14.錬金術師になる?
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「なんだ今の?」
エイクの声が場の空気をやわらげた。
「このバカが何かしやがったんだ」
抜いたままの剣を僕に突き付けて、パージが吐き捨てるように言った。
「シゲル――お前凄いな!今のは何の魔法だ?見た事ないぞ」
パージの冷たい態度は気にも留めず、エイクが嬉しそうに僕の前にしゃがみ込んで、地面に描かれた崩された魔法陣を見つめた。
「えっと――僕もあんまりよくわかってないんだけど、着火の魔法陣に風を足す術式を描き足したんだ。――そしたら、多分込める魔力が大きすぎたみたいで、風が上昇気流に巻き取られて火災竜巻になっちゃった――のかなぁ?」
「何言ってるか全くわかんねーけど、シゲルが新しい魔法を作り出したって事だろ?――それ、スクロールにできないのか?」
エイクの金色の瞳がキラキラと輝いている。まるで新しいおもちゃを見つけた子供みたいだ。
「スクロールって作れるの?」
僕が驚いて尋ねると、エイクは嬉しそうに頷いた。
「当然だろ。魔法陣を正確に書かなきゃいけないから、俺達には無理だけどな」
「そうじゃなくて、特別な紙とかインクとか使うんじゃないの?」
「お前今土に魔法陣を描いただけだろ。材質なんかなんでもいいんだよ」
パージが何か諦めたように溜息をつきながら教えてくれた。
「――そうだ。お前さ、錬金術師って事にしたら?村じゃお前の事、アベル王子の生まれ変わりだの、外国の間者だの噂されてるけどさ。錬金術師って事にしたらうまく誤魔化せるんじゃないのか?」
この脳筋――たまにはいい事を言うじゃないか。
「錬金術師――ねぇ。悪くないな」
善は急げとばかりにパージとエイクに連れられて、村長の元に連れて来られて状況を説明して今に至る。
エイクの提案を聞いて、村長も満更ではなさそうに頷いている。
「ただ、こいつはこの世界の常識が皆無だから、錬金術師ができる範囲の事を教えてほしいんですよ」
「と言っても俺も通り一遍の事しか――いや、ちょっと待ってろ」
パージの言葉に、思い当たるところがあったのか、村長は居間を出て行った。
ちなみにここまで僕の出番はない。ただ勝手に決められて、勝手に連れてこられただけだ。この世界の事がわからない僕に決定権なんかないのは理解しているからいいけどさ。それよりも――
「エイクはいつになったら狩りに復帰するんだよ」
村長を待っている間、手持無沙汰だった僕は尋ねた。
僕の訓練に付き合ってくれているけど、あの事故から二十日経過している。魔力だってもう戻っているんだし、仕事しなくていいのかよ。
「そうだな。そろそろ復帰しなきゃいけないな」
微笑みを浮かべてエイクは僕を見た。金色の瞳に見つめられて、思わずドキッとしてしまう。なんて言うか、エイクって色気があるんだよ。男っぽいし脳筋だけど、こういう時の仕草とかは色気を感じる。――いや、僕は女の子が好きだし、みちるを愛してるからね。
男でも感じる色気って奴かな。
「気をつけろ。――エイクは魅了の能力の持ち主だ」
僕の肩にパージの手が置かれて、僕は我に返った。
「み――魅了の能力?」
「言うなよ、パージ。面白かったのに」
エイクはパージの肩に腕をかけてクスクスとおかしそうに笑っている。
「魅了の能力ってのは、文字通り人を惹きつけるんだ。エイクの能力は弱いが、魔獣にも通用する特殊能力だな」
「それって――」
めちゃくちゃ危ないんじゃないのか?魔獣にも効くって事は、魔獣が寄ってくるんだろ?
「だから狩りの時は獲物を探す手間が省けるんだ。相手が寄ってくるからな」
エイクが自慢気に笑った時、居間の戸が開いて、数冊の本を持った村長が入ってきた。
「かなり前の物だが、書斎にあったのを思い出した」
そう言って、僕ではなくパージに本を差し出した。
「――リディ」
パージはそう言って村長から本を受け取ると、本をじっと見つめた。
「リディは俺達より5つ上の兄貴分みたいな存在でな」
僕の隣に移動したエイクが教えてくれた。
「俺達より魔力が大きくて、魔法もうまかった。いつも本ばっかり読んでて錬金術師になるんだって言ってたんだ」
「その人は――?」
エイクの金色の瞳が潤んでいるような気がして、僕は思わず生唾を飲み込んだ。
「死んだ――お前をつれて行ったアーミットの村……あそこに住んでたんだ」
僕達の会話を聞いていたパージが振り返った。グレーの瞳が寂しそうな色を浮かべているように見える。
「魔力の報せを受けて俺達が駆け付けた時には手遅れだったんだ」
エイクが肩をすくめる。
魔力の報せってのが何なのかわからないけど、あの村には草竜でも1時間近くかかったんだ。戦える人を集めて駆け付けたとしても、最短でも1時間――おそらくもっと時間がかかっただろう。
村を襲うおびただしい数の魔獣に、アソンの村から駆け付けたエイク達ですら苦戦を強いられたそうだ。
「全員が死んでいた。その中でリディだけが辛うじて生きていた」
「あれを生きていたと呼べるのならな」
エイクの言葉に、村長は苦々しげに言葉を挟んだ。
「リディの体は酷いもんだった。左腕と右足を喰われて、体のあちこちをオヴィーに齧られていた」
「そんな姿になってもリディは立っていたんだ。立って、自分を喰おうとする魔獣達を焼き払おうと何度も魔法を繰り出していた」
村長の言葉をエイクが続ける。聞くだけで壮絶な光景なのに、この二人はそれを見たんだな。
「結界は――?」
「結界のスクロールは発動されていなかった。されていたとしても、あの数の魔獣相手だ。ひと時ももたないだろう」
村長の答えに背中に冷たい汗が流れるのがわかる。
「リディは俺達が来るまで、最後まで魔法を放っていた。リディがかなりの数の魔獣を倒してくれていなかったら、俺達でさえ危なかったかもしれない」
エイクが固く握った手を見つめる。
「俺か父さんがいれば――」
パージも視線を落とした。
「この本だけは焼けずに残っていたんだ。リディが大切にしていた本だ。役に立ててくれ」
村長の言葉に、僕は頷くしかなかった。