第4話 平穏の終わり
鍵で扉を開け、家の中に入る。
「ただいま」
「お。篤志、おかえり」
いつも通りコータさんが笑顔で迎えてくれる。
コータさんの家で暮らし始めて2週間。
廣野組のことなんて忘れてしまいそうなくらい、
俺はここでの生活に馴染んでいた。
大学生のコータさんは9月一杯は夏休みらしく、
昼間はどこかに出かけてるようだけど、
俺が学校と学童を終えてから帰ってくると必ず家にいる。
それからコータさんは俺と一緒に美優ちゃんを保育園に迎えに行き、
帰ると俺にも手伝わせて夕食を作って食べる。
それから3人でお風呂。
そして俺は美優ちゃんと遊んだり、宿題をしたりする。
学校はどうやって手続きしたのか、ここに来て2日後から、
近くの私立小学校に行かせてもらってる。
「公立だと何かと手続きが面倒だからな。私立だったら理事長が、うん、とさえ言えば通える」
とのこと。
どうやって、うん、と言わせたんだろう・・・。
俺は先生達から何故か一目置かれてるんだけど、深く考えないようにしよう。
今まで勉強なんてまともにしたことなかったけど、
ここまでしといてもらってあまりに成績が悪いのも申し訳ない。
だから、コータさんが言う通り、せめて宿題くらいは、と思い頑張った。
化粧品会社に勤めているという愛さんは、帰りは遅く、
いつも8時とか9時だ。
俺は愛さんがに「おかえりなさい」と挨拶してから部屋に戻って寝る。
「愛さんて、コータさんより年上なんですか?」
「そうよ。5つ上」
「えー?5つも?全然見えない・・・」
「あら、篤志君。あなた、いい子ね」
愛さんは、ちょっと勝気なところはあるけど、
サバサバした面倒見のいい人で、俺のことをかわいがってくれてる。
コータさんも、甘やかすわけではなく、でも、俺のことを凄く気にかけてくれる。
なんか・・・
まるで本当の家族なんじゃないかって錯覚してしまう。
ちがう。ちがうぞ。
俺は廣野組の組員になったんだ。
だからコータさんは俺をちゃんとした組員にしようとしてくれてるだけなんだ。
甘えちゃいけない、
甘えちゃ・・・
思わず自分を見失いそうになった時は、美優ちゃんを見ることにしている。
美優ちゃんは正真正銘、コータさんと愛さんの娘だ。
二人に本当に愛されているし、かわいいし・・・まるで本物のお姫様。
美優ちゃんは本物で、
俺は偽物。
俺と美優ちゃんは違う。
そう思うと、冷静にもなれるけど、
その分、美優ちゃんのことが羨ましくもなり、
嫌にもなる。
何考えてるんだろう、俺。
コータさんの娘なのに・・・。
「もうすぐ美優の誕生日だな。美優、何がほしい?」
「チョコレート」
「ダメだ」
「アイチュ」
「ダメだ」
「ぶう」
「そんなふくれっ面しても、甘い物はダメだ」
ほら、あんなにかわいいじゃないか・・・
俺は、コータさんと美優ちゃんの微笑ましいやりとりと、
ちょっと遠目に見ていた。
「篤志は、何がいいと思う?」
「美優ちゃんのプレゼントですか?」
「うん」
「3歳になるんですよね?うーん、絵本とかは?」
「え、絵本はダメだ!それは禁句・・・」
「へ?」
コータさんが言い終わらないうちに、
美優ちゃんがリビングの端においてある本棚に飛んで行き、
両手一杯に絵本を抱えてきた。
「パパ!よんで!」
「うわー・・・篤志、責任取れよ。おい、美優、篤志兄ちゃんが読んでくれるって」
すると美優ちゃんは目を輝かせて俺に突進してきた。
「よんで!!」
「い、いいよ」
しかし!!!!
甘かった・・・
それから1時間近く、全くストーリーのない絵本を俺は延々と読むはめになったのだ。
「絵本て、読む方が大変なんですね」
動物がひたすら「いない、いない、ばあ」をしている絵本を
10回読んで、俺はため息をついた。
「そうなんだよなー。しかも美優は絵本大好きだから、いつまでも読まされるし」
「プレゼントに絵本はやめときましょう」
「だろ?」
「お姫様セットみたいなのは?ドレスとか王冠とか靴とかセットになってるやつです」
「お!いいかも」
幼稚園のころ、女子がそういうので遊んでた覚えがある。
3歳にはちょっと早いかな?
でも、美優ちゃんなら似合いそうだ。
どんな感じになるか、俺もちょっと楽しみだな。
美優ちゃんの誕生日まで後2日という、少し寒い日。
俺は学校からの帰り道を急いでいた。
友達と遊んでたらもう6時だ。
そろそろ暗くなる。
近道をしようと、普段はあまり通らない公園を抜けようとしたとき、
俺は急に腕をつかまれた。
「いて!」
見上げると、とてもまっとうな仕事をしてるとは思えない男が3人立っていた。
中でも一番デカイ奴が俺の腕を掴みながら言った。
「お前、最近間宮の家に出入りしてるガキだな?」
「・・・」
「いいか、明日のこの時間に間宮のガキをここに連れて来い」
「えっ・・・」
「連れてこなかったり、誰かに話したりしてみろ。一家まとめてあの世行きだ」
「・・・」
それだけ言うと、男達はあっという間にどこかに消えてしまった。
・・・なんだ、今の?
幻か?
でも、俺の腕に残った赤い跡が、
さっきのは幻ではないことを物語っていた。




