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傭兵と皇女  作者: X-rain
開花の章
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第二十六話「逆転への一歩」



 縋りつくように抱きしめたその体は、しっかりとヒルダの体を支える。

 傭兵のころからずっとつけているマント。

 パーティーのために誂えた特注の傭兵服。

 間違いない、あの頃と何も変わらない、先生(マスティマ)がそこにいた。


「どうしてとか、どうやってとか、今は聞かないわ。師範(せんせい)、手を貸してくれますか?」

「むしろここまで来て帰れって言われたら俺でも落ち込むぞ」


 生徒との軽口にくすくすと笑いながらあの日々を思い出す。

 わずか一年にも満たない学校生活。

 それでも、彼女と、仲間たちと築いた繋がりは消えていない。


「センセー? センセー! センセェェェ!!」

「まさか、本当にあなたが……」


 弓も矢も放って飛び掛かってくるグリゼルダを、体をひねることで勢いを和らげる。

 首にしがみつく少女を受け止めると、弓矢を拾ったエメリッヒのほうへ向く。

 まだ唖然とする彼の肩を叩くと、その仏頂面の顔が、わずかに緩む。


「遅いですよぉ……。グリたちを置いて、いなくなってぇぇ」

「失礼だと諫めるべきでしょうが、今はグリゼルダと同意見です。ですが……」

「おぎゃえでぃなざいぃぃぃぃ」

「――というわけです」


 泣きじゃくるグリゼルダの背中をそっと撫でで慰める。

 ヒルダもグリゼルダの頭を腕で包むと、彼女の涙を周囲から隠す。


「エメリッヒ、状況を教えてほしい。あれは帝国だよな」

「どこから教えればよろしいですか」

「俺がいなかった時から今に至るまで」

「承知しました。新制アマルテア帝国は、貴族連合会によって議会と軍が掌握され、皇帝派を一掃。大聖堂士官学校へ亡命という形で脱出した我々は、王国と都市連合に救援を求めました」


 その結果、ある程度の軍と支援を約束された。

 新制アマルテア帝国対抗の旗印として、前皇帝の皇女ヒルデガルトを有するのは、世間的大義名分の確保にも役立った。


「しかし、貴族連合は魔物を制御する術を持ち、両国に対して優位に戦いを進め、現在はこの大聖堂士官学校へ続く街道への攻撃を強めています」

「街道が整備された大聖堂を使えば、両国攻撃への拠点になるからな。それで君たちがここの守備についているのか」

「はい。ヴォルフガングとアンネリーゼはそれぞれ故国の防衛軍へと参加。二人の推挙で、ヒルデガルト様はこちらの防衛線に臨むこととなりました」

「元皇女はちゃんと帝国と戦えるのか、そういう試験も含まれていました」


 結果、戦火を示したからこそ、こうして多くの兵団を任せられた。

 だが、強力な魔物の投入で、戦線は崩壊しつつあった。


「教会騎士団が現在最前線を支えていますが、あまり長時間抑えきることはできません。

 ゴンフォテルの突撃がなくなったことで壊滅は免れましたが、間もなくこちらの右翼は突破、敵軍の切り込み隊長ともいえるブルガハイド伯爵の突撃を受けるでしょう」

「その隊長を相手にできるのは?」

「私だけよ。ブルガハイド伯爵は両手剣(ユリシーズ)血紋(ブラッド)保有者ですから、その実力も相応。私は今、アンネから借り受けたブラッドがあります」


 聖定二十二紋(アレフトタヴ)によるブラッドの共有は、保有者の能力によって共有限界がある。

 アンネはその一つをヒルダに貸し与えたのだ。

 それは、まぎれもない信頼の現れだった。


「基礎型ブラッド持ちなら、何名かおりますが、その誰もが聖定二十二紋(アレフトタヴ)を貸与されたヒルデガルト様には及びません」

「なら、ヒルダを中心として陣を組まざるを得ないか」


 戦争において、一個人の力量は戦術を左右しても、戦況を左右することなどない。

 だが、ブラッドを持つ者は違う。

 その能力を最大限に発揮すれば戦略を覆すことさえ可能になる。


「司令官を囮にしなくちゃいけない作戦か……」

「悪手中の悪手ですな。それ以外に対抗手段があるわけではありませんが」

「構いません」


 ため息をつくマスティマとエメリッヒに対し、ヒルダは毅然と答える。

 腕の中にいるグリゼルダも、主の言葉に視線を向ける。


「この一年、私は死なないための戦いをして、多くの者に死を肩代わりさせてきました。

 自分が殿(しんがり)や囮になった時、生き残れる保証がなかったから」


 学生時代の無鉄砲さならいざ知らず、今の彼女は亡国の皇女という立場でもある。

 自分の生存に躍起になるのも無理はない。

 しかし、今その考えを捨て去ろうとしていた。


師範(せんせい)が作戦を立てて、私を助けに来てくれるんでしょう? なら、大丈夫」

「責任重大ですよー、センセー」


 マスティマは茶化してくるグリゼルダの頭をワシャワシャと撫でると、ヒルダを見る。


「信じてくれるか」

「当然です。我がヒルデガルト班は、先生の教え子ですから」


 エメリッヒのほうを見れば、彼も頷く。

 今ここにいるのは三人だけだが、その三人が承諾したなら、近衛兵たちも納得する。

 空から現れた、この先生と呼ばれる男が、何かを変えてくれるだろうと。


「陣形を整列させる。防御陣形、突破してくる敵を迎え撃つ。犠牲は最小限に止める必要がある。攻撃より防御が重要だ。相手の戦列を伸ばし、教会騎士とともに挟み撃ちにする」

「しかし、それは教会騎士が反転攻撃することが前提でしょう。彼らはまだ敵中央と――」

「だから、時間を稼いでもらいたい。グリゼルダ、君を天馬騎兵(ペガサスライダー)に任命する」


 そういったマスティマは、指笛を吹くと二頭のペガサスを呼び寄せる。

 ここに来るために乗っていた、流星のごときペガサスだ。


「ペガサスライダーの基本は上空からの強襲だ。君の弓が要だ。エメリッヒはヒルダの支援を。俺はグリゼルダとともに、教会騎士の援護につく」

「むむむむ無理ですよぉ! 中央軍がどれだけいると思っているんです!? 教会騎士八千と、中央軍一万一千が殴り合ってんですからね!」

「それだけの数が突撃し、軍を維持するには最低でも三人ほどの指揮官が必要だ。その中で討つべきは一人、軍大将だけだ」

「つまり、指揮官を討って混乱状態のところを反転離脱、攻め込んできたブルガハイド伯爵を挟撃すると」

「なんとも、無茶苦茶な……」


 これが、普通の騎馬戦や歩兵戦であったならばできない。

 だが、逆にペガサスライダーのような幻獣を用いることができれば、魔物を用いて戦況を優位に進めている帝国のように戦うこともできる。


「兵力が足りていないなら、どこからか連れてくるしかない。だが援軍が見込めない。

 となると、戦場で調達するしかない」


 言っていることは理解できる。

 だが納得しがたいと周りは困惑した表情を浮かべる。


「さすが師範(せんせい)、それじゃあグリ、頼んだわよ!」


 唯一、ヒルダだけは乗り気だった。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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