7.疑問、困惑、情報過多
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「(……あぁ。夢、じゃないんだ。やっぱり)」
眠気の取り巻く身体が重い。それでも身体が掴んだ環境の鮮明さで、それが夢じゃないと分かる。
煤けた煙草の染みたかのような空気の臭い。薄暗く白んだ蛍光灯。控え目にいって綺麗とは言い難い部屋の中、錆び始めている鉄パイプのベッドの上で目を覚ました。
「あれ、腕……」
一人で身体を起こした所で気付く。…腕の痛みが無い。それどころか『目を覚ました』と脳が認識した瞬間、疲弊や憔悴を強引に掻き消したかの様に困惑がスムーズに訪れる。
立ち上がる。全身の痛みは無い。着ている服は元々着ていた服では無い、サイズの少し大きいセットアップのスウェット。一つ認識すれば二つ、三つと事を整理する事が出来てくる。
「まさかとは思うけど…違うよね…?あの子が着替えはやったのよね……?」
一抹の焦り。今いる部屋の主は恐らく、頭の中に思い浮かべている人物ではない。『背に腹は代えられない』とはいうが、意気軒昂となった今それとこれとは話が別だ。
故に、眼前のドアノブに手を掛ける事に躊躇は無い。
『うおッッ!?!?』
意識の外。勢いのついた『ガチャリ』という音がジャンクと荒の二人の心臓を一瞬、止め掛けた。その瞬間に周囲の金属片がふわりと、僅かな間宙に浮く。
…散乱したと同時に呟く荒と、理都の目が合う。
「どうした…、鬼みてーな形相して…」
「いちいち余計な事言わないで頂戴。…それよりも私の着替えを担当したの、誰ですか」
「ユーシャだけど…。
…いちいち気にする辺り本当に俺等とは違うみてーだな」
『あぁ、良かった』と安堵に胸が膨らむ。膨らんだ胸を撫で下ろす。一先ず理都の『女』としての面子と尊厳は守る事は出来たと、そう分かれば次第に周りの状況に彼女の興味は移る。
脅かしてしまった為か、ジャンクは足元に転がる鞄にも見える箱の周囲右往左往に見渡し、荒は理都の顔を見る事なく自らの長物…具体的にはその長物を収めている『鞘』に集中していた。
「…腕、ありがとうございます。一日で治るなんて…私の世界じゃ絶対に有り得ないよ」
「今回だけだ。…理想郷で常用されてるインチキ薬をぶん取って、お前に投与した。もう次はない。
俺に対して『助かりたい』なんて抜かしたんだ。そもそもあったとしても、これ以上は使わせねーよ」
「う……(なんか当たり強くない…?)」
機嫌を損ねてしまったか、それとも作業に集中すると周りが見えなくなる質なのか。融通の利かない言葉に口を噤む理都。
特にやる事も、出来る事も無い。彼等の邪魔をしてはならないと、気まずさ混じりにその場に膝を抱えて座り込む。
「っと…あったあった。…昨日はすまなかった。君にも止事無き事情はあるだろうが、彼処じゃ警戒せざるを得なかったんだ。
いくら錠剤炉心をくれた所で、まだ本調子では無いだろう。ゆっくりと身体を休めると良いさ」
ジャンクは理都の身を案じてくれている。…が、だた『ジッ』としているのも彼女の体調は許してくれそうにない。試しに辺りを見渡す。
「(…時計が、無い)」
見慣れないガラクタに包まれ荒れ模様であっても、自分の知っているソファやテーブルなんて物は存在している。それよりも当たり前の概念で、常に生活の傍らにあった円盤が部屋からポッカリと欠けている。
時は進んでいる。にも関わらず自分だけが取り残されている気がしていた。
「…あの、今何時だか分かりますか?」
「なん………あぁ。時間か。今はまた『夜』かもしれないな」
内容を理解する。落胆とも絶望とも違う、しかしそれに似た喪失感が心臓の奥を湿らせる。
理都が思っている程、時間はこの世界を強制していない。時間の認識の違いは、実感が不安となって理都の顔を曇らせる。
昨日の光景、一夜にして治ってしまう薬、時間の差異。『元居た場所と異なる』と彼女が確信するには十分過ぎるピースだった。
「…別ん所からやって来たのなら、理想郷には間違いなく近付けない。此処でも行動するなら俺達と一緒の方が安全だな。
ナチュレでも、クリエでも無い『異物』として見られかねない」
「ナチュ……え?ちょ、ちょっと待って」
錠剤炉心、ナチュレ/クリエと、聞き馴染みのない単語の羅列。
なまじ万全な体調はこの世界に順応しようとしているのか、それが彼女の人としての性なのか。不安すら積み重なる間もなく、彼女は荒の言葉を遮る形で待ったを掛ける。
「せ、セメテ、一個一個、順番ニ」
「なんで片言になってんだお前」