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10.玄絲(アラクネ) (1)



 物心の付いた頃から世界は堕落していた。


 時間の概念すらも『過去』となっていた。


 今となっては月と太陽すら願いによって振り回される天体。取り敢えず映し出したような風情もへったくれもない小さな空模様は、とにかく忙しないとしか思わない。


 吹く風の全てはビルの谷間によって不衛生な埃を纏い、湿った空気となって暗い街を更に淀ませる。窮屈な一坪から一坪をすり抜けるように、やっとの思いで街の土台を歩くのが常。


 そんな世界で何度も、幾度もの機会の中で出来た事といえば、蔓延る死線を無理矢理潜っては『人』の矜持を胸に、仲間を失いながら人を騙る怪物を斬り伏せる事だけだった。


 ……その中には、自分と同じ『顔』を持つ者も居た。



 『クリエ』として生まれた、造られた命の一つの果て。量産された命の廃棄処分。冒涜を良しとした故に生まれた、数え切れない程の『自分殺し』。



 ━━だから、生まれて一度として。


 この『鋼火荒(こたい)』は心地良いだなんて感情を抱いた事は無かった。










 「変わりてーんだってな、お前」


 「え………」 



 『この世界が変わらないように、早々人だって変われない』と、何処か意気地になっている様にも聞こえる、荒の皮肉交じりな問い掛け。思い詰まったが為の言葉は、背後の積み重なった建造物に溶けて消えた。


 少しだけ開けた、建造物の塊のような街には、暗がりの所々に明かりが灯っていた。何処もかしこも路地裏のような世界を、目的もなく漠然と歩いていた

 


 「一旦落ち着け。どうせあの手の決意なんてのは空回りなんだ。変に戦おうだなんて思わない方が絶対良い」


 「空回りなんかじゃない…。ただ足を引っ張りたくないだけだよ」


 「いいや、空回りだ。お前は戦えない」



 否定。その次もまた否定。彼女の変化を一方的に『気の迷い』と言わんばかりに、荒は断言する。


 無論、そんな事を言われて理都も黙っている訳が無い。



 「…戦おうとして、気に触ったのなら謝る。でも足手まといになりたくないのは本当だし、そうやって何でもかんでも決めつけないで欲しい」


 「決め付けじゃねーよ」




 足が止まる。丁度暖色の明かりが灯る下、荒は理都の目を捉えた。




 「事実をそのまんま言ってるだけで、それがお前にとって図星だからイヤなんだよ。


 腕一本やられて戦意喪失。有象無象が死んだのを思い出して吐きそうになって、その直後に『武器使わせてほしい』ってのをどうしたらマトモだと思える?


 半身が修復不可能になるまで吹き飛ばされてもかろうじて生きてる姿を、全身を悪戯に千切られながら苦しんで死ぬ姿を、『面白そうだから』って簡単に首を切り裂かれる瞬間を想像してみろ。


 その上で、お前の決意がホンモノだって胸張れんのか?」




 抑揚も、表情も、全てが変わらない。激しく感情的に怒る訳でも胸倉を掴む訳でも無い。


 事実。ただそのまま、彼の目の当たりにしてきた事実が淡々と語られてる。迫力は説得力を帯び、反射的に気圧された理都の口を噤んだ。

 



 「そらな。こうやって強く言われて牙が出ねーんだ。戦うのが怖いんだ、俺一人ともな。


 だからってそれを負い目に感じる事もない。戦う事はフツー怖いんだ」



 『仕方がない』と、宛ら慰めるかの様な口先に毒を滴らせる。かといって侮蔑の気持ちがある訳じゃなく、賛辞に値しない無謀を戒めているに過ぎないと、荒は謝意を見せなかった。


 対する理都。…震えている。悔しさのあまりか、彼の言った通りに『想像』してしまったからか。『違う』と嘯く事すらもままならないのだろうと荒は再び歩き始める。




 「……イヤだ」



 ━━けれども。彼女は。



 「黙って守られるのは……イヤ」


 「…お前、何言って」


 「『此処でも』何も出来ないなんて…そんなの絶対に」

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