第67話 一難去りました?
一話投稿します。ジークフリートの愛称がジークになってしまったので、第10話のテッドの護衛仲間の”ジーク”を ”ジャン”に直します。
「あら? お二人ともどうかなさいました?」
「メルディア様っ……」
突然現れたフィーラに、アリシアが慌ててエルザの肩から手を離す。
「……何でもございませんわ」
しかし、アリシアが狼狽えたのは一瞬だ。すぐさま落ち着きを取り戻し、明るい茶色の瞳でフィーラをねめつけてきた。
「メルディア様こそ、こちらで何を?」
「わたくし? 庭の散策をしていたら、たまたま声が聞こえたものだから気になってしまって……」
少々白々しいかもしれないが、声が気になったのは確かだ。
「まあ! メルディア公爵家のご令嬢が、なかなか物見高い真似をなさるのね」
「そうよね? けれどあまりにも大きな声で物騒な内容だったものだから何かしら面倒ごとでもおこっているのかしらと思って…」
「ま、まあ。少し声が大きすぎたかしら? でもご心配いりませんわ。わたくしとエルザ様は同じ国の候補同士。お互いを励まし合っていたのですが、気合が入り過ぎてしまいましたわね」
アリシアが同意を求めるようにエルザを見て微笑む。
「…ええ」
エルザが小さな声で答える。さきほどのアリシアの糾弾には無言だったのに、今は事を荒げたくないということだろうか。
「そうなの? では、わたくしの心配のし過ぎでしたわね。ああ、そういえば、お二人の生国は、確かフォルディオスでしたわね。わたくしの兄がフォルディオスの第二王子であるジークフリート様と親しいの。今度ゆっくりお話ししてみたいわ」
誰と、とは言わずにフィーラがにっこり微笑むと、アリシアもにっこりと微笑み返した。しかし口の端がわずかに痙攣している。釘を刺されたことに気が付いたのだろう。これ以上エルザに難癖をつけるなら、兄を通してジークフリートに告げ口するぞ、と。
「……わたくしそろそろ戻りますわ。ではエルザ様、メルディア様、ご機嫌よう」
さらに噛みついて来るかと思ったアリシアは、意外にもすんなりと去っていき、あとにはフィーラとエルザが残された。
――…これはこれでどうしましょうか? わたくしも、じゃあ、これでというわけには行かないわよね?
「あの……ありがとうございました」
フィーラがどうしたものかと考えていると、エルザが礼を言ってきた。先ほどよりも声がはっきりとしている。女性にしては少々低めの声だったが、透明感があり美しい声質だ。
「いいえ。わたくしこそ、盗み聞きなんて真似をしてしまって失礼しましたわ」
「……聞いていましたか?」
「ごめんなさい。聞こえてしまったわ。あなたがジークフリート様の従妹だということ」
「いえ、お気になさらず。特に秘密にしているわけではありませんから」
「そうなのね……」
それ以降、会話が途切れてしまう。そろそろ潮時だろう。ここら辺でフィーラも切り上げよう、そう思っていると、エルザがまた話し出した。
「あの……メルディア様は」
「フィーラでいいわ」
現金なもので、ジークフリートの従妹と聞いてからフィーラはエルザに対して親近感がわいている。
「フィーラ様は、ジークと仲がよろしいのですか?」
――まあ……エルザ様はジークフリート様をジークと愛称で呼んでいるね。
本当に仲が良いのだろう。きっと幼い頃から良い関係を築いてこなければ、愛称呼びなどという関係にはならない。フィーラとサミュエルとは大違いだ。少しだけうらやましいと思ったが、サミュエルと愛称で呼び合う姿を想像したら鳥肌がたった。
――いえ、やっぱり羨ましくないわ。
「わたくしと仲が良い……というよりは先ほども言ったように、わたくしの兄とジークフリート様が大層仲が良いみたいで、わたくしのことは兄の妹なら自分の妹も同然だとおっしゃってくださいましたの。もちろん、それは社交辞令でしょうけれど…」
「ジークが、ですか……。そうですか、妹のように」
エルザは何やらうんうんと唸りながら、つぶやいている。
デュ・リエール以降、ジークフリートはよくフィーラのもとを訪ねてくる。
兄と一緒のときもあるが、最近はジークフリート一人で訪ねてくることもあった。気を使ってか教室に訪ねてきたことはなかったが、図書館や食堂、中庭にいるときなどはよく顔を出していた。
よくそう頻繁にフィーラを見つけるものだと思うのだが、フィーラの普段の行動は大体決まっているので、ジークフリートも見つけやすいのだろう。
――もしかしたら、お兄様に聞いて友人の少ないわたくしを気にかけてくれているのかもしれないわね。
ジークフリートの行動はまるで、友人のいない妹を心配する兄のようだ。ロイドの妹なら自分の妹同然と言っていたのは、案外本音なのかもしれない。
「ねえ、エルザ様?」
「はい?」
「あの、余計なこととは思うのですが……その、前髪が」
「前髪……ですか?」
「ええ。その、目にだいぶかかっているようなので、気になってしまって。そのままでは目を悪くなさるのではないかと……」
「目を……ですか?」
「ええ」
――あら? この世界って、目が悪くなる原理って解明されていなかったかしら?
「目から見える位置のすぐ近くに前髪があると、目は無意識にそこに焦点を合わせてしまうのです。それがずっと続くと、逆に遠くを見ようとしたときに、今度は遠くに焦点が合わせづらくなるのですよ」
――確かこんな感じだったわよね? 違ったかしら?
「そうなのですか?」
「……ええ。あの、わたくしの周りで、そうやって目を悪くした方がいたもので…」
「そうですか……それはちょっと困りました」
「えっ?」
「いえ。教えてくださりありがとうございます」
エルザはぺこりと頭を下げ、そして頭をあげてからにこりとフィーラに微笑んだ。
――あら? 何かちょっと、イメージと違うわね、この方。
とても大人しい物静かな少女かと思っていたが、親しく話をしてみるとなかなか快活な印象を受ける。やはり、人の本質は表面だけ見ていてはわからないものなのだろう。
「どういたしまして?」
フィーラがそういうと、エルザはまた、嬉しそうに微笑んだ。




