◇34.暗赤色の先行き(1)
「……ジャンク。気になる事が━━」
「緋熾だろ?」
弱々しい荒の言葉を遮るジャンク。どうやら彼の視線は口以上に物を言っていたらしく、見通したような目線に口籠る荒を見て、彼はその反応を楽しんでいた。
「聞かれなくても分かるよ。飲み終わってからずっとそっちに視線が向いてやがんだ。……ユーシャ、持ってきてやってくれ」
「うん。…待ってて」
ユーシャは頷く。散らかった部屋にある僅かな足の踏み場を器用に渡り、時間を掛けること無く端に置かれた緋熾へと辿り着く。
不気味なまでに優しい声色。どうにも荒は素直に受け取る事が出来なかった。
「……気遣い、どーも」
「へっ、素直じゃねェのは相変わらずってか。…俺達にとっては貴重なリソースだし、気遣いでもなんでもない。どんな状態になってるかを確認するのは、当然の帰結だろ?」
━━持ち上げた時に聞こえた音で、ジャンクの言葉の意味を、今の緋熾の状態を把握するに至った。部品同士の擦れる様な、感覚の空いた場所を破片が行き来する音。鞘伝い床に落ちる欠片の音。
……破損は確実だった。張った糸の芯が揺れる様な、ざわつく感覚が荒を襲う。…が、それでもまだ彼にとっては想定内の話。……問題は破損の進行具合だ。その結果が薄暗い明かりの下に晒されると━━
「━━━っ」
彼には、息を噛む選択しか残されなかった。
「緋熾はこの近・中距離における近接戦闘用伝導刀身と、体温調節・衝撃緩和をオートで行うアンダーアーマー。特性として内蔵された『爆発』で加速を行うためのグローブとブーツ。これらがワンセットになった兵装なのはしってるよね?」
「そりゃあ…ついこの前までは普通に使ってたからな」
「だよね。愚問だった。……イマのところ、見つけられたのはこの刀身と、辛うじて半分のこったアンダーアーマーだけ。グローブとブーツは、おそらく焼失したかもしれなくて、みつけられなかった…。
刀だって、原型こそ留めているけどね。内部機構や刀身、配線や柄に至るまでが全て焼き付いてて、捻れてヒビとシワが痛ましく刻まれてて……」
謝りを入れながら、ユーシャは一つ、一つと現状を突き付ける。その形は酷く鋭利で、容易く気を傷付けてしまいかねない。『愚問だった』というその言葉も、『事実を伝えるまでの時間稼ぎ』とすら思えた。
疑問すら程遠くなる位の、分かりきった現実。認めようと理性を働かせれば、本能はその理性を拒絶する。
━━明確に、明白に。突きつけられた現実は動かない。
自らの力である緋熾は、たった今。再起不能となってしまった事を理解せざるを得ない。
「…トオマワシに言うのはやめよう。荒。見てわかると思うけど、コレはもう使えない。武器や兵器として取り回して良い状態じゃないんだ。……すごく、ザンネンだけど……」
長い溜め息。木霊して、溢れる涙を抑えようとするも。
━━無理だった。
━━瓦解した。涙袋が抑えられない落涙で、荒自身も自らの容体に気付く。『処置』された身体の状態は確かに酷い惨状だが、それでも自分は五体満足に生きているのだ。
「━━━━なる…ほどなぁ」
力としての責務を果たし、緋熾は自らを守ったのだ。
確定した現実をどうにか反芻して呑み込もうとする荒。同時に一つを呑み込む度に、一縷に足るか足らないかも分からない可能性を模索する。
新たに武器となる兵装、代わりになるモノを探すか。どうしかして修繕が出来ないモノか。…そんな思案を掲げる度に、己の裏面で『不可能』の烙印が次々に突き付けられていく。この街で生きてきた以上、早々に決断を付ける楽観性は廃れてしまっていた。
「な? 言ったろ。こんなモン見ちまったらもう、さっきみたいな口は叩けねぇ。俺はお前に、いち早い決断をしてもらいてェからコイツを見せた」
「……無理に決まってんだろ。まだ視野がボヤけて…狭いまんまなんだよ」
「時間が無いってのは無しだ。それは俺達にとっても…此処全体にとっても同じ事だ。あの光で街がどうなっちまったかを確かめる必要がある。その最中、もしまたあの御使いが暇を潰しに来たとしたら?お前はどうやってその命を繋ぐ?」
またも、優しげな声色。しかし裏腹に、引きつった表情。
『早く決めろ』『現実を見ろ』『お前はもう戦えない』。決断を急がせるジャンクの顔には灰色の情が張り付く。
「……決めるんだよ。ガラクタになっちまった緋熾を手放して新しいブツを探すか。完全に裏方に回るかを選ぶ事だ。後者なら最初から守る頭数に入れてやれるから、それを前提に動く事が出来る」
「…………」
焦燥とも異なる、かといって不安にも似つかわしくない、トゲの立った言葉の押しつけ。重苦しく、夢中を走ってるかのような鈍重な感覚が身体にまとわり付いてくる。
今の自分ではどうあっても、御使いの元にいる理都を助ける事は叶わない。…かといって、都合よく同系統の部品や、同じタイプの白兵戦用兵器が手に入る保証もない。あの時に生じた一過性の業火は、己自身の身体すらも焼き尽くし、手段までも灰へと変えてしまった。
━━致し方ない。なるようになってしまった現実を無かった事にする訳にはいかない。武器を失った自分に出来る事をするべきだと、荒はスイッチを徐々に切り替え始めようとする。最後、せめて。今まで握っていた自分がこの愛機を弔うべきだと。『これが最後』と、荒は草臥れた刀身を握ろうと手を伸ばし、指先が冷たい鋼に触れた。
『(━━まだ、死んでないよ。コイツは)』
「………は?」




