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傭兵と皇女  作者: X-rain
蕾の章
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第十六話「生誕祭」



 生誕祭まで時間は少しずつ近づいてくる。

 マスティマは用意されていた服に着替えて、控室にいた。

 いつも着ている灰色の傭兵服をきれいに仕立て直したようなデザインで、動きやすく武器を仕込もうと思えば隠しどころは多い。


 せっかく生徒から貰った服で出るパーティーとはいえ、油断は禁物だ。

 机の上にある短剣を手に取ると軽く抜いてみる。


『先生、その服にはぜひこの短剣をあわせてください。服に合わせた特注ですので』


 そう言ってヒルダが置いて行った短剣は、刃渡り三十センチにも満たないもので、翼のような鍔は、刻まれた獅子の紋章と合わせて、帝国のシンボルである獅子頭の鷲(エンギルス)を思い起こさせる。


師範(せんせい)、ご準備はよろしいですか」


 扉を開けたヒルダは、赤いドレスの上に白いケープを羽織っていた。

 肩口と胸元を軽く隠し、防寒と優雅さを両立させている。

 マスティマの青色の髪と対照的な灰色の服。

 赤い色のドレスと対照的な銀の髪。


 例え立場がなくとも、並べばそれだけで人目を引くであろうことは間違いない。


「まだ何かあったか。覚えておくべき貴族の顔は、大体把握したぞ」

「窓から来客を見ていたんですね。この距離でよく見えますね」


 控室から見えるのは会場の入り口だ。

 今日集まっているのは皇族派、ヒルダたちに友好的な貴族ばかりだ。

 警戒するより、友好を結ぶことを目的として顔を覚えておいた。


「でも、叔父様は来られないようですね」

「陛下の弟君か」

「ええ。血紋(ブラッド)は継承していないけれど、軍人としては優秀な方よ。どちらかというと拡大派で、お父様とは長らく顔を合わせていないわ」


 憂いを帯びた物言いは、親族内の不和のためだろう。

 姪の誕生日に呼ばれない叔父、その関係性の複雑さをマスティマは推し量る。


「さて、気の滅入る話はここまで! さぁ師範(せんせい)、エスコートをお願いいたします」

「ああ、エスコート…………俺が?」

「はい。そのために、こちらに来たんですから」

「いやいや、陛下がいるだろう。君の母君は亡くなられていると聞いた。ならば、陛下のそばに立つべき立場に君はいるのではないか?」

「お父様はすでに会場にいるので、私を迎える立場にあります。ですから、皇女をエスコートする者は別に必要となります」

「エメリッヒは?」

「会場にて進行役を任せています」

「グリゼルダは……女の子だから対象外か」


 何より彼女はこのような役目に耐えられない。

 注がれる視線に泣き出してしまうのが落ちだろう。


「俺は君の教師なんだが……」

「この会場に来た貴族は誰も、あなたのことを知りはしません。私が新たに雇った護衛の傭兵だと思うことでしょう。問題はありません」


 皇女の立場に問題はないのかと思うのだが、どんな反論をしてもかわされるだろう。

 嬉しいことに、この皇女は最も優秀な生徒の一人だった。


「一歩下がった護衛だと思っていたんだが」

「これから先はエスコートも護衛も務めてくださいね。それでは――」


 ヒルダはマスティマの襟を正し、ネクタイを調整する。

 そしてマントに隠れた短剣を正面からギリギリ見える位地に移すと、左手を差し出す。

 マスティマは右手で彼女の手を取ると、そのまま半歩前に立つ。


「参りましょう」


 ヒルダの言葉を合図に、二人は同時に進みだした。


   ***


「皇女殿下、入場!」


 エメリッヒの声が響く。

 音楽隊の演奏とともに扉が開けば、マスティマにエスコートされたヒルダが現れる。

