第10話 終焉
「コータさん!」
俺はできるだけ小声で、
でも中に届くように、窓の真下からコータさんを呼んだ。
「篤志!?」
中からコータさんの驚くような声がした。
「はい!組長に連絡しました!」
「お前、なんで戻って来たんだよ!?どっかに隠れとけ!」
「だって、コータさんと美優ちゃんが心配だから!」
「お前だって危ないことにかわりないだろ!後で統矢さんと探しに行くから、
安全なところで待ってろ!」
「でも・・・」
そう言いかけた時だった。
「おい!!てめえ、何でそこにいる!」
男達の一人が、外に出てきて俺を見つけた!
やばい!!!
「くそ!」
俺は男と反対の方向に全力で走った。
どうしよう。
一度、この雑居ビルを離れた方がいいか?
でも、組長が近くまで来たとき、コータさんがいるのがこのビルだって分からないかもしれない。
周りには似たようなビルがたくさんある。
俺は仕方なく、ビルの周りをまわるように逃げた。
男も追いかけてくるけど、足には自信がある。
さっきは美優ちゃんを抱っこしてたから捕まったけど、
今度は簡単には追いつかれないぞ!
だけど、男は俺のそんな考えはお見通しだったらしい。
なんと途中で逆周りを始めたようだ。
つまり・・・
ものの3分も経たないうちに、俺とその男は真正面から出くわした。
「うわ!」
「いい加減諦めやがれ!!」
俺はもう一度男に背を向けて走り出そうとした。
でも勢い余って足が絡まる!
こける!!!
「篤志!」
遠くから俺を呼ぶ声がした。
目を凝らすと・・・組長!?
そう、車から降りた組長が立っていたのだ!!
「組長!」
俺は前につんのめりながら、必死で組長めがけて走った。
「来い!」
組長が両手を広げてかがみ込む。
俺は何も考えずに組長の腕の中に飛び込んだ!!
「くみちょお~!!」
俺はもう半泣きで組長の胸にしがみついていた。
「よしよし、よく頑張った」
組長は俺を抱きしめながら頭をなでてくれた。
俺は安心して、後ろを振り返る。
俺を追いかけてきた男が、少し離れたところで立ち止まり、
俺と組長を見ている。
「組長・・・」
「お前らの負けだな」
「・・・はい」
そうだぞ!
お前らの負けだ!!
ざまあみろ!!!
だけど、その男は安心したように笑いながら俺達に近づいてきた。
「遅いですよ、組長。こいつ捕まえちゃったら、殴るか蹴るかしないといけないとこだったじゃないですか」
「文句ならコータに言え。あいつの行動が遅すぎる」
「あはは。それもそうですねー。もうちょっと早く何か行動を起こすと思ってたから、
待ちくたびれちゃいましたよ」
・・・おい?
「く、組長?」
俺は不信感たっぷりな目で組長を見上げた。
「ああ。悪かったな。コータがお前を試すのに便乗して、俺もコータを試させてもらった」
「・・・」
「おい、大丈夫か?」
今度こそ俺は、組長の腕の中に完全に倒れこみ起き上がれなくなった。
組長に抱えられたまま雑居ビルに入り、コータさんが閉じ込められた部屋へ向かった。
扉を開くと、小窓がある壁にもたれかかってグッタリと座り込むコータさんの姿が見えた。
でもさすがはコータさん。
ニヤニヤする組長と、抱きかかえられた俺と、その後ろの男達を見て全てを悟ったらしい。
ジロっと組長を睨み上げて言った。
「・・・統矢さん」
「なんだ?」
「俺、廣野組辞めます」
「かまないけど、ついでに篤志も連れて行けよ」
「・・・それは面倒臭いから嫌です」
面倒臭いってなんだ。
「コータ。お前、怪我してるじゃないか」
「怪我してるじゃないか、じゃないですよ!!メチャクチャ痛いんですから!!!
やりすぎです!!」
「これくらい手の込んだことしないと、途中でお前に気づかれるからな」
と、組長は悪びれた様子もない。
それにしてもコータさん、やっぱり痛かったのか。
早く病院に行ったほうがいいな。
「美優は!?」
「ああ。こっちの部屋です」
男がコータさんに肩を貸しながら、隣の部屋へ連れて行く。
扉を開くと・・・
「あー!パパ!入ってこないでえ!」
と美優ちゃんの元気な声。
覗き込むと、アンパンマンのDVDを見ながらアイスクリームをペロペロと舐める美優ちゃんがいた。
甘い物を食べてるところをパパに見つかったのでバツの悪そうな表情をしている。
「あーあ。みつかっちゃった。でも!これ、美優のだからね!
おじちゃんたちが美優にくれたんだもん!!」
コータさんは床にひっくり返った。
「俺、人間不信になりそう」
「それ、俺のセリフです」
「・・・それもそうだな」
今度こそ家に向かう車の中。
後部座席では、俺だけではなくコータさんもグッタリだ。
組長に手当てしてもらった包帯が痛々しい。
元気なのは、しっかり昼寝をし、しっかりとアイスを完食した美優ちゃんだけ。
「2回も同じオチなんて面白くなさすぎです」
「だよな・・・」
組長は、コータさんが俺を試すだろうと予想し、
先に、コータさんが声をかけそうな若い組員に、
「コータから篤志を試す話をもちかけられたら、俺に教えろ」
と言っておいたらしい。
で、この計画が実行されたわけだ。
「なんで今更俺を試す必要があるんですか」と文句タラタラのコータさんに、
組長はバッサリと「俺から見ればコータも篤志も同じくらいガキだ」と言った。
その時のコータさんのふくれっ面はまさに子供そのもの。
気のせいか美優ちゃんのふくれっ面と似てるし。
血は繋がってないのに、親子って似るんだな。
「着いたぞ」
「言われなくてもわかってます」
後ろの車から降りてきた組長が、
コータさんに声をかける。
コータさんはまだ不機嫌みたいだ。
「さっき篤志に聞いたが、なんだ、コータ。お前は全部篤志に任せて、
部屋で伸びてただけじゃないか」
く、組長。俺、そんな言い方してませんよ?
「コータもまだまだだな」
「・・・」
「篤志に何か褒美でもやっとけよ」
コータさんは、はあ、とため息をついた。
もはや組長に言い返す気力もないらしい。
「・・・何がほしいんだよ?」
「え?何かくれるんですか?」
「ああ」
「うーん、どうしよう・・・」
コータさんの家に来てから、何不自由なく暮らしてるからな。
今更何が欲しいって言われても。
「あ!そうだ!何でもいいですか?」
「・・・バカみたいに高いものじゃなけりゃな」
「お金はかかりません」
「じゃあ、なんでもいいよ」
「俺が大人になったら美優ちゃんをください」
「・・・」
「美優ちゃん。お兄ちゃんのお嫁さんになる?」
「うん!」
美優ちゃんが俺のほっぺたを両手で挟み、ムギューっと口にキスをした。
かわいいなぁ。
「だ、ダメだ!」
コータさんが慌てて美優ちゃんを俺から引き離す。
「なんでもいいって言ったじゃないですかー」
「そうだぞ、コータ。男に二言は無しだ」
「もー!統矢さんは黙っててください!!」
組長と俺と美優ちゃんが笑う中、
コータさん一人が真っ赤になって怒っていた・・・




