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17.無音の街に詩が響く



 サイハテの街に、溜息が一つ溶けた。あれ程広かった空は遠く、仰げども仰げども星の一つも見えやしない。憂いを他所に、星代わりの理想郷の明かりは窮屈な中でも嫌という程に視界へと入ってくる。


 一つ問題が解決すれば、その隣には山積みにされた別の問題が並べられている状況下。庇護対象から『仲間』へと至った理都の先行きは、未だに見えないままだ。



 「(気になる事が多過ぎて頭パンクしそう……。これなら中学受験の時の方がマシだなぁ…。)……玄絲(アラクネ)の使い方もパッとしないし、というかそもそもこの武器の名前って━━)」


 「おい」


 「っわ?!!」



 落ちそうになる。この街は至る所が高所で、踏み外せば容易く『ズドン』。……痛い目を見る。バランスを崩す一挙手一投足が仇となる。


 その仇を慌ただしく、腕を振り足を突っ張りなんとか立て直す理都。振り向きザマの背後には荒。


 白んだ目で理都を見る彼を、死にものぐるいの理都は同じく白んだ目で見つめる…というよりも睨みつける。



 「おー、持ち堪えたじゃん」


 「…わざと?」


 「ただ話し掛けただけだろ…。あんだけ啖呵切ってまだスッキリしねー何かがあんのかって思ってな」


 「スッキリしない事だらけよ……。やっと半歩前進しただけだもの。気になってる事だらけでモヤモヤなんて収まらないよ。


 …例えば、これの名前」



 物の形容、表現の簡略化。名前は不定形の概念的な『モノ』でしかない不明を、『物・者』という明確へと昇華させる。故に、絶対に『名前は意味を伴う』。


 玄絲(アラクネ)緋熾(ヴルカーノ)。二人の持つロストマキアに名付けられた二つの意味は、在り方や攻撃方法、抽象を具体化するべくして付けられた文字羅列なのだろうが、それが理都の悩みの種だった。


 何故ならその名は━━。



 「『アラクネ』も『ヴルカーノ』も、私の世界にも記録されてる。神話に擬えられた神様や人物の名前として。……属性もイメージも、全く同じ。


 私の世界と此処。概念として繋がっていて、カミサマはそのパイプ役なのかも。繋がっているならば戻れる道もきっとある。でも、それが分からなくなるから……って、ずっと堂々巡りになって、もう3回目」



 『偶然だ、そんな事だってあるだろう。』


 そう片付ける事も出来る。が、挟まり続けている違和感はどれ程払拭しようとも、腫れ物の如く鎮座を継続する。


 安易に片付ける文句への回答を既に理都は済ませている。『そんな訳があるか』と。故に巡る考えの螺旋に彼女は自分から沈んでしまっていた。



 「シンワ…神の話って書いて神話か?」


 「えぇ。…こっちはそういう伝承……物語みたいなのってあるの?」


 「さーな。…俺が此処で目覚めた時から理想郷は理想郷。あったとしても淘汰されて久しいってトコだろうな。


 娯楽といえる娯楽も無い、此処に生きとし生ける者は皆、生きるのに必死さ」


 「……」


 「だから、興味がある。


 ━━少し聞かせてくれねーか」



 信仰する存在は、崇拝する偶像はたったの一柱だけ。だからこそ、棄てられるのは必然だった。


 逸話は既にある。伝説も既にある。理都の世界とは異なり、『カミサマ』はこのガラクタの世界に根付いている。常に承認され、愛され、幸福に満ち溢れている世界とその影には不必要と切り捨てられた『物語』という概念。



 ━━しかし、忘れられた筈の無限の表現。可能性に目を輝かせる少年は隣に居た。荒は『少し』とは言いつつも、食い入る様に理都に微笑む。年相応の笑顔で、その『物語』をせがんでいた。



 「い…良いけど。私知ってるのって結構少ないよ?」


 「良いさ。此方には毛頭無いんだ、ゼロよりは多いだろ?」


 「ま、まぁそうだけど。……じゃあ、折角だから荒の持ってる『ヴルカーノ』の話にするね」





 サイハテの街を声が通り抜ける。


 声の主は一人の少女。愉しげに耳を傾ける赤髪の少年に、静かに愉快にある男神の一節を語る。


 要の失われた鉄屑の中、語らいは詩にも等しく綴られた。不貞も蛮勇も逸話も、物語を忘れた世界にとっては全てが面白おかしな奇譚となる。


 サイハテの街を彩る。


 詩を忘れ、物語を捨てた世界の一端を理都の語らいが通り抜ける。





 「━━と、こんな感じかな」


 「サンキュ。……随分とハチャメチャしてんだな。物語ってのは」


 「神話は特にね。見えない存在への畏怖や感謝が混ざり合って、人っぽく描かれるから」


 「格の大きさで誤魔化してるだけで、結局やってる事はロクでもない。嘘臭い成り立ちを真実のように伝えて、見えないのに止めるべくして信仰を捧げる。


 ……完璧の対象なのに人間味があるのは、なんとも面白可笑しい」



 言の葉に栞を挟む理都。観客席には荒一人。




 「……っつぅ…!」



 拍手も喝采も無い。代わりに幾度とない頷きと満たされた微笑み。静けさの中で幕は引き降ろされる筈だった。


 ━━しかし、銀幕は映し出されなかった。



 静けさがノイズへと変わる。泥を喰むに等しい混濁の暗がりへと沈む嫌悪の中、鐘を鳴らすかの如く重い痛みが、荒の面を侵した。

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