 会場の貴族たちは皇族派だが、突然皇女をエスコートする青年には疑問符を浮かべる。

 しかし、満足げな表情の皇帝を見れば、大概の者がマスティマへの疑問を閉ざす。

 皇帝の隣の椅子にヒルダが辿り着けば音楽は止み、マスティマはヒルダから離れる。


「皆の者、今宵はよく集まってくれた」


 フェルディナントの声が会場に響く。

 同時に乾杯のグラスが配られ、ヒルダとマスティマの下には給仕服のグリゼルダがジュースを渡してくる。

 未成年のヒルダはもちろん、マスティマも護衛として酔うわけにはいかない。


「今日、我が娘は十八を迎えた。この子の兄たちが、亡くなった歳と同じになった。

 余が玉座についてから数十年。世継ぎに恵まれぬことだけが、我が不幸だった。

 だが、我が娘ヒルデガルトが、こうして十八を迎えてくれた。

 いずれ、我が玉座をこの子に譲るときが来るだろう」


 その言葉に、貴族たちの間に動揺はない。

 既定路線というべきか、もしくは予想通りというべきか。

 少なくとも、女帝の誕生に反対する声はない。


「我が娘は余よりはるかに優秀だ。魔物の動きが以前より活発になる昨今、人と人の争いまでも起こりえるこの先に、我が娘の知略が必要とされる時が来る。

 皆の者、我が娘が助けを請うた時、その願いに応えると約束してほしい」


 皇帝の言葉に応えるように、貴族たちはグラスを掲げる。

 シンとした会場の中で、続けてヒルダの声が響く。


「魔物の脅威は大陸各地に潜み、油断すれば大きな混乱と悲しみを呼び込むでしょう。

 悲しきことに、拡大派の貴族との溝は深まり浅ましき賊徒になろうとする者もいます。

 ならば、この国の未来を守るのは誰でしょう。

 むろん、我ら帝国が誇る戦士たちです!

 この先のいかなる困難が横たわろうと、私は皆と共に勝利を掴むと誓いましょう!

 我が帝国に栄えあれヘーリヒカイト・カイゼルライヒ!!」

我が帝国に栄えあれヘーリヒカイト・カイゼルライヒ!!」


 貴族たちの唱和が会場に響く。

 王侯の誕生日は、決して個人を祝うものではない。

 国のさらなる発展、諸侯の一致団結を促すための儀式だ。


 煽られたグラスの中身は、誓いを臓腑へ流し込む。


「ヒルダやみんなが、無事であるように」


 小さく呟いたマスティマは、一歩遅れてグラスを飲み干した。


 それから、パーティーは本格的に始まった。

 フェルディナントはグラスを片手に貴族たちと話し、その子女はお互いに交流を育む。

 グリゼルダの持ってきた料理に舌鼓を打ち、エメリッヒとは予定を確認する。


「貴族同士の話というのは、どうにも言っていることが理解しづらい」

師範(せんせい)も士官学校にいたころは、同年代の貴族の生徒がいたはずでしょう。交流はなかったの?」

「いたけれど、互いにこの手の話に興味のない奴らばかりだった。だからみんな、一緒に釣りをして、遠乗りして、魔洞(スポット)を潰しに行っていた」


 なんとも豪快な学生生活だったことか。


「そうね。私も皇族派と反皇族派の争いがなかったら、ヴァルヘルムとか、他の貴族たちとも、もっとおもしろおかしい学校生活を送れていたのかもしれないのね」

「君がハジけたふるまいをするところは、想像できないな」

「そうね。そういった役目は、ヴォルフたちの役目だったものね」


 苦笑するマスティマに同意するヒルダ。

 もしも帝国や、派閥というしがらみがなかったら、もっと彼女は――。


「生ぬるいことを申すな!」


 楽しげな雰囲気に水を差す怒声が、会場に響き渡る。

 何事かと視線を向けた先には、叫ぶ中堅貴族と、対応する青年貴族、近くで慌てふためくグリゼルダの姿があった。



少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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