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傭兵と皇女  作者: X-rain
蕾の章
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第二十話「嵐の時」



 音楽が鳴り止み、拍手も止まったころ、一礼するヒルダの目に、歪な存在が移りこむ。


「あれは、さっき問題を起こしていた……」


 中堅貴族に絡まれていた、中立派の青年貴族が、会場の出入り口の前で腰の後ろに手を組み、会場を睥睨する。

 まるで会場全体を見下しているかのような態度に、他の貴族たちが気づかないわけがなかった。


 だからこそ、相手もその前にことを進める。


「さて、宴もたけなわでございますが、わたくしのほうから皆さまにお伝えしたいことがございます」

「ふむ、余を差し置いて宴の音頭を取ろうと言うのか」


 青年貴族の前にフェルディナントが進み出る。

 皇帝の言葉に周囲がざわつく中、青年貴族だけは余裕そうな笑みを浮かべて笑っている。


「むろんです。皇帝陛下。宴は、終わりです」


 その言葉を合図にしたのか、一瞬、窓から差し込む月明りが途切れる。


「伏せろ!」


 マスティマの警告と、敵対者の突入はほぼ同時だった。

 窓ガラスを割って突撃する者たちは、各々手に武器を持っている。

 剣、ナイフ、弓、おおむね武器は統一されているため、何処の手の者かはわかりづらい。


 ただわかるのは、平穏は音を立てて砕け散ったということだけだった。


   ***


 飛び込んできた侵入者たち五名は、各々武器を持ち、顔を覆い隠す覆面を被っていた。

 その狙いは皇帝フェルディナント。

 凶刃が胸をめがけて伸びていく三本の刃と、二本の矢。


教え子(ヒルダ)の誕生日に、何してくれてるんだ!」


 その全てを、マスティマが防いだ。

 飛んでいく矢をつかみ取り、それを使って二人を貫く。

 残った一人が振り下ろした刃を懐に入り込んで捕らえると、ねじ折って剣を奪う。

 驚愕もつかの間、振るわれた刃が弓兵を切り捨てた。


「中立派だろうが何派だろうが、これは明確な反逆行為だ。無事で済むと思うな」


 出入り口に立つ青年貴族へ向けて剣を構えるマスティマ。

 ヒルダは父のもとに駆け寄ると、そのそばに寄り添う。

 大丈夫かと問う娘に、かすり傷一つないと安心させる。


「無事? いやいや、まさか。この程度で終わりだとお思いで?」


 青年貴族は指を鳴らすと、入り口の奥から先ほどの五名とは比較にならない数の兵士がなだれ込む。

 格好も完全武装、皇帝の守護のために集まった臣下たちの数より圧倒的に多い。


「なんだ、近衛はどうした!? 皆のもの、陛下の危機であるぞ!」


 大臣の一人が叫ぶが、応える者はいない。

 この数の兵士になだれ込まれているのだ。

 そもそも、会場警備の近衛の騎士たちは全滅している可能性も高い。


 ゆっくりと会場の中心に向けて歩いてきた青年貴族は、周囲を睥睨してから告げる。

 彼は、自らを代表代弁者と名乗る。


「我々貴族連合会は、現皇帝の掲げる政策に断固として反対するものである。

 帝国領を拡大し、他国を従属させ、国家の威信を存続させる。

 帝国にさらなる繁栄をもたらすことこそ皇帝の使命のはず!

 それを現皇帝はないがしろにし、むしろ他国にすり寄り、誇りある帝国の権威、品位を貶めている。

 皆も知っていよう、隣国からの圧力に怯える皇帝は、軍事行動の一つ起こさず、むしろ領土の一部を割譲したことを!

 そう、この皇帝……いや、このクズは売国奴である!!

