15.楽しいお勉強
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リディさんが遺した本は、『錬金術の基本』『魔法陣の研究』『錬金術の歴史』『金属の加工と錬成』『薬草の効能と調合について』の五冊だった。
この村には本屋なんてない。商店も食材や素材、鍛冶屋を兼ねた武器屋程度で、本当に必要最低限といったラインナップだ。村で手に入らないものは、素材の買取に来る商団に依頼するらしい。アソンよりも小さかったあの村でこれだけの本を集めるのはどれだけ苦労しただろう。
ハンターは基本的に村から離れられない。魔獣の襲撃に備える為だ。
だけど、時々討伐の依頼で村を離れる事もある。
それが、あの時だとパージは言っていた。パージとアーノンさんが依頼で村を離れている間に起きた魔獣溢れ。
全て崩れて燃えてしまったあの村で、この本だけはこんなに綺麗な状態で残っていたんだと言ってた。――そんな大事なものをお借りする。
確かにエイクの言う通り、錬金術師だと言ってしまえば、ある程度魔法が使えても不思議じゃない。それに、この村には錬金術師がいないそうで、日常的に使う着火や灯りのスクロールは商団から購入しなければいけないので、他の大きな町や村よりも高くなってしまう。
そりゃそうだ。
強いて言えば、ここは最果ての村。街道も遥か手前の町で途切れているほどだ。それでもこんな場所にまで商団が素材を買いに来るのは、ここで取れる魔獣の素材が公国の他の村と比べて、質のいい素材が手に入るからだ。
他の森や山も魔力が濃くて魔獣がいる。けど、大森林の魔獣は他所とは違うんだそうだ。大きくて丈夫で魔力を多く含んでいる。
だからこんな危険な場所にだって商団は素材を買いに来るし、日用品なんかを売りに来る。上手くできているもんだ。
アーノンさんの家に戻って早速読んだ錬金術の本はとても面白かった。思いがけずこの世界でよく使われる魔法陣を知ることができたし、彼らの魔法陣――というか、古代語に対する理解がどの程度かも知ることができた。
驚くことに、古代語については全くといっていいほど理解はされていなかったけど、魔法陣についてはほぼ正確に、その魔法陣がどのような役割でどう使うのかという事は理解されていた。
――と、言うのも魔法を解析する能力というのがあるらしい。
魔法陣の研究の作者はその能力の持ち主だったのだと書いている。
魔法の解析――といっても、古代語を理解できるようになるのではなく、その魔法がどのような魔法か、そしてどう影響してどう使えばいいのかを知る事ができるのだそうだ。
だから、魔法陣の中で「ここの部分は熱を操作する」っていう事はわかるから、面白い事にこの世界には冷蔵庫がある。
冷蔵庫といっても、家庭用の小さいのでもパッキンのついた密封型の箱でもなくて、保存庫と呼ばれる部屋のようなものだ。
素材を保管しておく必要があるハンターの家や食糧を扱う店には必ずある。もちろんアーノンさんの家にもある。
どうしてもそれなりの量の魔力の注入が必要で、使うには大きめの魔石を使うか魔力を入れるしかなくて、平民にはどちらも難しくて、村の人たちは共同の保管庫を使っているらしい。
みんなでお金を出し合って維持してるそうだけど、払えなくなると使わせてもらえなくなるんだって。異世界でもお金は重要だ。
この保管庫は300年前に解析された魔法陣の一部を使って作られたもので、現在では一般的な魔法として使われていると『魔法陣の研究』には書かれていた。
ちなみに元の魔法陣は防寒の魔法だったようだ。
他にも『金属の加工と錬成』には鉄と魔獣の骨を組み合わせて、魔力を通しやすい金属を作る方法なんかも書いている。
この本によると、この世界の金属は残念なことに僕のいた世界と同じで、鉄、銅、金、銀といった普通の金属しかないようだ。
そりゃそうか。息ができるって事はこの世界の空気も酸素や二酸化炭素なんかで構成されているわけだ。と、言う事は元素だってほぼ同じなんだろうし。
それでも、錬成すれば魔力を通しやすい金属を作れるとか――つまり、ミスリルとかアダマンタイトとかってのを自分で作れるって事でしょ?最高か!
リディさんも同じように思っていたらしく、金属の錬成について書かれているページは何度も読み込んだ跡があった。
どの本もすごく丁寧に扱っていたのがわかる。そして、どれも何度も何度も読み込んだんだろうとわかるほど、ページの端は擦り切れて、手垢で汚れていた。
この世界には印刷技術があるようで、活字ではないけども読みやすい綺麗な字で書かれた本は、ところどころ手書きで書き込みがあった。リディさんの字かな。
時々、全く違う書体もあるから、色々な人がこの本を手に入れて勉強していたんだな。
その日は夜遅くまで本を読み耽ってしまい、パージとアーノンさんに怒られてしまった。
でも、本を閉じる前にひとつだけ、気になった記述があったんだ。
それは、『魔法陣の研究』に書かれていた文章だ。
『精神を操る魔法
標的の魔力を織り込む事で、魔法をかけられた者の感情――思慕または憎悪――を操る事ができる。
魔法をかける対象は人に限らず、魔獣をも操る事が可能である。
但し、この魔法は禁忌であるため詳細の記載は省くものとする。』
魔獣にも有効な精神魔法だって――?
僕は思わず本を取り落としそうになって、慌てて両手で掬い持ったおかげで本を閉じてしまった。
もう一度そのページを開こうとしたけど、パージに叱られてしまい、調べるのは次の日にする事にした。