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傭兵と皇女  作者: X-rain
蕾の章
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第十二話「帝都ディクテオンにて」



 月末、帝国の家紋が入った豪奢な二頭立て天馬車(ペガヒクル)が飛び立った。

 優雅に翼を広げ、天空を翔けるペガサスに引っ張られる車内は、思いのほか快適で振動はさほど大きくない。

 大人五人が優雅に座ってくつろげるほどの広さがある車内で、エメリッヒがお茶を出す。


「どうぞ、先生。お熱いのでお気をつけて」

「すごいな、馬車の中で淹れたての紅茶を飲めるのか」

「むふふふ、紅茶だけじゃないですよセンセー。なんと、クッキーもご用意してますよ!」


 バスケットを取り出したグリゼルダは、すでにジャム付きクッキーを頬張っていた。

 立場的には侍女だと言う彼女を、ヒルダは叱るでもなく頬に付いたジャムを指でとる。


「帝都まではおよそ三時間、普通のペガサスで飛んでも半日かかったところを、半分にまで縮められるなんて思ってもなかったわ」

「今回のペガサスは、先生がご用意されたとか」


 指のジャムを舐めるヒルダにエメリッヒはハンカチを差し出す。

 二人の視線を向けられたマスティマは、紅茶を飲みながら窓の外を見る。


「生徒の中にも上級兵種へ昇格できる者が出てきたからな。選択肢の一つとして天馬騎兵(ペガサスライダー)を選べるように用意しておいたんだ」

「騎乗動物を先生自ら? それは士官学校の調教師に任せておけばいいのでは?」

「幻獣は魔物と違って友好的な個体が多いが、むしろ荒っぽい性格のほうが鍛えられていて強いのが多いんだ。けど、調教師たちにそんな奴を捕まえてくれなんて言えないからな」


 幻獣と魔物の一番の違いは、その由来が魔洞(スポット)にあるかどうかだ。

 地の底より現れる魔物と、すでにこの世界の生物たちと共存する幻獣たち。

 時に森や山の主となる幻獣たちは、むしろ人間より世界に馴染んでいるかもしれない。


「ただおかげでとびっきり脚の速い二頭を見つけられたんだ。グリゼルダは弓が得意だから、ペガサスライダーの試験を受けるつもりはないか?」

「む、無理ですぅぅぅ! あたしなんか足蹴にされて振り落とされちゃいますよ!」


 全力で否定するグリゼルダに、隣で主人は呆れ顔を浮かべる。

 グリゼルダ以外にもペガサスライダーの候補はいる。

 この二頭が無駄になることはないだろう。


「さて、それで私の誕生日会の話だけど、集まってくるのは皇帝派の面々よ。ヴァルヘルムみたいな、反皇帝派貴族は呼んでない」

「当然の話ですな。ヒルデガルト様の生誕祭に、ブタの入り込む隙はありません」

「あれ、でも確かメイン料理にブタのすね肉(シュバイネハクセ)が出るはずじゃ――ひぃぃっ! なんでもごぜーませんっ!」


 エメリッヒに睨まれたグリゼルダは青い顔をして黙る。

 シュバイネハクセ、何の料理何だろうと楽しみにするマスティマとは裏腹に、ヒルダは不安そうな顔をする。


「この一か月、反皇帝派の動きは目に見えて活発化している。士官学校でも、帝国出身者が反帝国派貴族から協力を迫られたと、助けを求める訴えが来たわ」

「それは、学校側に相談したのか?」

「できませんよ。そんなことをすれば帝国が分裂しかけていると公表するようなものですし、帝国内部の問題なんですから」

「それでも、今回は俺をパーティーに誘ってくれたんだな」


 教師と生徒とは言え、家庭の事情には赤の他人だ。

 むろん、これが生徒の命に直接かかわることなら、士官学校側も介入を試みただろう。

 だが、今はまだ――ヒルダの命は脅かされていない。


「それは、その、先生は……特別なので」


 視線を逸らしながら、ヒルダはとぎれとぎれに応える。

 隣に座るグリゼルダのにやけ顔が目についたので頬を引っ張りながら、顔を隠すようにお茶を飲む。


「パーティーには、エメリッヒたちも来るんだよな」

「ぅっ! えと、あたしは殿下の侍女として参加します。エメリッヒさんは」

「父と――尚書閣下とともにお伺いいたします」


 ヒリヒリする頬を抑えながらグリゼルダが答えた。

 このパーティーに出るということは、自らの立場を証明する行為でもある。

 国務尚書は親子そろって皇帝派である。

 そのアピールに安心する貴族も、少なからずいるだろう。


「それじゃあ師範(せんせい)には我が派閥の貴族たちを覚えていってもらいますね」


 ヒルダの取り出した資料には、今宵参列する予定の貴族や商人たちの情報が載っている。

 小さなため息をついたマスティマは、一つ一つに視線を落としていく。


   ***


【帝都ディクテオン】


 アマルテア帝国首都にして、イムヌス大陸の中でも有数の大都市だ。

 士官学校のある大聖堂を有する聖都も相応に大きな都市だが、こちらはけた違いだ。

 人口、住居、店舗、人員の移動――西海岸へ向かう中継地でもある帝都の姿は、ほとんどの時間を戦場で過ごしてきたマスティマには縁のない場所だった。


 馬車はゆっくりと旋回しつつ高度を落とし、王族専用の停留場へ降りていく。

 皇族専用の紋章が入っていれば、皇宮警備のペガサスライダーも槍を下ろして道を譲る。

 地上の兵も兜を脱ぎ、改めて同席する少女が次期皇帝なのだと思い知らされた。


 時刻としては夜中だが、皇女の帰還を知らせるラッパが鳴り響いた。

 ペガサスを御者に任せ、ヒルダたちは城のほうへ歩き出す。


「それではヒルデガルト様、グリゼルダ、先生。わたくしはここにて失礼いたします」

「ええ。また会場で。私たちは先生を連れてお父様――陛下の下に向かうから」

「殿下のことはお任せください!」


 一礼するエメリッヒは、そのまま踵を返して城の奥へと消えていく。

 そしてヒルダとマスティマは、お互いに視線を合わせると、ゆっくり頷きあう。


「さて、教師生活初の保護者面談だ」

「そこ、まだこだわっていたのね」


 苦笑するヒルダに連れられて、マスティマはアマルテア帝国皇帝との謁見に臨んだ。



少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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