26.白々しくも手を引かれ(1)
「………………あれ」
うなされる寸前の、あまり良くない夢だった。自分の事を省みた所で目の当たりにするのは、刻んできた醜態の備忘録だというのに。
…しかし、今はそれどころではない。『何故か生きている』事への懐疑が色濃く思考を呑み込んでいる。
意識が途切れる前の光景を私は鮮明に覚えている。灼かれる寸前の、橙が瞬いて白へと変貌した瞬間。肌と骨が同時に蒸発する感覚。意識だけが取り残された刹那を、思い出そうと思えば思い出せる程に。
けれど私は何食わぬ顔で天井を見上げ、決して心地よくない夢見を経ていた。思考も巡っているし、意識を集中させれば心臓の鼓動だって感じ取れた。
「……此処は…」
「『理想郷』さ。……お目覚めかい?随分と顔色が悪いが…体調でも優れないかな?」
……巡っていた思考は艶やかな声で凍り付いた。『止まった』でも『詰まった』でもない。生き物である事を放逐した低温の声は、そう形容せざるを得ない緊張を私に突き付けてきた。
綺麗で儚い見た目をしていようとも、私はコイツの仕出かした所業を覚えている。コイツだ。コイツが生き物の皮を被り、人を謳い、尊厳を弄ぶ悪趣味な舞台装置。私を灼いた男だ。その男は右の人差し指で仕切りに髪を巻きながら、扉を開けて私の前に姿を顕した。
「ははは。そんな警戒しなくても良い。今、僕は手出しが出来ないんだ」
「信用出来ません」
あまりの胡散臭さに即答してしまった。虚をつかれたのか、目を見開いた男は一瞬だけ痙攣すると何食わぬ顔で再び微笑みを浮かべる。
「本当さ。君の手元には『ソイツ』が残っているのが何よりの証明、完全に優位に立っているのは君だ」
……そういえば、と掛けられた毛布を取り払って全身を確認する。服、髪型、靴。そして、両手に装着され、起動したままの玄絲。全てが灼かれる前の状態に戻っている。
すなわち私は武器を手に握っている状態。男は丸腰の様相と言って差し支えない。状況だけ見れば私は確かに、優位に立っている。けれど━━。
「……頭が回る悪人って、言葉や状況を巧みに扱うんですよ。そんな都合の良い言葉で、また私達を騙そうとしてるんじゃないですか?」
「いやいや、君は随分と酷いなぁ。……少なくとも僕は約束を果たした。『代償』というか…その上で罰も受けている。
いくら『願い』で蘇らせたとはいえ『正義』から逸脱した行為を僕は働いたからね。……穿った見方はするもんじゃない」
「それは自業自得です。自分を恨んでください。……私が此処に寝ているのは、その『願い』によるモノですか?」
呑み込めてない状況を無理矢理解する事も出来るが、最低限私自身に何が起きたかはきちんと知っておきたい。…荒達に何が起きたのかも、今無事なのかも私には分からない。だから、少しでも正確な情報を知って安心しておきたいというのが正直な所だった。
でもそれとこれとは話が別。灼かれた恨みは恨みとしてあるので、質問がてら少し強い言葉を投げつけておく。
「その通り。本当は君を生身のまま連れて帰るつもりだったけど…君がそのままの姿形ならば『蘇らせる』形でも結果は変わらないと踏んだから、一度『こんがり』とね」
「骨も残りませんでしたよね?」
「ははは、ちょっと強火が過ぎたみたいだ。…まぁでも、僕の受けた命令とはズレが生じた事で、『カミサマ』は僕の保有する特権を一時的に停止させている。『醜態』も晒してしまった事だし」
「…!」
彼の口振りと同時に気付く。━━男は頻りに、自らの右半身を気にしている様子だった。
「……迂闊、慢心。そんなモノでこの身体に、手痛い灼熱が刻まれた。
単なる過剰供給の重ね掛けだと侮った。…あの場、あの瞬間は、間違いなく僕は彼に『負けた』よ」




