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◆33.アクセス(3)



 「人間は脳に支配された肉の塊だ。生体的な電気信号が無ければ指を動かすどころか、命を認識出来ないし、認識されない」


 「……どっちが『捻くれ者』ですか。見方穿ち過ぎでしょう」


 「でも今『ハッ』としたでしょ?」


 「サラッと嘘付かないでくれませんか?」



 私には心が読まれている事が分からないのを良い事にデタラメを吹き込んでくる。…折角勝ち取った信頼を何故自分から投げ捨てていくのだろうか。


 『煮えくり返る』とまではいかない物の、苛立ち腹から沸き立つような引き笑いに、私は再び握り拳を作る。


 

 「まぁ、こんなくだらなくて何気ないやり取りや動作、本能すらも。全て脳の信号が伝達する事によって初めて成り立つ賜物だ。少しの差はあるかもしれないが、これは万物において殆ど変わらない土台と言えるだろう」


 「まぁ…それはそうだけど…。でも支配されてるっていうのはなんか……」


 「その拒絶を司っているのも脳だよ。でも決して悪い事じゃないさ。自由なままに生きる人の特権だよ。……『理想郷』においてはとうに形骸化してしまったからね」






 「(……あぁ)」



 気付きが芽生え、腑に落ちる。


 まっさらなまま、何を知るも呑み込むもなく放逐された私を、只々消費しようと迫ってきた此処の住人。人が有り得ない形となって殺される瞬間。繕っただけの言葉と声。……彼の守護する『理想郷』では、それが『ヒト』として世界に上書きされてしまったのだ。


 感情も、意思も。━━必要がなく、形骸化して、排斥されたから、疑似再現機構ロストマキアもまた不必要とされて、サイハテへと送られたのだと。

 




 「誰にでも存在するからこそ、誰でも扱える。その汎用性が疑似再現機構ロストマキアを主力兵器へとのし上げたんだ。…そして見た所」




 彼の視線が玄絲アラクネへと落ちる。



 「君は既に玄絲それの起動を終えている。今君の装着しているソレは、用途に沿った操作コントロールを待っている。用途さえ分かれば━━━」


 「後は手を動かす時のような意識を、これに向ければ良い。……感情や意識は、文字通り『鍵』って事ですね」



 手を握る。足を動かす。言葉を話し、話す為に文字を学ぶ。何より、生きるべくして生きる為に、苦しくならない為に酸素を供給し続ける呼吸を無意識下で実行している。


 私が『抽象的』と揶揄した意思や感情は、分解すれば単なる受動・能動の信号でしかない。絶え間なく、果てを想起させない位に遠くまで、その信号は『理都わたし』という個が活動を終えるまで続く。此処は私にとっての空想や妄想が『理論』として構想されている、そんな世界なのだろう。 




 ……だから、私は少し考えた。




 「━━別に壊すなら全てをとことん…とか。欠陥とか綻びとかの一切を無くして……みたいな完璧主義じゃないですけど」


 「うん?」


 「ただ、何事においても、私はミスをしたくない。……人の足を引っ張りたくないし、足手まといになるなんて真っ平。待機状態アイドリングは一番燃費が悪いって、私の世界では言われてましたし」




 


  考えた末に辿り着いたのは、玄絲アラクネを再起動させたあの時の記憶だった。


 指先に摘んだ切っ掛けで脳を動かし、段階を連結させていく。一言一言が取り巻く環境と相反して、矛盾している気がしているが、今の私にはそれを判断する理性やフィルターの機能すらもない。それ程に、指先と頭蓋の奥へと意識を集中する。 


 実行を許可したのは私の脳。私自身。……どちらか支配しているかは、正直な所大きな問題じゃない。

 



 「━━そろそろ、アクセルを踏み抜こうじゃないですか」

 



 次第にそれぞれがくぐもった黒紫の鈍光を帯び始め、『形』が構築されていくのが分かる。不思議な確信があったから、鉛筆で描かれたような不安定な意識を一気に弾けさせるように、両の手で大きくくうを裂いた。


 私の世界にあった神話に出てくる、糸を紡ぐ蜘蛛の話。五指と五指との間には、玄絲アラクネの名前に違わない黒い糸が張り結ばれていた。



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