〜手招き〜
『何処だ。何処だ。何処だ』
雑踏が街を埋め尽くす。
眩さを飲み込まんとして、其処に住まう群々はナニかを探し求めては蠢いている。
『カミサマが言った。 カミサマが言った。』
『有難きカミサマからの神託が下った。 御告げが下った。』
『一丸となれば良い。 囲めば良い。』
『見つけ次第、首を取ろう。指を剥がそう。爪を食べよう。
骨をチョークに変え、肉は絵の具としよう。』
『探せ。探せ。探せ。
殺して良いなら楽しくやろう。 殺して良いなら自由にやろう。
何処だ。何処だ。何処だ。』
蠢きに耳を済まして見れば、虚ろながらに『どろり』とした、廃油にすらも値しない劣悪な音を列を為す。ただ波長や色が人と類似しているだけの、おどろおどろしい不快な音だった。
「いやー、実に壮観だ。皆が一丸となって同じ目的で、同じ方向へと進んでいく。眼福というには少しばかり悪辣かもしれないが…統率の取れた光景は正に絶景と言えるね。うん」
座る人影は笑う。幸せの果てに諸々を捨て去った筈の人類が、人らしく悪趣味をからかうように笑う。それが楽しいから、面白いから、愉快だから笑う。
誰もいない高層、それを把握した上で語り掛け、感情を咀嚼するかのように。その人影は群れを見つめ、笑顔を崩さない。
「世界が敵だもんなァ。流石に同情するよ、正しさってなんなんだろうとすら思う。…でも、仕方ない。変わらない。
決められた事が、定められた事が唯一の『正義』。それを疑う者も反する者も、異なる主義主張を唱える者も皆、敵だ」
その手には何もない。
白銀の艶やかな手を守る籠手も。
迫り来る有象無象を斬るべく拵える剣も。
一瞬の内に千を射殺す砲身も。
手に取る物は全てが枷で、不必要な鉄塊でしかない。かつて栄えた手段は衰えたからこそ『かつて』なのだ。
眩さの中で尚も際立つ存在には、腕の一つあれば事足りる。
「でもまぁ、足掻く位はしてもらわないと。
そうだろう?東堂理都ちゃん?」
雑踏が街を埋め尽くす。
眩さを飲み込まんとして、其処に住まう群々はたった一人を探し求めては蠢いている。




