第十三話「皇帝謁見」
アマルテア帝国は、獅子頭の鷲を象徴とし、それは馬車の紋章、ヒルダの旗、そして皇帝の背後の壁にも描かれていた。
玉座――この帝国の最高権力者の居る場所へ、全ての謁見を先延ばしにしてマスティマたちは通された。
本来ならそばに控えているはずの兵や大臣たちまで部屋の外に払われて、マスティマ、ヒルダ、グリゼルダ、そして皇帝の四人だけが、玉座の間にいた。
「君が、ヒルダの手紙にあった新任教師の――マスティマだな」
「お発目お目にかかります。皇帝陛下」
一段高い玉座に座る皇帝に対し、マスティマは最敬礼を取った。
フェルディナント・フォン・パンガエア――ヒルダの父であり、アマルテア帝国現皇帝。
内政拡充を主体とした国家運営を戴冠直後から続けて数十年、帝国領土は減少することはあれど、国民生活は歴代最高水準を成立させたと言われる賢帝だ。
結果的に拡大政策の推進派たる貴族と対立関係を作ってしまった。
のちの歴史にとって、彼の考えが善意としてのものだったか偽善であったか、議論の分かれることになるだろう。
「エウロパ殿からも、そなたの話は聞いている。優秀な教師で、生徒からの信も厚いと」
「エウロパ――学長がそのようなことを」
「ふふ、さすがは学長。師範のことを正しく理解しておいでのようね」
「うひひひひ、これはナイスアシストですねぇ、ね、殿下」
マスティマ以上になぜか誇らしげなヒルダと、いつもの引き笑いとは違う不気味さを感じる笑みを浮かべるグリゼルダ。
普段より調子がいいな、とマスティマは思いつつ、皇帝の言葉に耳を傾ける。
「ヒルダもそうだが、グリゼルダやリンザーの倅は、うまくやっているだろうか。早世した兄たちに代わり、皇帝足らんと無理をしたこともあったが」
「あ、お父さ――陛下!」
何を聞き始めるのかと慌てた様子のヒルダに対し、マスティマは変わらぬ様子で答える。
「陛下、こちらもご息女を交えての三者面談を望んで足を運ばせていただいた次第。よろしければ玉座ではなく、人目を憚ることのない場所でお会いできないものかと思います」
「師範はいつまでそれにこだわっているの!」
これ以上野放しにすれば何を話し始めるかわかったものではない。
直感的に悟ったヒルダは止めに入ろうとするが、カラカラと笑った皇帝はすでに乗り気だった。
「生誕祭は夜からだ。昼までに政務を片づける故、それまで待ってもらおう」
「陛下のお好きな時間にどうぞお呼び出し下さい。教師として保護者の意向にはなるべく添えるよう、努力いたします」
「ふむ、手紙では事務的な話か……まぁ、なんだ、多くを聞くことはできなんだ。直接いろいろな話を聞けることを、楽しみにしている」
皇帝フェルディナントの視線は何度かヒルダとマスティマを行き来する。
マスティマより後ろにいるヒルダの表情を、彼は見ることはできない。
だが隣にいたグリゼルダは、にやけ顔で主の赤くなった顔を見守っていた。
***
謁見の場を離れたマスティマは、ずかずかと歩くヒルダの後ろを、グリゼルダと一緒についていく。
「いいですか先生、余計なことはお話にならなくてよろしいですからね!」
「余計なことというと、君が川に飛び込んでまで釣り大会の一等賞を狙ったこととか?」
「真っ先に浮かぶ話題がそれなんですね!」
「センセー、ヴァルヘルムとの不仲とか、アンネさんに歴史論争で手玉に取られたこととか、そういう方向の話です」
「ああ、そっちか」
「グリ!」
友人の首根っこを突っ込むと、黙らせるために脇に挟む。
「ひゃぅっ! だって言及してあげないとセンセーそういうこと嬉々として話しそうじゃないですか!」
「……それもそうだけど」
フォローがうまいと褒めるべきか、余計だと叱るべきか。
とりあえず頭と首元を撫でておけば、この友人兼侍女は気分を良くするのでヒルダはそうしておく。
「殿下ぁ、となると謁見まで数時間ございますが、どうします? 城下でも行きます?」
「さすがにその時間はないでしょう。パーティー用のドレスの調整だってしなくちゃいけないし。だから……わ、私の部屋で、しばらく待っていただいても、よろしくてよ?」
「殿下、口調おかしいです」
指摘する友人のにやけ顔を引っ張って崩す。
一方でマスティマとしては、その申し出を断る理由はない。
「俺としては、この傭兵の時の恰好が、ほぼ正装なんだけどな」
「大丈夫です。先生の普段の恰好を配慮した、それでいてパーティーに来ても問題ないようなものを仕立ててもらっていますので」
そう言って胸を張るヒルダに案内され、皇宮内を移動する。
廊下を抜け、中庭を通り、応接室へ進んでいく。
その途中見える城下の様子は、冬真っただ中だというのに活気に満ちていた。
ふんわりと積もった雪、それを踏みしめていく延々と続くマーケットの人々。
街の外周を沿う河川には荷運びの船が絶えず、城壁に開いた門には審査待ちの旅行客、行商人が列を作っている。
「内政や商業に力を入れているということだが、確かににぎやかなものだ。川が凍っていないおかげで、流通にも支障がない」
「この土地は、帝国の中でも特に温暖なんです。火山が近くにあるおかげで、温泉も多いんですよ」
霊山として信仰する火山が近く、閉ざされることない街。
そして帝国の様々なものの中心となる場所に、今マスティマたちは立っていた。
「いい場所だな。ここは」
「ええ。自慢の故郷ですよ」
はにかんだヒルダの笑顔は、本心からこの国を愛する者のそれだった。
話し込んでいるうちに付いた衣装室。
それからしばらくマスティマは、帝室御用達商人たちの着せ替え人形にされるのだった。
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