第2話 決心
「おい、お前。口きけねーのか?」
「・・・えっ?は、はい」
「なんだ、しゃべれるじゃないか」
その若い男は俺の布団の横に胡坐をかいた。
「大丈夫か?」
「・・・」
「クスリ打たれたんだもんな。大丈夫なわけないか」
「・・・」
俺はただただその男を眺めた。
これが組長?
大人の歳ってよくわからないけど、
まだ30歳くらいじゃないか?
昨日、俺にクスリ打った奴らと大して変わらない気がする。
それに、見た目も、ごくごく普通の兄ちゃんって感じだ。
ジーパンなんかはいてるから余計そう見えるんだろうけど、
髪も普通に黒いし、顔もちょっとかっこよさげな、本当に普通の人だ。
これが組長?
ヤクザの親玉?
「お前、篤志って言うそうだな」
「はい」
「まだガキのくせして、なんで酒場なんかうろついてた?」
「・・・ちょっと、家出して・・・」
「じゃあ、帰るか?」
俺は思い切り頭を振った。
あんなところ、二度と帰りたくない!!!
「なんだ、帰りたくないのか?」
俺は黙って頷いた。
「じゃあ、ここにいるか?」
「え?」
「昨日の奴らなら心配するな。反省している。ってゆーか、反省させた」
組長の目が一瞬光る。
・・・前言撤回。
やっぱりこの人、怖い。
「いて・・・いいんですか?」
「ああ、構わない。ただし、ここにいるってことは、ヤクザになるってことだけどな」
「ヤクザ・・・」
昨日の倉庫でのことが蘇る。
あの男達を、組長は「反省させた」と言ったけど、
要はああいう人間になると言うことか?
クスリの取引とかしちゃう?
「ま、嫌ならここから出て行け。好きにすればいい。ただし、警察には行くなよ」
「・・・はい」
そう言うと、組長は部屋から出て行った。
それから2日間は、由美さんが言う通り、地獄のようだった。
急に死ぬほど苦しくなったかと思うと、
急になんでもなくなる。
腹が減ってご飯を食べてると、
急に吐き気がして吐いたり、
吐き終わるとまた腹が減って食べて・・・
の繰り返し。
麻薬は人を滅ぼすって言うけど本当だな。
自らこんなものに手を染める奴の気がしれない。
「だいぶ顔色よくなったわね」
「あ、由美さん」
「はい。お昼ごはん」
そう言って由美さんが持ってきてくれたのは、
いつもの手作りのご飯ではなく、ハンバーガーとフライドポテト、それにバニラシェイク。
「これ?」
「うん。たまにはこういうのも食べたいかな、と思って」
そう言って由美さんが微笑む。
ほんと、なんでこんなとこでお手伝いさんしてるのか分からないくらいかわいい。
もったいないなあ。
「ありがとう!こういうの、あんまり食べたことないから嬉しい!」
「そうなの?私、篤志君くらいの時、こんなんばっかり食べてたよ?」
そう言って、由美さんも俺と一緒にハンバーガーを口に運ぶ。
由美さんはいつも俺と一緒に食事をしてくれる。
優しい人だ。
「ねえ、篤志君。これからどうするの?」
「どうしよう・・・」
「お家の人、心配してるんじゃない?帰りたくないにしても、一度電話くらいしたら?」
「・・・」
心配・・・してるかな?
そりゃしてるだろう。
でも、俺がいなくなってホッとしてるかもしれない。
あの人達は。
「篤志君?」
「俺、家ってないんです」
「え?」
「ずっと施設にいて。親とかいないんです」
「そうだったんだ」
由美さんは相変わらずニコニコとしたままポテトをつまむ。
俺はちょっと拍子抜けした。
こういう話をすると、たいていの人は、特に大人は、
気まずそうにしたり、困ったり、同情したりする。
でも由美さんは、なんとも思わないみたいだ。
ヤクザのお手伝いさんやってるくらだもんな。
いろんな人間見てきてるんだよな、きっと。
「じゃあ、その施設に電話する?」
「でも、子供が一人減って、気が楽になってるかも。たまにいるんです、俺みたいに飛び出す奴」
「ふーん。その施設って楽しくなかったの?」
「全然。弱肉強食ってゆーのかな・・・ご飯とかおやつとか奪い合いでした」
「へー。テレビでみるそういう施設って凄く温かい感じがしたけど」
「普通はそうだと思いますよ。俺のところが変わってる」
そう。
普通はそういう施設で育った子供達は、親がいない寂しさはあるものの、
その分仲間意識が強いし、育ててくれた施設の人を親のように慕う。
でも、俺のいたところはそうじゃなかった。
「それだったら、ここにいたらいいよ」
「え?」
「ここね、そりゃあヤクザの本拠地だからおっかない奴はたくさんいるけど、
みんな根はいい人たちばっかりだよ。時々オイタしちゃう奴もいるけど」
昨日の奴らみたいな?
「組長って家出人拾ってくるのが趣味なの」
「・・・変わった趣味ですね」
「でも、拾われて来た人たちはみんな、組長のこと慕ってここの組員になるだー。
組長はそんなこと強要しないんだけどね。
だから、篤志君が帰りたいなら帰ればいいけど、
帰りたくないなら、ここにいたら?悪いようにはされないよ?」
クスリは打たれたけどね。
「・・・しばらくいてみる、っていうのでもいいですか?」
「もちろん。ここは辞めるのは自由だから。小指つめる必要ないし」
「・・・」
「来て」
食べ終わった俺を引っ張って、由美さんは部屋から出た。
トイレと風呂以外で部屋の外に出るのは初めてだ。
廊下の長さからして、デカイ家なんだろうな、とは思ったけど、
家の外に連れ出された俺は、その想像を絶するデカさに唖然とした。
先が見えないくらい長い長い土の塀が家の周りに巡らされ、
中央には鉄製の黒くてデッカイ門があった。
塀の内側には立派な日本庭園があり、
池には鯉までいる。
・・・食パンあげたいなー・・・
そして、家は、もう俺のボギャブラリーじゃ表現しきれない。
とにかく・・・デカイ。
「凄い・・・」
「でしょ?ここはね、組長のお家でもあり、組の本拠地でもあるの。
1階には大広間とか食堂があって、2階は組長とか幹部の部屋と客間、3階は若い組員が住んでるの」
「へー・・・そんなに大勢?」
「うん。3階だけで30人はいるよ。篤志君も住むなら3階ね。
今寝てたのは2階の客間よ」
俺は口をあけたまま、庭から家を見た。
「でも、組員だからって絶対にここに住まなきゃいけないって訳じゃないのよ?
どこに住むかは本人の自由。住むところがない組員や組長の側近がここに住んでるの。
幹部達も2階に部屋は持ってるけど、自分達の家も他にちゃんとあるのよ」
「・・・」
「だから、篤志君がここの組員になるなら、大人になるまではここに住んで、
外で暮らしたくなったら組を辞めて出て行ってもいいし、組員のまま住むとこだけ変えてもいいし」
由美さんの説明を聞いてるうちに、
もう俺の心は決まっていた。
あの施設には絶対に帰りたくない。
ここにしばらく置いてもらおう。




