第49話 デュ・リエール6
兄とのファーストダンスを踊り終わったあと、フィーラの周りには、人だかりが出来ていた。
――ええ、もちろん。わたくしではなく兄が囲まれているのですけれども。
「ロイド様! 次はわたくしと踊ってくださらないかしら!」
「いいえ! わたくしと!」
「何を言ってらっしゃるの? あなたでは家格が違いすぎましてよ!」
「今日ぐらい良いではありませんか!」
「ねえ、ロイド様?わたくしとフリッツ家のパーティで踊ったこと、覚えていらっしゃいます?」
「踊ったことがあるのなら、今日は遠慮したらいかがかしら?」
「いやよ! 今日は特別な日なのよ」
「あなたたち、ロイド様が困っていらっしゃってよ? わたくしとはいかがかしら?」
次から次へと令嬢たちからロイドへのお誘いの声がかかる。フィーラのことなど、まるで目に入っていないかのように、まったく遠慮がない。
――クリスから聞いてはいたけれど、実際目にするとすごいわね……。でも何が一番すごいって、お兄様が、この間ずっと笑顔でいることよね。
ロイドは令嬢に対して、基本優しい。
他の令息たちが優しくないわけではないだろうが、ロイドはとにかく人当たりが良いため、令嬢たちも声が掛けやすいのだろう。
ロイドの公爵家嫡男という身分からすると、普段はここまであけすけに声はかけにくいはずなのだが、今日という日は、皆そんなことなどお構いなしだ。
「君たち。今日は妹についていたいんだ。一人にするのは心配だから……ごめんね?」
ロイドの言葉に、集まっている令嬢たちの視線が、一気にフィーラへと注がれる。
――お兄様……わたくしのせいにしたわね!
令嬢たちの視線を受けたフィーラは、とりあえずにっこりと微笑んでみた。
きっと怒るのだろうなと思っていたフィーラだったが、皆思いのほか素直に引いてくれた。ただし、去り際の一睨みを忘れない強気な令嬢もいたのだが。
「お兄様……わたくしをダンスを断る言い訳に使いましたわね」
フィーラは兄の罪悪感をあおるため、これ見よがしに頬をふくらませて見せた。
「違うよフィー。僕は今日、なるべく君から離れないと誓ったからだよ」
「もうそんな子供じゃありませんわ」
「子供じゃないから心配なんじゃないか」
「でも、デュ・リエールなのに兄としか踊らないなんて、さすがに淑女としてどうなのかしら?」
「僕の許した相手なら、踊っていいと言ったろう?それにちゃんと相手は用意してある」
「ええ⁉」
――過保護すぎるわ、お兄様……。というか、わたくし本当に、お兄様の許した相手としか踊れないのかしら……。デュ・リエールの醍醐味が……。
フィーラとて、今日くらい素敵な男性とダンスを踊りたい。
前世ではそんな機会はなかったに等しいのだ。前世のフィーラは男性とダンスを踊った記憶など、中学生の時、オクラホマミキサーを踊った記憶しか持っていないし、今世とて、子供の頃の記憶しかないのだから、同じようなものだ。
「ああ、来た来た」
兄の視線の先、一人の男がこちらに近づいて来るのが見える。
男はロイドとフィーラの目の前にくると、ロイドに「付添人のご指名ありがとう」と言った。
デュ・リエールは基本、成人を迎える令嬢とエスコート役のみで構成される。
しかし、エスコート役が傍を離れなければならない場面も出てくるため、エスコート役が選んだ男性を一人、付添人として招待することができるのだ。付添人は家族でも、他人でも構わない。
エスコート役の男性が傍を離れる際には、付添人がエスコート役に代わり、令嬢を見守ることになる。
それだけではなく、女性よりも男性の数を多くすることで、なるべく壁の花を作らないようにとの配慮も兼ねている。
――……付添人のこと、すっかり忘れていたわ。
「フィーラ、こちらはジークフリート。僕の友人だ」
