27.白々しくも手を引かれ(2)
決して遠くない時を遡る。
荒の意識は過剰供給により『ぶつり』と途切れた。主電源を抜かれたテレビの如く、暗黙とした中に荒は容易く浸かり、抜け出せない混濁の中に沈んでいった。
━━しかし。
「は…………?」
その『身体』が地に伏す事はなかった。意識が途切れても尚見開いた瞳。その中心には仲間を殺した蛮族の姿が映り、網膜に焼き付いた。荒の身体に張り巡らした線の羅列が強く、赤く、滾るように輝きを増したと思えば、彼は倒れ込む身体を留めた一歩を強く蹴り出す。
空気が盛り上がり、音を両断し、炎を紡ぐ太刀筋が光を拒絶する。一挙手一投足が空間にヒビを入れるかの如く、反応を上回る速度で懐に潜り込む荒。
上限はとうに取り払った。造人の身体の耐久度すらも錠剤炉心は底上げした。限界、天井、頭打ちになるモノも全て、全て、全て緋熾に焚べた。
━━そんな彼の振り上げた炎は、最早『爆発』の領域を超えた、『噴火』の如し一刀だった。
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「『逃げる』なんて選択肢は浮かぶ暇もなかった。抵抗しようと思った時には血が蒸発する音も聞こえたし、気が付いたらサイハテの底に沈んでいた。
カミサマがお怒りになるのも妥当だって、同僚には言われたよ。……というか」
「……………?」
思わず、ガッツポーズをしていた様で、男のしらけた視線が手痛く私を見つめている。……でも仕方ない。コイツは負けた。
あれ程偉そうにしていたのに。
あれ程馬鹿にして笑っていたのに敗した。『ざまぁみやがれ』と思って何か悪いことがあるだろうか?
「君、そういう所は人前で隠した方がいいよ」
「人前では隠しますよ。だって貴方人でなしじゃないですか」
「言うねぇ?」
「だって貴方何も出来ないんでしょう?…それに私、貴方に『キズモノ』にされてるので。嫌味の三つくらいは許してくださいよ」
「肝が座ってるなぁ」
……ふと話し込んでしまった。男はサイハテで見た時よりも軽い、フランクな性格で決して波風を立てない言葉を選んでいる。『人でなし』と口にしたが、今の彼からは一方的な『人間味』を感じている。
閑話休題。その意を込めて咳払いをして、居住まいを正す。
「━━貴方は私にこう言いましたね。『元の世界に戻りたくはないか?』って」
「えぇ。……カミサマなら可能かもしれない。あくまでもそんな仮定や推察……希望的観測の範疇を出ない事ではありますが」
……あの時と同じ緊張が部屋を走り始める。
男の目付きが変わった。さっきまでの色や雰囲気とは異なる、『御使い』としての威圧感が再び付与される。
……負けるな理都。私は『あの時』、男を前にして確かに言えたのだから、怖気づく事なんてない。
深呼吸を挟んで、再び口にする。
「もし『戻れない』……もしくは『戻らせない』つもりがあるならば、私をどうするつもりですか?」
沈黙。男は考える。
━━否。それは考える『素振り』の様にも感じられた。此方を逐一見ては微笑み、頭を指で叩き、髪を弄り……そしてまた回答を待つ私の顔を見ては、笑う。
天上に在る者の特権とでも言いたいのか、すぐにでも欲しい回答に敢えて時間を掛けている様にしか見えなかった。
「━━どのような答えがお望みで?」
その果てに、悪戯で意地の悪い顔を浮かべる男。質問に答える気概が無いのか、あくまでもしっかりと考えて、その上で処理された取捨選択の結果なのか。トップシークレットなのか。━━もしくは、本当に悪趣味に、私の反応を楽しんでいるのかもしれない。
オウム返し。……返ってくる気はしていた。
だからこその緊張は、沈黙の中をひび割れのように走る。
「はは、戸惑ってるね。思いの丈を話すのは苦手かい?それとも本心を曝け出せば、同時に内臓もひっくり返されるとか……そんな事を考えてる?」
「…そりゃ、少しは」
「うん、実に正直だ。正直なのは良い、話を進めるのが円滑に、スムーズになる。面倒事もいらなくなるし」
一言一句が癪に障る。この様子だとどう答えようが巫山戯た回答しか帰ってきそうにないと、既に私は諦めを抱いた。
━━結論から言うと、それはひっくり返される事になる。
「……そんな君の期待・不安に『応える』といったら、君はどうする?」




