第8話 冒険再び
車2台が連なって、日が完全に落ちた暗い道を進む。
前の車にはさっきの犯人役の男が二人。
後ろの車には残りの二人と、後部座席にコータさんと美優ちゃんと俺。
美優ちゃんはまだコータさんの腕の中で眠ってる。
よく眠るなーって思ったけど、
時計を見るとまだ7時。
公園を出て1時間しか経ってない。
でも、俺にとっては大冒険の1時間だった。
まるで丸1日にも思える。
そのせいか、俺まで眠くなってきた。
コータさんに寄りかかって目を瞑る。
家まではすぐだけど、ちょっとだけ眠ろう・・・
「おい、どこに向かってるんだ?」
俺が今にも眠りそうになった時、コータさんの声がした。
でも、誰も返事をしない。
「おい?」
コータさんが少し声を大きくした。
俺も目を開く。
カチャ
助手席の男が振り返り、
少し身を乗り出したコータさんの目の前に、
何か銀色に光るものを突きつけた。
それって・・・拳銃?
「・・・なんのつもりだよ?」
コータさんの声が低くなる。
え?何?なんだ?
「コータさん。大人しく座っててください」
男が冷たい声で言う。
コータさんは、それ以上何も言わずにシートに深く座りなおした。
そして右手で美優ちゃんを抱き直し、左手を俺の肩に回して抱き寄せた。
でもその視線は前の二人の男から一瞬も離さない。
助手席の男は、拳銃を下ろし、また前を向いた。
コータさん?
これ、なんですか?
また、ヤラセですか?
でも、俺の肩を握るコータさんの手の力が、
これがヤラセでもなんでもないことを物語っていた。
車は小さな雑居ビルの裏手に停まり、
俺達はその1階の一室に連れて行かれた。
「俺達をどうする気だ?」
コータさんがあのデカイ男を睨みながら言った。
「どうもしませんよ。大人しくしていれば」
そう言って、デカイ男は拳銃を俺達に向けた。
「コータさんから、このチビを試すって聞いたとき、俺達もちょっと考えたんです」
「何を?」
「このヤラセ誘拐を本物にしようって」
「・・・」
「コータさんの奥さんの実家、随分金持ちみたいじゃないですか」
「・・・」
「娘の夫と孫の為に、いくら出しますかね?」
コータさんの目が怒りで燃える。
こんな怖いコータさんは初めてだ。
「こんなこと、統矢さんが知ったらただじゃすまねーぞ!?」
「ご心配なく。金を受け取ったら、4人ともさっさと姿くらますんで」
俺達は手と足を縄できつく縛られ、その部屋の隅に転がされた。
更に用心のためか、コータさんは携帯や財布も取り上げられた。
そして男達は、ようやく起きてキョロキョロする美優ちゃんを抱き上げ、
部屋を出ようとした。
「おい!美優に触んな!!!」
「美優ちゃんはこっちの部屋で預からせてもらいます。変な真似しないでくださいよ?」
「パパー?」
「美優!!!」
パパは?おじちゃんだれ?という美優ちゃんの声が、
ドアの向こうに消えた。
「クソ!!!!!」
コータさんが腹立たしげに床を蹴った。
「コータさん・・・」
「・・・」
コータさんは怒りを鎮めるかのように、大きくため息をついた。
「篤志、悪いな。変なことに巻き込んで」
「いえ、それはいいんですけど・・・美優ちゃんが・・・」
「うん」
それっきり、二人とも沈黙した。
ドアの向こうからは物音一つしない。
この部屋が防音室なのか、それとも本当に近くに誰もいないのか・・・
見上げると小さな小窓から月光が入ってきていた。
明かりらしい明かりはそれしかなく、
俺の気持ちまで、ますます暗くなった。
こんなところで、こんな状態だと、
時間の感覚がおかしくなる。
もしかしたらまだ10分も経ってないかもしれなけど、何時間にも思える。
俺はただ、
これからどうしよう、俺達どうなるんだろう、美優ちゃんはどうしてるんだろう、
と不安に思うだけだった。
でもコータさんは違った。
「篤志」
「はい」
「あれ、届くか?」
コータさんが顎で部屋の隅をさした。
そこには、割れたビール瓶。
中身が入っていたのか、砕けた瓶も回りも濡れている。
「這って行けば届くと思います」
「鋭そうな欠片を取ってきてくれ」
「?はい」
俺は芋虫のように床を這って、瓶に近寄り、
その欠片の一つを手に取った。
と言っても、両手を背中で縛られてるため、
後ろ向きに欠片を持ったのだけど。
そしてまた芋虫でコータさんの近くに戻る。
「よし。それで俺の手の縄を切ってくれ」
「え?どうやって?」
コータさんも俺と同じように背中で両手を縛られてる。
こんな状態の二人なのに、どうやって縄を切るんだ?
「背中合わせになって、切ってくれ」
「でも、見ながら切れませんよ?」
「わかってる。手探りでやれ」
「え!?危ないですよ!」
「いいから!」
「でも・・・」
「早く!」
俺はコータさんに急かされ、
取り合えずコータさんと背中合わせになった。
縄は両手をクロスするようにかけられている。
これを見もせずに、瓶の欠片で切るのか?
「む、無理です!絶対コータさんの手を傷つけちゃいますよ!」
「いいから、さっさとやれって!」
俺は震えながら、とにかくコータさんの手の縄を切り始めた。
怖い!!
コータさんの手を切ったらどうしよう!!
最初は首をひねって少しでも手元を確認しようと思ったけど、
暗いしコータさんとの距離もかなり近いので全く見えない。
それどころか手先がぶれる。
だから俺は覚悟を決めて、前を見ながら完全に手探りで切った。
少し切った時、今までとは違う感触がした。
「っつ!」
「あ!す、すみません!!!」
「大丈夫だから。気にせずやれ」
「・・・でも・・・」
「早く!」
俺は涙を必死に堪えて、また切り始めた。
手が震える。
ダメだ!
こんなんじゃまたコータさんの手を傷つける!!
俺はなんとか理性を保ちながら、縄を切り続けた。