 他国に(おもね)り、この国に遺恨を生む温床なのだ。

 よって我々貴族連合会は、臆病者の現皇帝を弾劾。

 新皇帝として皇弟殿下を推挙する。

 それをもって、失われた我が帝国の威信と領土を取り戻すものである!」


 ここにいるのは全員皇族派だ。

 彼の演説に拍手する者などいない。


 ただわかることは一つ。

 中立だのなんだの言っていたこの男は、根っからの反皇帝派だ。


「下がれ、ヒルダ!」


 皇帝が叫ぶと同時に、そばの臣下が机をひっくり返し、ブタのすね肉(シュバイネハクセ)に突き刺さっていたナイフを取った。

 先ほどの襲撃者の武器だって奪えば使える。

 老齢とは言え、ここにいる者たちは王侯貴族として己の職務を全うしてきた者たちだ。

 武においても、相応の鍛錬を積んできた者たちだ。


「ですが、まともな武器ではない。それを、その人数で防ぎきれるとでも?」

「我らをただの老獪と侮るなよ。まだこの額には、戦旗(ジャネット)が宿っている!」


 フェルディナントが手を掲げれば、そこに光が集まる。

 額の輝きは強まり、その手に戦旗を掲げた。

 彼から放つ光は大臣たちに力を与える。

 本来なら軍の精鋭に付与すべき光だが、今はこの場にいる者たちが最後の戦力。


「マスティマ先生、ヒルダを頼む!」


 旗を振るえば、老兵たちが各々の武器を構えて走り出す。

 その動きは第一線を退き、内政に回った者たちとは思えないほどの俊敏さだ。

 これこそが、真なる戦旗が齎す力。

 勇なき者に勇を与え、勇ある者は英雄となる。


 大臣の中には自らのブラッドを保有する者もいる。

 フェルディナントの治世以前は戦場で剣を振るっていた者たちだっていた。

 単純に考えれば、完全武装の兵士とだって渡り合える力を持つだろう。


「ああ全く、老人たちは無駄ごとに時間をかけるのが好きで困る」

「時間が余っているのは若者の方だと思うがな!」


 フェルディナントの持つ戦旗には先端に矛先がある。

 それを青年貴族に向けて繰り出した。

 回避不能の神速の一突き、その額をぶち抜く勢いの一撃。


「残念だけど、やらせれねぇな」


 ――キンッ! と高い金属音を上げて弾かれた。


「はっはっはっ、私を守ってくれるとは律義だね。ヴァルヘルム侯爵」

「代表の代弁者とは言え、刃を突きつけられたなんてことになったら連合の恥だ」


 もともと寸止めするつもりの脅しの一撃。

 とはいえ、兵士たちの中でそれに割り込める技量のある者はいなかったかに思えた。


 だが、割り込んだものがいた。

 そして、顕現武装の一撃を止めるだけの武器――つまり同じ顕現武装を持つものがいた。

 代表代弁者フレーゲルを守ったのは――。


「アルブレヒト・フォン・ヴァルヘルム!?」

「よう、殿下、先生殿、一か月半ぶりだな」

「今まで先生殿なんて呼んでくれたことはなかったが、急に敬意でも芽生えたか」


 アルブレヒト――マスティマの教室に所属する、生徒の一人だ。

 体格、体力、技量、どれをとっても優秀であり、アマルテア帝国の重鎮貴族に属する一人であり、そして今は――。


「その額の耀き、そしてその盾、ブラッドを継承したんだな」

「ああ。これが我が家のブラッド――塔盾(クリスト)だ」


 一枚板のような形に、馬上鎗が重なる。

 タワーシールドを示すそれは、聖定二十二紋(アレフトタヴ)の中で数少ない防具のブラッドだ。

 その顕現武装である盾ならば、フェルディナントの一撃を弾いて見せたのも頷ける。


「皇帝への忠誠を失った小倅が、いっちょ前の武器を構えるではないか」

「皇帝、あんたの時代が終わりを迎えたんだ。潔く、次へ開け渡せ」

「残念だが、その受取人はお前たちではない!」


 問題は、ヴァルヘルムよりむしろ絶え間なく増える兵士たちだった。

 決して兵士は一騎当千というわけじゃない。

 だが、それは皇帝派の大臣たちも同じ。

 むしろ、人数がいない分不利だった。


 それでもなお、その血と、そこに流れる歴史と力にかけて、諦めるわけにはいかなかった。





少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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