◇35.暗赤色の先行き(2)
吹くのは街に似合う寂れた風。崩れた礫が雑に撫でられると、風に載せられて天井だった筈の瓦礫に当たって朽ちた。
また、風が吹いた。垂れた電線を虚しく揺らし、くすんだ外気に仄暗く明滅させる。
「━━此処もダメだな。光の熱にやられて発火したか、もう『使える』体を為してねェ。修繕の領域で済めば幸運だったが…。最後の頼みの綱の発電設備が全焼と来た」
「…どうにもならねぇのか?」
「ならねェ。…とまでは言い切れんがな。何度も言ってる通り、時間も物資も無いんだ。現実的とは言えない」
『御使い』の襲来は、此処に住む僅かばかりの住民の活気を奪った。失われた命も少なくはない。願いの外にあるサイハテでは、彼等が理想郷を襲来した時のように、住民の命が流転する事は無い。━━元より、所詮はガラクタだからと潰された命達なのだ。
いずれ、そう遠くない先。サイハテから光は消える。現在街を賄うのは幾らかの非常的な予備電源のみ。僅かな灯火はそう長く続かない。既に溶け切った蝋燭は、消えるのを待つばかり。
いつも以上に錆びの臭いが強く、ただ静謐が広がるのみのサイハテは、文字通りに『ゴミ溜め』と相成ってしまった。
もう、彼等はこの街を救えなくなってしまった。
「これじゃテメェの緋熾、直すのだって無理だ。…まぁなんだ、十中八九『ダメだ』って疑いが確定事項に変わっただけだ。
部品になりそうなモノすら望み薄。代替で他のモノを…ってのは夢物語。出来たとしても元の仕様には絶対にならねェし、武器として使えるまでになるかが問題だ」
「…………」
先の騒動によって御使いを退ける事は出来た。己の意識が遠ざかっていた内に、猛火はセラヴを切った。しかしその猛火は過剰供給の重ね掛けによるモノで、長らく最低限の修繕で留めていた緋熾への『トドメ』となった。
原型こそ留めているモノの、上限を凌駕する炎による傷が痛ましく刻まれた緋熾。荒の腰に携えられているソレは、凡そ武器とは呼べる代物では無くなってしまっていた。
━━彼等は今、修繕に必要な部品を探しに、街を練り歩いていた。しかし、ジャンクの陳列した事実は荒の顔を露骨に険しくさせる。
「ソイツを直したい。疑似再現機構の調整も改造も、その裁量はテメェに委ねられている。権利と選択の行使だって自由だ。…だが、どう見積もっても直している間にこの街の寿命が先に来る。いつ暗闇になるかもしれない場所で、ブツも見当たらない。それじゃテメェの選択はガキの駄々にもならない──」
「決めつけるのか?無理だって」
「あァ。時間も資源も、悉くが無い。無駄な選択肢は切って然るべきだ。どんだけ拘っていようが、現実から遠退いてるンなら諦めた方が賢明だろ?」
「……でも戦力は限られている。ゴミ溜めみたいな世界だろうが、広くて深いサイハテだ。まだ探してない区画だって──」
「何度も言わせんなよ…経緯はどうであれ緋熾をダメにしたのはテメェ自身だろうが」
遮るジャンクの声。街に木霊する程に張った声は荒とユーシャの二人の息を殺す。
瓦礫の山の上。いつも通りのいがみ合い。……かと思えば、二人の視線の間にはヤスリを掛け、傷を擦り合わせる空気が漂っている。
「ダメになったモンは直せりゃ直すが、無理なら諦める。俺等はなんだかんだで、そうやって割り切って来ただろうが。
そうだよ、その通りだ。部品が見つからなかったんだ。じゃあ一つ失うしかねぇんだよ。俺達は、戦力を」
「…だからさ、それがマズいって言ってんだよ、俺は」
「…………」
「緋熾が根本から折れたとか、部品の損壊が今以上に激しくて、原型すら留めていない状態だとか。…それこそ跡形もなく消し飛んでる、とかさ。見るからに『ダメだ』って分かるのなら、俺だってこんな風に引き下がらねーよ。
まだ直せるんだよ。直せるモノを、試す事すらせずに捨て置く事がジャンクの言う『賢明』なのか?深くまで歩いて行けば生きている鋼材だって、利用価値のある部品だってある筈だろ」
「………はぁ」
「ジャンクのそれは『賢明』じゃなくて、単なる放棄だろ。…この先アイツ等と戦うんなら、戦力は捨てられない。放棄してるから分からない!直す労力が億劫なだけなんだよ……ッ!!
