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18.嵐のレディ

お読みいただきありがとうございます

 どうも僕は、寝る直前に考えていたことをうっかり忘れてしまう性格らしい。

「そう言えば、昨夜お前が描いた魔法陣はちゃんと消したのか?」

 朝寝ぼけまなこのまま出発して、そろそろ最初の休憩を取ろうかという頃に、僕の耳元でパージの声が響いた。

 イケボに囁かれるのってドキドキするんだよ。やめてよ。

「魔法陣?――あ」

 すっかり忘れてたよ……。

 僕の言葉に耳元でパージの溜息が聞こえた。

「――あの宿屋、これから繁盛するだろうな」

 うう――言ってよね。


 そんなやり取りをしながらも、僕達は四日目の夕方にはシニストロの町に到着する事ができた。

 アーノンさんはそのまま町長の所に向うというので、僕達は先に宿屋に向かう事にした。

「この町で一番大きな宿屋だ。行けば分かる」

 アーノンさんはそう言うと、さっさと草竜を走らせた。

「この町には来た事があるの?」

 僕は背中のパージに尋ねた。

「ああ。王国の首都に行くときは必ず泊まるし、たまにこうやって依頼で来ることもある」

 と、いう事は何度か来てるんだな。


 シニストロの町は国境地帯の町らしく、大きくて沢山の人が行き交っていて賑やかった。

 村の入り口には見上げるほど高い砦が建てられていて、以前見た夢を思い出した。とてもよく似ているけど、あれは数千年も前に建てられたのだし、アソンの村よりももう少し西にあったんだ。ここにあるはずがない。

 砦は国境を守るにふさわしく、高く厚かった。ここを破るのは難しいだろうと思わせるだけの造りで、あちこちの物見塔からは常に兵士の目が光っていた。

「立派だろう。ここは130年前の戦争で一度は崩れたんだがな。それから更に丈夫に建て直されたんだ」

 僕が呆気に取られて眺めていると、衛兵のおじさんが教えてくれた。

 砦を超えると、街道が村の中心部を突き抜けていた。

 馬車――この世界では獣車――が2台は余裕ですれ違える道幅に、歩道まである石畳で整備された立派な道路だ。

「この道は首都まで続いている。王国の主要な領地にも繋がってる。――その先の外国にも、だ」

 パージが教えてくれた。

 公国と王国を繋ぐ街道は、石畳で舗装されていて輸送効率は格段にいい。自動車がない代わりに草竜が曳く獣車や、牛を更に大きくしたようなマーヴという魔獣が曳く荷車が快適に運行できる。

 街道の両脇には夕方だって言うのに色々な露店が並び、美味しそうな匂いが漂っている。

「父さんが戻ってきたら飯にしよう」

 ようやくまともなご飯にありつけそうだと、パージも機嫌がいい。

 旅の間は、ゆっくり食事をする事も難しく、携帯食の干し肉や硬いパンくらいだった。道中の村でも宿屋や酒場のある所はほとんどなくて、干し肉や飲み物を買い足す程度。昨日の宿屋なんか麦粥に野菜くずのスープだよ。――パージのご飯が恋しいよ。

「大森林で野営する時の方がマシなもんが食える」

 ってアーノンさんでさえ嫌そうにしていたくらいなんだから。


 この町で一番大きい宿屋は、町の中心部分にあった。

 一階には酒場もあって、いい匂いがする。

「降りられるか?」

 先に降りたパージが僕に手を出してくれる。お母さん――もとい、パージは旅の間、草竜に乗り慣れない僕の乗り降りをこうやって助けてくれている。

 休憩する時なんかは、草竜を座らせられるんだけど、こういう町中では周りの迷惑になるから座らせられない。そういう時はこうやって手を出してくれるんだ。情けないけど有難いよ。

 やっと旅も終わりと気が抜けてたのかな。草竜を降りようとして足を滑らせた僕は、パージの胸に飛び込むような形で落ちてしまった。


「はぁぁっ!」


 女の人の悲鳴と金属の何かが落ちるような音がして、振り向くとすぐそば長い金色の髪を夕陽色に染めた女の子が両手で口を覆って僕達を見て立っていた。

 銀色の胸当てと小手を着けて、足元には同じように銀色の鞘に入った剣が転がっている。

「こ――こんな町中で、だっ……だき合うなんて……なんて尊――いえ、恥知らずな」

 覆っている口元がにやけている。――とても既視感のある表情だ。

 元の世界の同僚にいたお腐れ様がよく浮かべていた。

 女の子は僕よりも小さくて、空の色のような青い瞳をしていて、黙って立っていたら人形じゃないかと思うくらい美人だ。

「なんだお前」

 僕を離してパージが彼女に向き直った。

 彼女は我に返ったようで、すぐに表情を戻すと口元の手を胸の前で組んだ。

「あら、失礼ね。レディへの口の利き方じゃないわ――私、そこの宿屋に入りたいの。どいていただけるかしら」

 彼女の言葉にパージは僕の肩を抱いて脇に避けた。瞬間、顔を真横に背けた彼女から「はぅっ」って声が聞こえたのは気のせいじゃない。

 彼女はすぐに顔をこちらに向けると「ありがとう。――では失礼」と言って目礼して僕達の前を通り過ぎようとした。

「あの――剣、忘れてますよ」

 彼女が落とした剣を拾って、彼女の背中に声をかけると、彼女は慌てて戻ってきて僕から剣をひったくって、顔を真っ赤にして立ち去ろうとした。

「おい。待てよ。拾ってもらって礼もないのか?レディってやつは」

 パージのグレーの瞳に侮蔑の色が浮かんでいる。怒ってるやつだこれ。

「パージ、いいじゃないか。相手は小さい女の子だろ」

「小さいですって?」

 彼女はすごい剣幕で僕とパージを睨んだ。小さいのに迫力が物凄い。

「大事な剣を拾っていただいた事には感謝するわ。――では失礼」

 早口でそう言って、軽く腰を落として礼をすると、彼女は乱暴に扉を開けて宿屋に入って行ってしまった。

「なんなんだ、今のは」

 その後ろを呆れ気味に見つめながら、パージが呟いたのが聞こえた。

 ほんと、嵐のような人だったなぁ……。


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