で、マスティマとヒルダの下に、エウロパが現れた。
「マスティマ! ああ、よくぞ帰ってきました」
「うぉっ、先生」
ぎゅっと抱きしめてくるエウロパの勢いを何とか受け止めると、そっと背中に手を回す。
もう一人の母のような人物をなだめると、今度はその抱擁はヒルダへ向かう。
背の高いマスティハ受け止める形になったが、エウロパより小さいヒルダはその胸に包み込まれる形となる。
「あなたもよく街道を守ってくれました。苦しい戦いを、よくがんばりました」
「わ、わかりましたから、学長。苦しいです」
母を早くに失っていたヒルダからしても、こうして母性のある愛情を向ける人物は、奇妙な恥ずかしさを感じる相手だった。
抱擁を解いたエウロパは、二人を自室へと招き入れる。
「ヒルデガルトさんの報告書は読みました。ゴンフォテルまでも使役する帝国と、それを蹴散らしたマスティマ、あなたの活躍。まさか、鎖龍儺の血紋を覚醒させるとは」
「学長は、母さんの鎖を知っていたのか」
「彼女は学校を卒業後に、顕現武装を覚醒させました。それがどんなブラッドなのか、大聖堂でも把握できていませんでした」
ヒルダの父フェルディナントが鎖のブラッドを知ったのも卒業後だ。
大聖堂だからと言って、全てのブラッドの情報があるとも限らないのだろう。
「あなたが継承した様子もなかったので何も伝えずにいましたが、フェルディナントはそれを、聖定二十二紋だと言ったのですね」
「はい、父は帝国陵墓で、女神の壁画を見たと」
「鎖龍儺の名前は、この力が覚醒したときに浮かび上がってきたんだ。この鎖でヒルダのくれた短剣を掴んで、今は武器として使っている」
「あら、ヒルデガルトさんからの贈り物」
直後、エウロパの目線がヒルダに動く。
生暖かく、何か言いたげな視線に、ヒルダはつい視線を首から逸らす。
マスティマは顕現させた自らの武器を見ていて、二人の動きに気づいていない。
彼が顔を上げるころには、二人とも元の位置に顔を戻していた。
「一年以上ぶりに戻ってきて、世界の状況が大きく変わっていることがわかった。
ここが、戦争の最前線なんだな」
マスティマの問いに、エウロパは頷く。
大聖堂に各国から通じる道は、しっかり整備され大軍が通るだけの広さもある。
大聖堂側の砦は各国境界線上には存在せず、三国側から進軍するのは容易。
「少なくとも、この大聖堂都市成立以降、ここを通って進軍しようとすることは、かつての帝国ですら忌避したことです」
「下手をすればカリタス教会の騎士団どころか、自国内にも敵を作りかねないからな。
今の帝国は、魔物を使う以上教会と対峙すること前提で行軍しているだろうが」
大陸最大宗教であるカリタス教会に弓引く帝国は、二か国に加えて教会までも相手にして、勝つ見込みがあるということだ。
「今回の戦い、確か騎士王国との境界に領地を持つブルガハイド伯爵を捕らえました。
騎士王国への引き渡しを、任せてよろしいですか」
「ええ。こちらから騎士王国へ使者を出しておきます。とはいっても、今騎士王国の最前線にいるのは、伯爵ではなく、ヴァルヘルム侯爵の嫡男です」
「アルブレヒトか。彼を重装歩兵として鍛え上げたのが懐かしいよ」
もともとは戦鎚を振るう剛腕の騎士にでもなろうとしていた。
だが、彼の持つ塔盾のブラッドに合わせて、攻撃より防御偏重の、カウンター戦術を教え込んだ。
彼自身が強すぎるせいでカウンターなど必要としない戦い方を好んでいたのを、徹底的に叩きのめして考え方を変えさせた。
結果、塔盾に見合う戦い方を身に着けさせ、顕現武装覚醒にまで至らせた。
「彼の反骨心を刺激しすぎたかな……」
「その反骨精神のおかげで、師範の指導をまじめに受けていたものね」
マスティマという大きな味方を付けても、厄介な敵はまだ残っている。
「ヴォルフガングさんは長鎗を継承し、顕現武装も覚醒させたそうなの。おかげで、ヴァルヘルム侯とも対等に戦えているとのことです」
「彼はもともと槍に高い適正と技能を有していたからな。継承さえできればすぐにでも顕現武装を覚醒させられただろう」
「アンネリーゼさんも都市連合の指揮官として活躍しています。先日、奪われていた要塞を一つ奪還したと報告がありました」
ブラッドを持つかつての生徒たちの目覚ましい。
新帝国に対抗できるのは、やはりブラッドの力が必要不可欠だった。
「帝国は騎士王国と都市連合、二正面作戦を強いられながら有利に戦いを進められるのは、やはり魔物の存在が大きいわ。魔物の使役なんて、一体誰が……」
「心当たりが、一人だけあります」
ヒルダの疑問に、エウロパは重たい口を開く。
「貴族連合代表、エレスター・ゴルトベルク公爵。現在は帝室摂政並びに宰相。皇后の父であり、現在の帝国の実権を握る男です」
静かに告げた名は、一年前の事件の原因となった者の名だ。
復讐するべき敵は、帝国における最高権力者である。
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