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傭兵と皇女  作者: X-rain
蕾の章
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第十七話「嵐の前」



 酒宴に酩酊はつきものだ。

 どれだけ気を付けても、一人くらい粗相をする者が現れる。


「生ぬるいことを申すな!」


 視線が集まった先にいたのは、顔を赤くした中堅貴族と、呆れたようにため息をつく青年貴族だ。

 一番近くにいたグリゼルダは、どうすればいいのかわからず涙を浮かべる。


「奴らは逆賊だ! 皇室をないがしろにし、帝国の未来を考えぬ私利私欲の塊。それを誅伐(ちゅうばつ)することの何をためらう!」

「酒が入って少し熱くなっておられるようですな。いたずらに戦を起こせば国を損ないます。内乱により向こう十年の経済的損失は計り知れぬものとなりましょう」

「ならばこそ! 今ここで早急に奴らの鼻をへし折り、十年の内乱を、三か月の制圧戦とするべきではないか!」


 血気にはやった若者を、歳を重ねた者が諫める――の逆転現象だ。

 祝いの場にふさわしくない怒声が静寂を与える。

 この生誕祭が皇族派の結束式の代わりであるのは間違いない。

 とは言え、皇女の誕生日を祝うための会を血生臭いもので彩るのはナンセンスだ。


 それを無視してまで言い放ったのは、顔を赤くした様子から見て泥酔しているのだろう。


「熱くなられますな。それに、わたくしは中立を表明しております立場故、卿の意見に同意しかねますので」

「中立!? そのような曖昧なあり方が許されると思っているのか!? そのような者ども、敵に同じである!」

「少し、頭を冷やされるべきでしょうな」

「舐めたことを!」


 中堅貴族の手は、手近にあったテーブルへと延びる。

 デザートとしてだされたケーキの乗った皿が、振りかぶられた手から放たれる。


「お、お待ちくだ――ヴェア!?」


 さすがにまずいだろうと、二人の間に割って入ったのはグリゼルダだ。

 跳ね返すわけにもいかず、彼女は顔面にクリームの塊を受け止めた。

 その勢いは止まらず、グリゼルダは激しく尻餅をつく。


 倒れるときに引っ掛けたテーブルクロスが引っ張られると、乗っていた他の食事や飲み物までひっくり返る。


「グリ!」


 声をあげたのはヒルダだった。

 座っていた椅子から立った彼女は、料理と飲み物に汚れた従者へ駆け寄った。


「大丈夫、頭打ってない? 目に当たったりしなかった?」

「うひぃぃ、尻餅ついちゃいました……顔もべたべたしますぅ……」


 髪も服もクリームやソースに汚れたグリゼルダは、半泣きになっている。

 その様子に、ヒルダの額に青筋が浮かび上がる。


「何をしているの、あなたは……!」

「メイドが邪魔をするでない! この小僧に、帝国貴族何たるかを教えてやらねばならんのだ!」

「そのような醜態を晒して、帝国貴族の誇りも何もないものでしょう」


 大切な友人であり侍従であるグリゼルダを傷つけられて怒りをあらわにするヒルダ。

 近くにいる相手が皇女だと気づかないほど酩酊した中堅貴族と、気づいていながら相手を煽ることをやめない青年貴族。

 祝いの場にふさわしくない剣呑とした雰囲気は、酩酊した中堅貴族によって激化する。


「その想い上がった態度、顧みるがいい!」


 掴み取った別の皿が、青年貴族に向けて放たれる――。


「もう、やめろ」


 その手を掴んだのは、マスティマだった。

 距離としては数メートルあったのだが、一陣の風だけを残してマスティマの手が、中堅貴族の腕を掴む。


「ここはヒル――デガルト殿下の生誕祭だ。あんたが誰かは知らないが、祝いの席だ。乱暴なことをするものじゃない。それに――」


 零れ落ちそうだった鶏肉を、皿ごと奪うことで守り抜く。


「食べ物を粗末にするのは、作った人に失礼だ」

「な、なにを、貴様、私の邪魔を――」

「水でも飲んで落ち着くといい」

「ごぼっ!?」


 代わりに水の入ったグラスを口に突っ込まれ中身を流し込まれる。

 溺れそうな表情で動きが停まったところを、集まった衛兵たちに連れられて行く。

 マスティマはその様子を眺めていると、青年貴族は肩をすくめながら歩み寄る。


「助かりました。全く、血気盛んなお方だ」

「あんたも気を付けたほうがいい。わざわざ相手を挑発して醜態を晒させるのは、あまりよくない」

「ええ、もちろん。少し揶揄ってみただけですので」


 慇懃に礼を取った青年貴族は、後ろに腕を組んで歩いていく。

 中立だと言っていたが、ならばなぜあのような態度をとっていたのか。


師範(せんせい)、大丈夫でしたか?」

「全く問題ない。それよりグリゼルダは? 怪我は?」

「大丈夫、ぶつかったのがケーキでよかったわ。顔中甘ったるいって逆に嬉しそうでした」

「それは……それで問題な気もするな」

「エメリッヒに付き添わせたから。ついでだし、あの子もドレスに着替えさせようかしら。

 あの子ね、化粧すると別人レベルで可愛いんです」

「あがり症の子にやらせることじゃないぞ、班長」


 肩をすくめたヒルダの様子から、冗談だと察する。

 大切な友人を自慢したいだけだが、それを無理強いするつもりはないのだ。


「しかし、仲のいい貴族ばかり、というわけじゃないみたいだな」

「ええ。今日は皇族派よりの中立貴族も呼んでいたんです。この機会に中立派の一部を取り込めればと思っていたんですけど、その前に身内の結束を固めないとね」

「大変だな。次期皇帝」

師範(せんせい)にはこれからも手伝っていただきますから」

「ま、生徒からの頼みを無下にすることもできないからな。卒業までは特に」


 わめきながら引っ張られていく貴族を見送りながら、マスティマの視線は先ほどの青年貴族の背中を見つめていた。

 言い知れない不安――。

 傭兵時代、戦場で何度か感じ取ったものに似ている。


 それは、多くの味方が死ぬ時の予感だった。


「先生、なかなか素早い立ち回りであるな」

「陛下。出過ぎたことをしました」


 事態を遠くから見ていた皇帝が、グラスを揺らしながら近づいてきた。

 あきれた視線を貴族へ向けた皇帝は、首を横に振りながら答える。


「いや、よい。あの者にも少し頭を冷やす時間が必要だろう。よりによって中立派に喧嘩を売ったことだけは、咎めぬわけにもいくまいが」

「作為的……というか挑発的な相手の態度も、どうかと思いますが」


 まるで対立を煽っているかのようだ。

 それも、貴族の立ち回りというものかと、マスティマは思う。


「後始末は我々に任せてもらおう。そういう政治的な話は、学校には関係ない話だ。

 ……今のところは」


 不穏な言い回しだ。

 それは娘の方も思ったのだろう、少し肩を落とし、眉をひそめた。


「さて、そんなことはともかく、マスティマ先生」

「はい」

「君のブラッドについて、少し話したいことがある」


 ふいに、フェルディナントの雰囲気が変わる。

 顔を見合わせたマスティマとヒルダは、何のことかと首を傾げた。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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