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1.サイハテの向こう側




 『街』には少年が居た。


 埃と(かび)臭さが鼻腔でとぐろを巻く中、目の前に広がる窮屈のずっとずっと向こう側。綺羅星を思わせる目映さが、仄かに薄暗くなった『街』を見下ろしている。その視線の先に、自然の一切を廃したかの様な人工的な色の赤髪の少年は座っていた。



 「……………」



 月明かりでも、星の粒でもない。光もまた、一つの『街』だった。寂しく錆びれた高層の街並みを、綺羅星はそれよりも高く嘲笑うように。奥まった最果ての街と少年の瞳を照らしていた。



 「おい手伝えや(あら)。この後()()()の仕事が控えてんだ」



 明滅する足元から毒突く声。少年が尻目に見てみれば、片手で事足りる馴染みの仲が工具を片手にコードの束を睨みアンテナの修繕に着手している最中(さなか)


 トゲ立った声で呼ばれた『(あら)』というのは、少年の名前だった。人手の少ない中、一人でもサボろうモノなら鬼の形相の一つもするだろう。しかし彼にとってはそれが不服であった様で、舌打ちと溜め息を含ませた返答を声の主へと投げつけた。



 「どうせ俺は不器用だぜ?回線ショートさせて『おじゃん』にするよかマシだろ」


 「違ぇわ。やる気あンのかって聞いてんだよタコ」


 「ある訳ねーだろ。こんな何べん直しても焼石に水なポンコツの修繕なんかにやる気なんて出せるかよ」


 「能書きだ与太だ戯れ言だとほざく前に動けや。皆同じ気持ちだっつーの」



 (あら)の赤髪を容赦無く鷲掴むリーダー格の強面、『ジャンク』。気にせず黙々と、手元の先を動かし続ける『ユーシャ』。都合三名によって行われる修繕。


 言葉尻の強い荒に、更に強くジャンクが噛み付き返す。暫くの間体格差の激しい睨み合いが続き、三人を鉄屑混じりの風が撫でた所で、ジャンクが身を引くのがこのやり取りの常だった。


 

 「…埒が開かねぇ。せめて工具箱から道具取る位は出来んだろ。それ位はしてくれや」


 「へーへー」



 金属の連なる音が、切れ掛けている電灯の点滅が、ガラクタの崩れる音が、街には絶え間なく響く。しかし、それら全ては遠くの空に吸い込まれる間もなく無音に呑まれ、街の拙悪さに拍車を掛けた。


 繋がりなんてモノはあっても無くても同じだと皆が思い、それでも群れざるを得ない排斥された烏合。不必要な諍いは毎日の様に続き、その上で隣人同士の醜聞も絶え間無く耳に入る。





 しかし━━。あの『理想郷』を包む目映さに比べればまだマシだ。


 



 それは対称的に『サイハテ』と銘打たれた、この街に住まう者全員に根付いた感情と言えた。恨み節を繰りては返しても、少なくとも修繕に集った徒党だけはその感情を拠り所とした。


 道具箱の側に座り込む赤髪の少年の目線は依然として煌びやかに夜を照らす遥かを向いている。それは羨望や憧憬とは異なる、むしろ対極に位置する『侮蔑』を込めた視線だった。




 「ユーシャ、そっちの端子は?」


 「繋がってるよ。大丈夫」


 「あいよ、んじゃカバー掛けんぜ」


 「……おいガラクタ。俺の時と態度が随分違うじゃねぇか」


 「そりゃオメーと違って、こっちは仕事してっからなぁ? うだついてねーで、さっさと終わらせんぞ」



 再び火蓋が落とされそうになるが、今度はユーシャがか細い声で咳払いをして二人を嗜める。アンテナから張るコードを絶縁テープで止め、『()()()もの』故障対策として、頑丈なカバーを覆う。


 …限られている資材、道具。殆どをサイハテで賄っている以上、全てが半端にならざるを得ない。現状維持が関の山と揶揄されてしまえばそれまでな出来映えだが、それが彼等にとっての目一杯だった。



 「別に直さなくて良いと思うけどなぁ俺。だって俺等には━━」


 「捨てられた街には、捨てられた『モノ』達が住まう」




 散らばったプライヤーやドライバーを工具箱に収めるジャンクだったが、立ち上がるとその目線は直ぐ様荒と、『荒の腰元に収められた長物』に注がれる。


 



 「手放された石の廃屋に電気の管通して、捨てられたガラクタ修復(なお)しては再利用。果てにゃ排斥された燃料で暖を取る。


 いいか、俺等はそんな中でも『トクベツ』だ。偶然見つけて、偶然使えて、偶然集まった。 全て必然じゃねぇ。言い切れねぇんだよ。『俺等だけ』なんて胡座(あぐら)かいてりゃすぐ奪われる」


 「わぁーってるよ…。んじゃとっとと行こうぜ。


 全てが偶然なら、今から俺等のやる事も()()()()にとっちゃ『不運』でしかない。確か……今この街にゃ足りてねーモンがあるなぁ?」




 偶然は彼━━否。『彼等』に与えられた手段となった。術となった。力となった。


 赤髪の少年が腰元より引き抜くは、黒漆に包まれた一振り。朱を仄かに浮かべる、濡羽鴉に透く刀身の帯びた熱はジャンクとユーシャを陽炎で揺らす。


 埃と黴の臭いすらも一転した空気の中、荒の熱に焚き付けられたのは━━。



 「……生きる為には仕方ない。所詮相手にするのは辛苦を捨てた連中。ボク達を『捨てた』と息巻く、浅はかな肉の袋だ」



 空色を写し出したかのような、幼さを残す少女の『ユーシャ』だった。彼女が理想郷を睨むと同時、呟く怨嗟に呼ばれた様に。


 右腕は『砲身』とも受け取れる鉄の(かいな)へと形を変えた。



 「……ほんとお前等は『メイン』の仕事になると、人が変わるよな。その方が気負いはしなくて楽なんだがよ。


 んじゃ、行くとするか。(あら)、景気付けだ。啖呵の一つでも切ってくれや」



 ジャンクの姿に変わりは無い。されど、志は彼も同じだった。結った銀髪が熱気に揺られ、再び乾いた空風が三人を撫でる。


 視線の先の輝きを断つかの如く、袈裟に刀を振り払う荒。待っていたと言わんばかりに口角を上げた彼は嘯く。




 「━━さぁて、()()()()といくかァ」






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