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第4話 理由



――お父様って、わたくしには基本、甘かったけれど、公爵家当主としての矜持と責任感はちゃんと持っている方なのよね。わたくしが許されていたのは、まだ成人前という年齢だったから。それと、決定的な過ちはまだ犯していなかったからに過ぎないわ。もしもわたくしが、お父様の限度を超える何かをしでかしてしまったとしたら、お父様は公爵として、きっとわたくしに見切りをつけていたわね。


――本当に、あのとき転んで前世の記憶を思い出して良かったわ。もしかして、あれは神様のお慈悲だったのかしら?


「けれど、お父様。本当にわたくしが聡明ならば、このようなことになる前に気が付きましたわ。いいえ、本当にメルディア家に相応しいというのならば、そもそも、最初からあんな態度はとっておりません。わたくしは、メルディア家に相応しくはありません」


「ああ、フィー。大丈夫だ。君のその気性の激しさにはちゃんと理由があるんだ」


 ゲオルグの言葉にフィーラは無意識に首を傾げる。細い肩からさらりと豊かな長い髪がすべり落ちた。


「理由……ですか?」


「そうだ。フィー、君はきっと精霊姫になる。候補から外されたのは想定外だったが、まあ、何とかなるだろう」


 ゲオルグの言葉を聞いて、フィーラは全身の血が一気に引くのを感じた。



――今お父様は何とかなるとおっしゃったの?



 精霊姫の選定に関しては、精霊教会がその全権利を持っている。

 その選抜には平民も、貴族も、王族すら関係ない。いかなる外部の者も関与する余地はない。


 そう思っていた。



「お父様……まさか、教会に圧力をかけるのですか……?」


 フィーラの声は自分でも分かるほどに震えていた。そんなフィーラの様子を見て取り、ゲオルグが慌ててフィーラの言葉を否定する。


「フィー、違うよっ。君が考えているようなことではない。何と言えばいいのか……。フィー、メルディア家には昔からの言い伝えがあるんだ」


「言い伝え?」


「そう。このメルディア家が過去二人の精霊姫を輩出したことはもちろん知っているね?」


「ええ。もちろん。四代前の当主の長女と、七代前の当主の三女ですわね」


 フィーラの答えに、ゲオルグは満足そうに頷いた。


「そう。そしてその二人には共通点があったんだ」


「共通点?」


「これはメルディア家以外には知られていないことなんだけれどね。精霊姫となった二人は、精霊姫になる前は、とんでもない我儘姫だったんだ」


「我儘姫……」

 

 それは正に、フィーラに対する評価と同じではないか。何てことだろう。もしや精霊は我儘な人間を好むのだろうか。

 しかし、フィーラの推測はゲオルグの言葉ですぐに打ち破られた。


「そう、我儘姫。高貴な生まれに、美しい容姿。周囲に傅かれる様はさながら姫のようだったらしい。だが彼女たちはある日突然変わった。それまでとは正反対の、優しく、慈悲深く、聡明で崇高な、正しく精霊姫に相応しい人間へとね」


「そんなことが……あるのですか?」


「ふふ。フィー。それについては君が自分で証明しているじゃないか」


――何てことなの……。お父様はまだたった数分しか話していないのに、わたくしが変わったと確信しているというのかしら? それはあまりに親馬鹿じゃない? いいえ、それよりも……。


――ある日突然、変わったですって? それって、過去二人の精霊姫も、前世の記憶を思い出したと言うこと? こんなことが、そう頻繁に起こりえるのかしら? それとも、もしかしたら、それが精霊姫になる条件……なんてことは……ないわよね。過去のメルディア家以外の精霊姫が我儘だったなんて、歴史でも勉強しなかったわ。


――ああ、だけど、先ほどお父様は、メルディア家以外には知られていないとおっしゃった。ようするに、精霊姫の過去の醜聞は広まることはないということよね。だとすると可能性はあるのかしら。それはちょっと興味があるわ。けれどまあ、それは今考えることではないわね。今はお父様の親馬鹿をどうにかしなくては……。


「お父様、わたくしは、まだ何も態度で示しておりません。口先だけで中身は全く変わっていないかも知れないではないですか」


「いいや、フィー。君は自分が気付いていないだけで、確実に変わったよ」

 

 そうなのだろうか。いや、自分が変わったことは自分が一番よく分かっている。だが、それを他人がすぐ理解するかというと、それは難しいと言わざるを得ない。

 失った信頼を取り戻すのは、本来はとても大変なことの筈だ。


「お父様、それはお父様が親馬鹿だからでは?」


 フィーラがうっかり正直に言ってしまうと、ゲオルグは声をあげて笑い出した。


「フィー、君はやはり変わったよ。以前の君を思い出してごらん。こんなに穏やかに私たちが会話をしたことが今まであったかい?」

 

 ゲオルグの言っていることは正しい。

 確かに、今までのゲオルグとの会話を思い返してみれば、フィーラが勝手に怒って、それをゲオルグが宥めるという図式で終始していた。兄との会話もしかりだ。


 思い返せば返すほど、何故父と兄が以前のフィーラを可愛がっていたのかわからなくなる。


「お父様……、先ほどのお話、もしやお兄様も御存知で?」


「ん? いや、ロイドは知らないはずだけど……」


――ええっ。そうなの? まあ、お兄様って少しシスコン気味だし……。それにお兄様は学園に通っていらっしゃるから、たまにしかお会いしていなかったものね。わたくしの性格をあまり把握していなかったのかも知れないわ。幼い頃のわたくしも、ここ近年ほどには我儘ではなかったし……。



「フィー。君が変わったことは、すでに精霊たちにも知れ渡っているだろう。君の精霊姫候補の除外は、すぐに取り消される筈だ」


 自然と一体である精霊は、この世界で起こるすべてを感知できると言われている。

 精霊自体には個と言う概念はなく、一人の精霊があるひとつの事柄を知れば、すべての精霊がそれを知ることになるのだそうだ。


 ゲオルグの言葉で、精霊教会がフィーラを候補から外した理由は、精霊の意向あってのことだということが分かった。



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