アンタはッ!!現実から逃げ続けてるだけなんだよッ!!」
荒は吠える。得物を失えば、戦力という主柱が一つ、確実に消え去る事になる。そうなれば理都を救いに行く事も、朦朧とした混濁の底に見た、焚き火を囲んだ何かの正体も、死に体となった緋熾から聞こえてきた声の正体も、その解を得る事も出来なくなってしまう。
一言で表すなら、彼があらゆるをかなぐり捨て、引き下がらない理由は『焦り』だった。直す選択肢を押し通そうと、荒は年相応に譲らないつもりだった。
…が、光に灼かれた状況下。余裕が無いジャンクにとって、その咆哮は耳に障った。
直後、荒の喉を強い閉塞感が襲った。
「ガキ、耳があんなら聞き分けは良くしとけェ。……時間が無ェって、俺はさっき伝えたよなァ。あ?」
「が……ぐっ…!?」
「こんな事しておいてなんだが、テメェが助かって本当に良かったとは思ってる。くだらねェ戯言を宣う生意気なヤローだが、誰よりも勇敢、無謀、図太い特攻槍。…頼もしい仲間だってよ。それを、こんな短時間で、『鬱陶しい』とか『起きない方がマシ』だなんて思わせンじゃねェよ」
藻掻く。腕を、手を、指を首から剥がそうとすると、首に掛かる圧は弱まる事が無い。震える声から、喉を潰す五指から、ジャンクの抱く怒りと焦燥が荒へと電波する。
「部品探しはテメェの提案だ。直らねェモンをずっと引き摺っていたいのなら勝手にしろ。だがそんな腑抜けたテメェに力は貸さねェからな。勝手に気儘に、直るか分かんねェ鉄屑に一人構って、此処で無駄に時間を浪費してろよ」
「………げほっ……離せバ…カっ゛…!!」
「その間に死んじまったとしても俺達に責任はねェ。無駄死にも此処じゃ茶飯事だ。
──なぁ、分かンだろ?こんな状況になっちまったら、テメェ一人の駄々に付き合ってられる余裕なんかねェんだよ!!一切!!微塵もな!!」
「ジャンク、ダメ」
しかし、それ以上はユーシャの嘆願が許さない。右腕と一体になった瀑街の冷たい鉄指がジャンクの腕を掴む。
「心情はわかる。ジャンクの腕、いま凄く汗が滲んでる。外気にそこまでの暑さを感じないから、この汗はおそらくキミの心情からくるものだ。……キミは、街が死んだ事への不安と焦燥を、荒の我儘のせいにしようとしてる」
「何が間違ってるかよ。…情けないからやめろって、そう言いてェのか」
「出来るなら、やめてほしい。……荒はの口振りからは、どうにも『戦力が減る』以外の意図を感じる。理由があるからこだわるし、頑固にもなるし、意地を張る」
ユーシャの視線は、ジャンクの尻目に強く、真っ直ぐに刺さる。テコでも動きそうにない懇願を振り払おうとジャンクも言葉尻を強くするが、ユーシャは退かない。合理性を盾に己の癇癪を正当化し、『仲間を殺す』事を、ユーシャは絶意に許さない。
故に、掴んでいた喉からジャンクは手を離す。
「……頑固なガキ共が。年長者ってのも楽じゃねェ」
相応の力で締めていた為か、荒の喉には食い込んだ爪の跡が赤々と残っている。痛みの伴う傷跡を手で抑える荒は、力が入らない為か膝を崩してその場に蹲る。
血が昇っていた為か、赤みは首だけではなく顔にも広がっていた。……荒の喘鳴と咳とが交互に繰り返されるも、次第に彼の呼吸と顔色は穏やかさを取り戻していく。
「ゲホッ……ふざけんなお前…また死ぬかと━━」
冷静さを取り戻した荒の視界、真っ先に現れたのは、憤ったジャンクの双眸だった。
「何か隠してる事があんなら、話せ。荒ァ」




