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傭兵と皇女  作者: X-rain
蕾の章
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第十四話「不思議な縁」



 一時的に実家への帰路に就いたグリゼルダと別れ、マスティマはヒルダの部屋でともに昼食を摂ることになった。

 本来ならばきちんとした会食用の席を設けて歓待するのが筋だが、皇女の生誕祭前にそのようなことをすれば多くの誤解を招くだろう。


『ヒルデガルト様、ご自身の部屋に招いている時点で時すでに遅し、です』


 黒髪の従者がともにいれば眉間にしわを寄せながら指摘しただろうが、残念ながら彼は不在だった。

 士官学校では生徒と教師が同じ食堂を利用する。

 そのため同席になることはままあり、昼食時は授業の延長のようなものになることもあった。

 マスティマからしてみれば、それと変わらないつもりだった。


「エウロパ学長と陛下は、何か繋がりがあったのか?」

「……さぁ? お父様と学長は確かに同じくらいの歳だとしても違和感がない――いえ、学長の見た目からして同じ歳というのは考えにくい……」

「一応、俺の母と彼女は士官学校の同期だという話だが、正直俺も信じがたい」


 二人の脳裏に、ほんわかとした笑みを浮かべるエウロパの姿が浮かび上がる。

 年齢は四十、五十の域に達しようというのに、エウロパの外見は二十のそれと変わらない。

 人体とは不思議に包まれたものだと、マスティマはしみじみ思う。


 それ以上に、不思議なのは今の状況だ。

 一介の傭兵が、彼女のような次期皇帝、他にも王国の王子や連合の代表代理、貴族の子女たちをまとめる立場にいる。

 すでに半年以上教師として過ごしてきたが、改めてその不思議な縁を実感する。

 食事を終えた二人の下に、侍従が扉を開けて用件を伝えてくる。


「ヒルデガルト殿下、陛下より教師殿を獅子頭の鷲(エンギルス)の間へお連れするようにとのことです」

「わかりました、すぐに向かうとお父様に」

「それと、殿下のお召し物をお変えするようにと」

「え……? わ、わかったわ」


 侍従の言葉に応えたヒルダは、立ち上がって制服を少し整える。


「先生は侍従について行ってください。私は、どうやら着替えなくてはいけないようですので」

「わかった。エンギルスの間とやらで待っているよ」


 ヒルダと別れると、マスティマは侍従に連れられて廊下を進む。

 エンギルスはこの国の象徴だ。

 その名前が使われた場所が、単なる応接室であるはずはない。

 皇帝、またはその近親者のみが許される、特別な部屋だ。


 荘厳な獅子頭の鷲(エンギルス)が刻まれた扉が開かれる。

 そこにいたのはもちろん、先ほど見たヒルダの父――皇帝の姿だった。


「時間を取らせてしまったようだな、先生。どうぞ、かけなさい」

「失礼します」


 元々畏まるということができない性質のマスティマは、普通の者なら物怖じしても仕方ない状況だ。

 なのに、彼は何の戸惑いもなくソファに腰かける。

 その様子に、クククッ、と皇帝は小さな笑いを漏らす。


「君のその性格は母親譲りかな。エウロパ殿――いや、エウロパからリシテアの息子とは聞いていたが、皇族や大聖堂の重鎮にも遜らないところが、よく似ている」

「陛下は、母とエウロパ学長と、同期だったんですか?」

「同じ班でもあった。お転婆というか手の付けられない悪童みたいな二人でな、古い友人だったさ」

「不思議な(えにし)だ」

「だが、よい縁だ。古き友の倅が、我が娘を育てている。

 その額のブラッドも、彼女のものと同じだ。あやつの力を真っ直ぐ受け継いでいるようだな」


 フェルディナントの言葉に、マスティマは額に手を当てる。

 自分とヒルダたち生徒とは、不思議な繋がりがあったのだ。


「生徒から指摘されて気づいたのですが、俺のブラッドは名無しのものとは違います。

 鎖のようなものが巻き付いた形をしていると……母もそうでしたか?」

「ああ。私も彼女のブラッドの名は知らぬ。聖定二十二紋(アレフトタヴ)に、鎖のブラッドがあるとは、聞いたことがない」

「陛下ですら知らない、未知のブラッド」


 不思議な縁が、教職という立場に彼を導いた。

 このブラッドも、何か彼を導く者なのか。


「母のこと、もっとお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ、私もあの頃のことを話せる相手がいない。良ければ――」


 そこまで言いかけた時、ドアがノックされる。

 どうやら、皇女の準備ができたらしい。

 フェルディナントはそれまでのどこか砕けた雰囲気から、巌のような雰囲気を醸し出す。


 そして扉を開けて入ってきたのは、豪奢な、赤いバラを思わせるようなドレスに身を包んだヒルダだった。

 銀の髪は丁寧に結い上げられ、戦場で旗を振るう姿とは全く違う、皇女としての姿がそこにあった。

 気づけば、マスティマはそちらをじっと見てしまっていた。


「せ、師範(せんせい)、じっと見ていないで、何かおっしゃってくださいませんか」

「え、あ、いやすまない。普段と全く違うせいで、一瞬誰かわからなくなりそうだった」

「ははっ、先生にはお前がドレスを着ているより、旗を片手に泥にまみれているほうが見慣れているらしいな」


 顔を逸らしたヒルダは動きづらそうにしながら席に着くと、手持無沙汰でドレスグローブをいじっている。


「この後のパーティーのために(あつら)えたドレスだ。調節に時間を取られずに済んでよかったな」

「どうしてこの格好で三者面談をさせようと思ったのですか! その、師範(せんせい)には……」

「なんだ、前々から準備していたのだから、いの一番に見せたいだろうと思ったのだが」

「余計なことです!」


 娘のためを思って準備させたのであろう父親は、返された言葉に困惑する。

 何か間違ったか? と問いかけるような視線をマスティマに向けるが、彼だってわからない。

 ただわかることは一つ。


「確かに学校で見てきた君とは違うが、よく似合っているからいいじゃないか」


 腕を組んで大きく頷く皇帝の姿は、娘のことを褒められて喜ぶただの父親だ。

 小声でお礼を口にしたヒルダは、ようやくマスティマにまっすぐ向き直った。


「さて、それでは三者面談を始めさせてもらいます」

「もう観念したわ」


 それは普段以上に、彼の教師らしい姿を見る機会になった。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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