12.ひみつのお母さん
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体が起こせるようになった頃には、僕の魔力はパージ達と同じように体にぴったりと膜が張ったようになっていた。
ただし、その厚さはパージ達に比べると異様に分厚い。パージの言う通り、僕の魔力は桁違いに多いらしい。
それでも、以前感じていたように魔力を垂れ流している状態ではなくなっていた。
不思議な事に、あの声は聞こえなくなっていた。でも、なんとなくだけど、僕が魔力の事や古代語とか色々な事を理解できたりするのはアベル王子が手助けをしてくれているんじゃないかと思えた。
それでも、身体強化はうまくいかない。そこは手助けしてくれないんだな。
「魔力の制御がうまくできるようになってるんだから、身体強化もすぐにできるようになるさ」
まだ魔力が回復しきっていないエイクも、僕を手伝ってくれている。
「二人の魔力の使い方を見てたら、なんとなく理解はできるんだけど、コツがつかめないんだよね」
目の前に置かれた直径1メートルはある切り株に、僕は座り込んだ。
身体強化ができたらこのくらい軽々と持ち上げられると言われて、どこからか持ってこられた切り株だ。何キロあるんだよ。びくともしないよ。
「お前――魔力が見れるのか?」
パージが驚いたように僕を見る。エイクも口を半開きにしている。
「え?だって君達も見れるんじゃないの?僕の魔力量がどうのこうの言ってたじゃない」
「バカ。魔力なんて誰でも感じれるだろ。見るのと感じるのは違うんだよ」
パージの言葉にエイクも口を半開きのまま頷く。マジか。
あれかな?霊感あるのと霊を見れるのはまた別、的な――?
「魔力を見れるのは能力だ。普通は見れない」
エイクが教えてくれた。
「魔力視の能力は大抵医者になるな。貴族や王宮に召し抱えられると一生食いっぱぐれはないな」
この世界は怪我は治癒師が、病気は医者が治すらしい。病気は大抵魔力と関連するため、魔力の異常を見る事ができる魔力視の能力者が医者になるんだそうだ。
「お前の魔力量に魔力視の能力なら、貴族どころか王国の王宮でさえ欲しがるだろうから、危険な思いまでしてハンターになんかならなくてもいいな」
「やめてよ、パージ」
揶揄うようなパージの言葉に僕はムッとしてみせた。僕が泣いていた事はパージとアーノンさんしか知らないんだから。
パージはグレーの瞳に意地の悪そうな色を浮かべてニヤリと笑っている。
分かってて言ってるな――意地の悪い奴。
せっかく僕が今の状況と向き合って、アベル王子の元に行く決意を固めたって言うのに――いや、固めてない。怖いもん。
その恐怖が魔力を委縮させているのはわかっているんだ。
「とりあえず、なんとなくわかってるならできるはずだ。――命懸けとなりゃな」
そう言うと、エイクは立てかけてあった自分の剣を抜いた。
ぼ……僕の方を向いて剣を構えているけど、何をするのかな?
「大丈夫だ。最初は俺も身体強化はしないでいてやる――それでも強いけどな」
そう言うと、エイクは剣を僕に剣を振り下ろした。
「殺す気か!」
すんでのところで剣を躱せたのは奇跡なのかわからないけど、とりあえず僕はまだ生きてる。
「大丈夫。身体強化さえできたら余裕で躱せる速さだ」
「この――脳筋野郎!」
躱せなかったらどうするんだよ!パージも見てないで止めてよ!
――結果的にその日のうちに身体強化をマスターする事ができた。
最初に僕が躱せたのは奇跡なんかじゃなく、エイクがわざと逸らしてくれていたようだ。
その後も全て寸前で躱せる軌道で剣を振っていたエイクってすごい。
おかげで必死で逃げながらいつの間にか身体強化を会得して、その後は身体強化をしたパージとエイクにぼっこぼこにされてその日は終わった。
そして、次の日。
僕はまた寝込むことになった。
魔力の使い過ぎ?――ううん。筋肉痛だよ!
すごいよね。身体強化ってこんなに筋肉痛になるんだね。
「そりゃ、普段使わない筋肉を魔力で底上げするからな。体が付いてくるようになるまではこの繰り返しだ」
ベッドから起き上がれない僕にパージが笑いを堪えながら言った。こうなる事はわかってたんだね。――ってか、この辛いのを何回も繰り返すの?死ぬよ?僕。
「一回できたくらいで身に着いたら苦労はないだろ。当たり前にできて体が付いてくるまでは仕方ない。――これはシスルの花を煎じた茶だ。飲むと楽になるぞ」
パージは僕を抱き起しながら水差しを僕の口に突っ込んだ。途端に流れてくるシナモンを煮詰めたような匂いに吐き出しそうになる。
「吐くなよ。全部飲め」
グレーの瞳に睨まれて、僕は涙を浮かべながら頑張って飲んだ。おえっ。
これを実に十日も繰り返して、僕はようやく身体強化とそれを使いこなす体を手に入れる事ができた。
シスルの花は薬草にも使われていて、体の魔力の巡りを助けてくれる効果があるらしい。魔力の巡りがよくなれば疲労や多少の怪我ならすぐに治るそうで、事実、シスルの花薬を飲んだ次の日には筋肉痛は治まっていた。
そして、また地獄のようなパージとエイク――時にはキールやジェインも混ざって、僕を追いかけまわすと言う訓練を続ける事十日。元の世界では考えられない速さで、僕の体は以前の筋肉とは無縁なもやしっ子体系から、そこそこ筋肉質な細マッチョへと変貌を遂げたんだ。
もちろん、ぶっ倒れては回復してを繰り返していたんだけど、その間、パージは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、まるでお母さんみたいだなって思ったのは内緒にしておこう。