ジークフリートと呼ばれた男は、フィーラの手を取り、指先に口づけをした。
「初めまして。紹介にあずかりました、ロイドの友人のジークフリートと申します。今日という日に私を付添人に選んでいただいたことは、大変名誉なことと心得ております」
「まあ、兄がお世話になっております。わたくしはフィーラと申します。こちらこそ、今日はどうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
フィーラはドレスの裾を持ち頭を下げ、心からの礼を表す。
兄に頼まれて断れなかったのだろうが、癇癪持ちで我儘と言われているフィーラの付添人の話を受けてくれるなど、本当にありがたいことだ。
「フィーラ、すっかり付添人のことを忘れていただろう?」
ロイドがフィーラに顔を寄せ、囁く。
「……うっかりしていました」
「だろうと思った。今日まで一言も付添人のことを口にしなかったから」
「ですが……付添人に対して、わたくしからの要望などありませんもの。すべてお兄様がよきに計らってくださると信じておりましたのよ?」
「だから忘れたの?」
ロイドはにやにやしながら、フィーラを見つめる。苦し紛れの言い訳だとわかっているのだ。
「もうっ、お兄様」
――……でも、まあ。確かに以前のわたくしは、お兄様に付添人のことを色々注文していたような気がするわ。それなのにすっかり忘れているなんて、からかいたくもなるわよね。
「以前は色々とうるさく言ってごめんなさい……」
「いいや? フィーに言われるまでもなく、最高の付添人を用意しようと思っていたよ」
ロイドはジークフリートを見ながら臆面もなくそんなことを言う。
確かにジークフリートは艶やかな薄茶の髪に、理知的な青灰色の瞳を持つ、ロイドに引けを取らない美男子だ。
――え、あれ? ちょっとまって。お兄様のご友人ということは、きっと同学年よね? お兄様の学年には、確かフォルディオスの第二王子がいらっしゃったはずでは……。名前は確か……。
「ジークフリート様……」
「何だい?」
「もしや、フォルディオスの第二王子殿下でいらっしゃったりなど……」
「ああ、そうだよ」
「……っ失礼いたしました」
フィーラは急いで目の前の男にカーテシーをする。
「ああ、気にしないで。顔を上げてくれ。ロイドの妹なら、私の妹も同然だ」
――ええ⁉ そんな馬鹿な⁉ どれだけ仲が良いのよ、お兄様。
「馬鹿を言うな。フィーは僕だけの妹だ」
――ええ、お兄様。そこ、こだわる⁉
「つれないことを言うな。僕とお前の仲じゃないか」
「たいした仲じゃない」
――お兄様……ジークフリート様に対してはツンデレなの? さっきは褒めていたのに……。
「やれやれ。まあ、ロイドのこれもいつものことだ。それよりも、ロイドがさんざん君のことを褒めまくるから期待してはいたが……これは期待以上じゃないか!」
ジークフリートはフィーラの手をもう一度取り直し、またもや手の甲に口づけようとするが、そこをロイドに手刀で叩き落とされた。
「お、お兄様……!」
「……痛いじゃないかロイド」
ジークフリートがロイドをねめつける。
「必要以上にフィーに触るな」
「触れないと踊れないじゃないか」
「ダンスの時以外触るな」
「……まったく」
三人でそんなやりとりをしていると、二曲目の音楽が流れ始めた。
「やあ、ちょうど良かった。これで君に触れられる」
ジークフリートはそういうや否や、フィーラの腰と手を取り、大きく円を描きながら、ロイドから離れてホールの中央へと向かった。
――ええ⁉ ちょっと……、ものすごく目立っているじゃない⁉ やめてぇ!
フィーラの思いも虚しく、ジークフリートは優雅な、しかし大胆な動作で、人目を引きつけている。当然そのパートナーであるフィーラにも注目が集まった。




