第1話 拾い子
「なあ、このガキ、もうダメなんじゃね?」
「そうだな、どっか捨ててくるか」
「めんどくせー」
「捨てるのはまずくないか?こんなラリッたガキ、警察が放っておかねーだろ」
「じゃあ、埋めるか」
「ますますめんどくせー」
「まだちっこいから、そんなデカい穴じゃなくても大丈夫だろ」
床に転がっている俺の頭の上で何人かの男の声がした。
どうやら俺を殺す相談をしているらしい。
本当なら震え上がりたいところだけど、
もう俺の身体も頭も思うように動かない。
おーい、そんな相談しなくていいぞー。
放っておいたら、たぶんこのまま俺、死ねるから・・・
俺はうっすらと目を開けて心の中で男達にそう話しかけるけど、
もちろん男達には届かない。
・・・寒い。
まだ9月で本当なら暑いはずなのに、
なんでこんなに寒いんだ?
なんでこんなに手足が震えるんだ?
これが・・・クスリってやつか。
「おい」
しばらくして、さっきの男達は違う、低い声がした。
大きな声じゃないのに、倉庫いっぱいに広がるような
威圧感のある声だった。
「何をやってる?」
「あ・・・組長」
「取引はもう済んだか?」
「いえ、それがまだ・・・。相手が来なくって」
「約束の時間は過ぎてるだろ。もう中止だ。今後アイツらとは取引しない」
「は、はい」
「さっさと運べ」
取引・・・そうか、こいつらここでクスリの取引をしようとしてたんだな。
ぼやける視界の中に、黒い革靴の先っこが入ってきた。
「なんだ、このガキは?」
さっきの低い声がした。
「組長」とか呼ばれてた奴だ。
「へえ・・・その・・・」
「お前ら、このガキに打ったのか?」
そういいながら、組長とか言う奴は、
注射跡がいくつも残る俺の腕を持ち上げた。
「ちょっとした実験のつもりで・・・」
「商売道具を遊びに使うな。しかもこんなガキに。どこから連れて来たんだ?」
「酒場をうろついてたんです」
組長はため息をつくと、軽々と俺を肩に担ぎ上げた。
「さっさとここを片付けろ。警察がきたらどうする」
「はい!」
俺はそのまま、車に放り込まれ、どこかに連れて行かれた。
目が覚めた・・・あれ?でもなんか世界が回ってる・・・
ってゆーか、ぐにゃぐにゃしてる・・・
気持ち悪い・・・
吐きそう・・・
でも喉は渇く・・・
なんだ、これ?
それに、布団の中にいるのに、まだ寒い。
俺は布団の中に潜り込み、目をギュッと瞑るって必死で身体をさすった。
寒い!寒い!!寒い!!!
身体がちぎれそうだ!!!
「あら、起きた?」
ふと、布団の外で女の人の声がした。
その瞬間、不思議なことに寒さが消えた。
あれ?なんで?
しかも・・・布団って・・・
ここどこだ?
俺は、恐る恐る布団から顔を出した。
そこには、物凄くかわいい女の人がニッコリと微笑んでいた。
メイド喫茶のメイドさんのような服を着ている。
「大丈夫?キミ、丸2日寝てたのよ?お腹すいてない?あ、それより喉渇いたよね?
水、飲める?その前に、吐く?」
その女の人は、俺の症状がよくわかっているようで、
俺をトイレに連れて行き、ひとしきり吐かせると、ぬるめの水を飲ませてくれた。
「こういう時は、冷たい水よりぬるい方がいいから。大丈夫?もう一回吐く?」
「・・・だいじょう、ぶ、です・・・」
俺はようやく声が出た。
「今はクスリ切れの苦しさが消えてるけど、また苦しくなるかも。
後2日くらいは辛いけど頑張ってね。そんなに大量には打たれてないから、
中毒ってほどじゃないし」
「・・・はい・・・」
この人、すごいことを淡々と言ってるな。
この人、誰なんだろう?
ここ、どこなんだろう?
俺の疑問を読み取って、その女の人は説明してくれた。
「ここはね、キミにクスリを打ったヤクザ達の本拠地よ。
あ、心配しないでね、キミにクスリを打った奴らは組長自らお灸を据えてくれたから」
「・・・」
「だから、キミはここでゆっくり休んでいいよの」
「・・・」
「私はここの使用人。由美、って言うの」
「由美、さん」
「そう。キミは?」
「・・・戸山篤志」
「篤志君、ね。歳は?小学生?」
「・・・小学校4年です。9歳です」
由美さんと話しているうちに、
どんどん冷静になってきた。
そうだ。
昨日の夜、酒場をうろついてるとこを、
変なチンピラに絡まれて・・・
倉庫みたいな所に連れて行かれて面白半分にクスリを打たれたんだ。
それで、あのチンピラ達のボスみたいな奴に車でここに連れてこられたんだ。
俺は布団に寝たまま、辺りを見回した。
シンプルな和室だ。
由美さんはヤクザの本拠地って言ってたけど、
なんだか普通の家みたいだ。
もっとも、他の部屋はどうなってるのかわからないけど。
「篤志君、ちょっと待っててね。組長を呼んでくるから」
「えっ・・・」
俺が止める間もなく、由美さんは扉を開けて部屋から出て行った。
組長って・・・
頭の中に、黒いスーツに金のネックレス、それにパンチパーマに顔に傷がある、
ヤクザの金型みたいな人間が浮かぶ。
いや、今時、ヤクザの親玉ってこんな「いかにも」って奴はいないのかな?
こんなのは下っ端なのかな?
そうだ、きっと「え?これが組長?」って言うくらいしょぼくれた爺さんで、
和服に杖とかついてるんだ。
でも周りは、いかついヤクザが固めてて、その爺さんがボソッと一言命令すれば、
たちまち何億もの金が動いたり、何人もの人が死んだりするんだ・・・
そんな妄想が暴走してるいると、再び扉が開いた。
そして俺は思わず目を見張った。
「目が覚めたか」
「・・・」
そこに現れたのは、ヤクザの金型でもなければ、しょぼくれた爺さんでもなかった。
ジーパン姿の若い男だった。




