↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵と皇女  作者: X-rain
開花の章
PR
23/36

第二十三話「母の声」



「ずいぶん、無茶をしたのね」


 頭上から聞こえた声に、青年は目を開けた。

 青年――マスティマは柔らかい草の上で寝転がっていた体を起こす。

 湖畔だ、森の中にぽっかりと浮かんだような大きめの湖。


 起き上がった時に見た顔は、ずいぶんと久しぶりに見た顔だった。


「母さん……?」


 同じ青い髪を持つ女性――彼の母であるリシテアだった。


 大聖堂士官学校に彼が入学したのは、十五歳の時だった。

 それまで一緒に暮らし、鍛えてくれた母と別れてから一年。

 エウロパに誘(いざな)われ、大聖堂の門を潜った。


「だって、母さんは、もう……」

「うん。魔物に負けちゃって、マスティマに血紋(ブラッド)を託して、力尽きた」


 すでに、彼の母はなくなっている。

 生前にエウロパとも引き合わされ、傭兵として教えを受け、彼を鍛え上げた。

 だが、魔物と戦いで命を失った。


「母さんは、傭兵として、依頼主たちを守って戦った。でも、その結果……」

「そうだね。情けないところ、マスティマには見せちゃったね」


 すでに七年も前だ。

 だが、あの日以来、マスティマの心に刻まれた疑問は消えなかった。


『何を守って戦うのか』


 傭兵としての矜持か。

 力ある者としての責任か。

 守ることを目的としない傭兵は、何を守るのか。


「母さんは、何を守りたくて戦っていたんだ」

「決まってるじゃない。マスティマ、あなただよ」


 母が亡くなるとき、重ね合わせた額から伝わってきたのは感謝だった。

 一人残していくことの謝罪より、一緒に過ごしてこれたことへの感謝。


「お父さんが亡くなって、独りぼっちになるかもしれなかった私のもとに、あなただけは残ってくれた。戦場で勝つより、あなたを育てるほうがよっぽど大変よ」

「もし、血紋(ブラッド)を継承しなかったら、母さんは助かったんじゃないの?」

「うーん、出血量が多すぎて無理だったかな。でも、継承できていたからよかった。こうして、また話せるんだから」


 ふと、マスティマは気づく。

 母が亡くなってからこのように枕もとに立たれたことなどない。

 では、今自分はどうなったのか。


「……俺、死んでたのか?」

「いまさら!? この子の生徒さんも、苦労しているでしょうね」

「母さんは、俺が教師をやってるって知っているのか?」

「うん。何となくだけど伝わってきてる。ブラッドの中に残した私の魂が、あなたが楽しそうにしているんだなって、感じてる」


 ブラッドは、魂に刻まれた血の力だ。

 稀にブラッドの継承とともに記憶を継承する例もあると言う。

 その類のおかげで、今こうして母と会話することができているのだ。


「じゃあ、俺は死んだわけじゃない?」

「そうよ。でも、肉体は眠ってる。砕け散ってしまいそうな肉体を繋ぎ止め、離れてしまいそうな魂を縛り付けている。元に戻すのに、一年もかかっちゃった」

「一年……」


 それだけの期間、彼の体は眠りについていたような状態なのだ。

 鎖――鎖龍儺(ロジェストラ)のブラッドは、繋ぎ止め、縛り上げる力。

 その白い鎖は、触れられぬ者さえも捕らえるものだ。


「どうして、そんな力が俺に――母さんに宿ってるんだ」

「細かい来歴は私もわからないわ。でも、紋章研究者だったお父さんが言ってたわ」


『二十二番目の聖定二十二紋(アレフトタヴ)は、”世界”を象徴するものでもあるんだ。フェルディナントの戦旗(ジャネット)が”女教皇”を指し示すように』


「世界?」

「ええ、その意味は――救世」


 我らを救いたまえ。

 そう願われて戦う者たちを、人は英雄と呼ぶ。


「神話の時代から失われた二十二番目のブラッド。今はあなたが、それを受け継いでいる。

 どうして持っているかより、どう使うかを考えるのが、大切よ」


 脳裏に浮かぶのは、彼の感覚で一年間、ともに過ごした生徒たちだ。

 関わりの深かった生徒もいれば、薄い生徒もいるだろう。

 あの日、最後の意識が合った日、玉座を奪われた者がいた。


 確実に広まるであろう戦乱に、巻き込まれる者もいる。

 怯えて逃げ出したくなる者だっている。

 助けを求めている者だって、いるはずだ。


「初めて、守りたいと思える子たちができたんだ。いや、たぶんエウロパさんはそうなるだろうと思って、俺を教師にしたんだろうけど」

「彼女には、感謝しないとね。マスティマが、戦士としてまた一歩成長できた」


 一介の傭兵は教師になった。

 そして、守るべきものを見定めた。

 死んでなどいられない。

 どれだけ時間が立っていたのだとしても、また彼らの前に立ちたかった。


「じゃあ、眠っている暇じゃないわね」

「ありがとう、母さん。ずっと、守っていてくれて」

「これでもあなたの親なんだから。お嫁さんの姿を見れなかったのは、残念だったかな」

「……善処する」


 ひとまず、戦乱に包まれたであろう世では、そんな些細な日常も難しいだろう。

 ならば、そんな浮かれた気持ちでいることが許される時代へ、また世界を戻せばいい。

 マスティマが左手を上に延ばすと、そこから鎖が伸びていく。


 先端には、ヒルダから贈られた短剣があった。


 どこまで伸びていく鎖が、何かに当たる。

 天井ではない、この意識の世界の果て。

 ピシリと割れる空間。

 そこから漏れ出る光は陽光だ。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 短い言葉とともに、マスティマの体は飛び上がる。

 縮んでいく鎖に引っ張られ、空気を押しのけて空へと落ちていく。

 眼前に迫るのは、意識の天蓋。


 真っ青な空に激突したマスティマの体は、急に暗く重たい、水に包まれた。


 時代は、大陸暦800年、春の一月となった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。