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2.助けを求めて

━━━━━━━━━━

━━━━━━━

━━━━

━━





 「っ………はぁ……っ!!」



 逃げろ。もしもまだ、命が惜しければ。心臓が破裂してでもこの足を動かし続けろ。


 誰かにそう言われてる気がして、狭くなる視野の中を走った。転んでも曲がり角があれば曲がり、目まぐるしく変わる文字通りの『光』景が判断力を圧迫しようとも。姿を隠せるならば、『奴等』から逃げられるのならば構わない。



 ━━捕まれば、死ぬ。



 「(なんで……なんでっ……!)」



 抱いたのは後悔ではない筈だ。けれどもそれは、何かに対してぶつけられる恨みとしか形容が出来ない。

 どうして、どうして『私なのか』と。ギリギリまですがりついた執着から手を離した彼女は、遂にその足を止めた。


 疲れてしまった。足も痛い。喉には血の味が滲んで、有無を言わさず流れる汗で服が張り付く。気持ちが悪い。



 「(……嫌だ、『あんな風に死ぬ』なんてっ…!でももう……っ)」



 気持ち悪い。気持ち悪い。肉体的な所ではなく、もっと深い部分への嫌悪が沸出する。尊厳があれば、名誉があれば、『あんな死に方は許されてはならない』と、身体は訴えている。


 此処は彼女の知っている世界ではない。だがそれを理由に呑み込める訳がない。





 人が、『首から花を生やして死ぬなんて事を許してはならない』





 脳裏に焼き付いた、凄惨で奇矯(ききょう)な一人の死。ファンタジーが現実となる瞬間、混濁とした意識の中でも血液の溢れる音や、噴出する飛沫の響きは聞こえてきた。だからこそ、此処まで逃げることが出来た。


 けれど、もうダメだった。麻痺していた感覚は次第に身体に寒さと疼痛を呼び起こした。『逃げられるのならば』と嘯いたならば、改めて現実を直視する事は愚策。


 ━━彼女は今まで、こんな状況とはひたすら無縁だったのだ。








 「居た居たぁ。探したよ」


 「っ━━━━」



 来た、と理解した時。身体の内側は凍てついた。


 人の姿をしている『何か』の声は、間違いなく彼女へと向いている。足音が近付き、次第に黒髪を掴まれれば息遣いまでもが、彼女の耳元には鮮明に聞こえてくる。



 「ヤダッ……止めて!止めろっ!! 手ぇ離せよッ!!」


 「ダメじゃないか。危ないよ? 今ただでさえ危険だし…カミサマが『叶えてくれた願い』が、それを否定するような事はとても罰当たりだよ」



 少女の抵抗は、ヒトガタには届かず。罵声を浴びせた所で無理矢理立たされ、意図も理解も無い滅裂な言葉だけが並ぶ。


 掴む手には体温が、伝わる柔らかさは自らと同じ肉質を伴う。自分と同じ位置に目が、鼻が、口が、手足があるということは、恐らく内蔵配置もまた同じと言えるだろう。


 ━━だが違う。明確にする事の出来ない『ズレ』が間違いなくあると、少女は敵意を収める事はない。



 

 「…っ勝手な事を言うなっ!!」




 振り解こうとする。男の関節を捻じ曲げ、己が生きる為に力任せに振り解こうとする。


 これで逃げられなければそこで終わりだ。気力と肉体は既に消耗した。正真正銘、少女自らに出来る最後の選択。





 「あぁ、コラコラ」




 捻じれを、認識する。




 「━━っ……!?!?」


 「()()()()への否定をこれ以上重ねてはならない。折角の願いが穢れてしまうだろう?」



 男の形をしたソレに少女の手段はやはり及ぶ事はなく、見た目からは逸脱した金剛力が少女の腕を襲った。


 容易く捻れた。容易く関節を捩じ切られた。フィードバックした痛みと無くなった感覚に冷や汗は止まらず、『もう助からなくなった』事を彼女は悟った。




 「(あぁ…おわった)」




 不思議と『もうダメだ』と分かってしまえば諦めはついてしまうモノだった。


 何も分からないまま、形はどうあれアリを潰す様に弄ばれて死ぬ。助かるなんて都合の良い事を、此奴等は許さない。所有物の権利として自分の尊厳を奪いに来る。


 青ざめる。青ざめたその次は力が入らなくなる。全身の筋肉が緩み、耐え切れていた色々なモノが放出する。











 …来ない。来ると思って一度、深呼吸をした。けれども覚悟していた筈の終わりは顔を見せる事なく、それを証明するかの如く今が継続している。


 目は開いている。情景は網膜に焼き付いている。ただし、それを処理するだけの容量が今の彼女にはなく、代わりに離れたヒトガタが不自然にも右へと倒れ込む。


 …『切断』されていた。それを肯定する、一瞬だけ朱を帯びた黒鉄が未だに一閃の軌跡を残し、袈裟の終わりにて静止している。



 「構わねーよ。首切ったってどうせ蘇る命だ。これが『理想』の末に得た結末ってのは、道化だって笑えねーっての」


 「あの…まだ何も言ってない…」


 「あ?言わなかった所でどうせ聞くだろうが、お前みてーなヤツは」



 転げる重い肉を足蹴にする足を前に、呆然とする。もしくは『助かった』のがリアリティを増して、安堵の奔流に呑まれているのだろうか。


 言われるが儘。返答出来ず、そもそもとして必要とされていない。ありとあらゆる主権は『チリチリ』と音を滴らせる黒刃を鞘に仕舞い込む、赤髪の少年の手にあった。



 「……んで? こっからどうするんだ?お前」

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