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16.不思議な夢を見た

お読みいただきありがとうございます

 『錬金術の歴史』や『魔法陣の研究』によると、この世界でも戦争や争いは繰り返し起こっていたようだ。

 かつては、魔法を戦いに使う為の研究もされていたようで、現在使われている武器の多くに魔石や魔法陣が組み込まれているのもその名残りだ。

 それでも、この200年の間ではオシュクール公国とアンドレア王国の戦争以外では大きな戦争は起きていない。

 ――と、言うのも全ての国の領土には森が存在する。そして、森には魔獣が生息していて、その数を減らさないと溢れた魔獣によって領地が侵略されて森が広がってしまう。

 人間同士で戦っている間に、後ろから魔獣にやられるんだ。

 オシュクール公国だってそうだった。ハンターすらを戦争に駆り出した結果、溢れた魔獣(スタンピード)によって多大な被害を出してしまった。

 かつてオシュクール公国の西側にも国は存在していたのに、みんなハンターを育てなかったり、戦争した結果大森林に飲まれてしまったんだ。

 ――そんな事を読んだせいだろうか。

 眠っている間に夢を見た。


 今よりもっともっと昔みたいだ。アンドレア王国はとても大きな国で、今の公国がある場所よりも更に西側まで領土が広がっていた。

 アンドレア王国と並んで大きな、帝国と呼ばれる国が王国の西側にあり、大陸を二分する勢力だった。

 大陸はヒョウタンのような形をしていて、海に囲まれた西側にアスラン帝国、山に囲まれた東側にアンドレア王国があった。

 帝国は圧倒的な物量で、長い長い戦いの末、王国を今の公国があるヒョウタンのくびれになっている辺りまで追いやっていた。

 王国は大陸の北側にある国々と同盟を結び、帝国は大陸の海を渡った南側と同盟を結び、それぞれの海でも当然のことながら戦いは繰り広げられていた。

 まだ魔力が特別だった時代。

 王国には優秀な魔法使いが二人もいた。

 アベル王子と、その師匠のジュノア師だ。

 圧倒的な魔力を持ち、魔法の才に長けた王子と、王子ほどではないけど、それでも僕がこれまで見た誰よりも魔力量が大きく、細やかな魔法制御に長けた魔法使いのジュノア師。

 二人は、激戦区だった今のアソンの村がある場所からもう少し西側――今の大森林の中程――で砦を守っていた。たった二人きりで、数十万の兵士を相手に。

 繰り出される鮮やかな魔法は、一撃で数百もの兵を打倒していた。

 4年も続く戦いで、どちらの国も疲弊していた。

 少ない兵を他の戦地に回したいと、アベル王子は自らこの砦の防衛を買って出た。ジュノア師も師匠として一緒に戦うと言った。

 そして、最初は2万はいた兵も次第に力尽きて、今ではジュノア師と二人だけになってしまった。この砦を落とされれば、王国は更なる後退を余儀なくされる。国土を、民を失う事になる。

 アベル王子は魔力が尽きる寸前まで戦っていた。それこそ、命を燃やして。

 ある日、敵の攻勢が弱まった隙に、兄のトバルがやってきた。

 兄を敬愛し、兄に仕える事を至上の喜びだと言っていたアベル王子は兄を歓迎した。

「兄さん――我が王よ」

 アベル王子の顔は見えない。それでも、嬉しそうな声は僕に話しかけてきたあの声と同じだった。


「――い、おい、起きろ」

 パージにシーツを剝ぎ取られて、文字通り叩き起こされたのは、日も昇りきった頃だった。

「夜中まで読んでるからだ。――もうすぐ父さんが返ってくる。昼飯はちゃんと食えよ」

 ――なんかリアルな夢だった。

 僕はのそのそとベッドから出ると、水道で顔を洗って台所兼食堂の土間に行った。

 石畳が敷かれた土間はひんやりと涼しい。

 思えば、僕がこの世界に来てから二十日程経った。時間の進み方は違うのに、不思議なことに季節は元の世界と同じで、この世界も夏は暑い。でも、日本のように湿度の高い暑さじゃない――とはいえ、やっぱり暑いのは暑いから、石造りのこの家はとても涼しくてありがたい。石って意外と熱伝導率が低いからね。

「なんか変な夢を見たんだ」

 僕は水瓶から水をすくって冷たい水を一気に飲んでから、料理をしているパージの背中に言った。

 いくらこの世界が衛生的でも、水道水をそのまま飲むのはよろしくない。それはこの世界の人達も同じようで、水瓶に水を貯めて煮沸して消毒している。電気ケトルみたいなもんで、水瓶に魔法陣が仕込まれていて、魔力を注ぐと魔法陣が熱を出してあっという間にお湯になる。驚くのはその後だよ。

 なんと、沸騰したら今度は急速に冷やす魔法が発動して、水瓶の中は冷たい水になるんだ。

 その間なんと10分。ひとかかえもある水瓶をそれだけの時間で熱して冷やすなんて魔法って本当凄い。

 この魔道具はとても高いらしく、平民では持てないって教えてもらった。

 ――もしかして、アーノンさんってお金持ちなの?

「どんな夢だよ」

 僕がお水をお代わりしていると、興味なさそうにパージは振り向きもせずに返事をしてくれた。

「アベル王子が出てきた――と思う」

 よく覚えていないけど。

「本を読んで感化されたんだろ」

 パージの素っ気ない返事に、僕は少しムッとしたけど、確かに寝る直前までリディさんの本を読んでたしな。

 そう言えば、何か気になる事があったような――今日起きたら調べようと思ってたんだけど、なんだっけ。

 料理をするお母さん――もとい、パージの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、僕はすっかりこの生活に慣れてしまった事に気が付いた。

 この世界に落ちてきた時に来ていたスーツは村長に預けていて、今はパージのお古を着ている。

 靴は流石にサイズが合わなかったので、アーノンさんが新しいのを買ってきてくれた。ハンター用の靴らしく、ソールがあのサイの魔獣――サイノスって言うらしい――の皮でできていて、厚みがあって弾力があり動きやすい。

 ゴム底のスニーカーみたいな感じって言えばわかるかな。

 初めは荒い麻の生地の着心地や、硬い皮の履き心地に慣れなかったけど、今ではすっかり当たり前だ。

 この家では家事はパージの役割らしく、今では僕も分担している。

 流石に料理はできないけど、洗濯や掃除くらいはできるようになったんだ。と、言ってもこの世界でも布地は高級品なので、頻繁には着替えないし何着もあるわけじゃないんだけど、アーノンさん達はハンターなので狩りに出るたびに汚れちゃうから洗濯は割と多いんだ。

 必然的に料理はパージの担当なんだけど、パージの料理は美味しくて、物流がスムーズに行われているとはいえ、砂糖や香辛料なんかの調味料が高価なこの世界で、素材と少しの塩だけでいつも美味しい料理を作ってくれるパージは本当いいお母さんだよ。

「なんだよ、その気持ち悪い目つきは」

 出来上がった料理を皿に盛りつけてテーブルに運んできたパージが僕を睨む。

 そして、見計らったようにアーノンさんが帰宅してきたので、僕はパージからそれ以上怒られる事は避けられた。

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