第3話 反省
泣きはらした顔のアンを一度下がらせ、フィーラは父の書斎へと向かった。早急にしなければならないことはまだまだある。
「フィー! もう大丈夫なのかい?」
父付きの侍従に通してもらい、フィーラは父―ゲオルグの机の前に立つ。
仕事重視の机は無駄な装飾が全く省かれている。しかし、重厚な作りのそれは歴史ある公爵家当主であり、研ぎ澄まされた美貌を持つゲオルグにはとても似合っている。
「もちろんですわ。お父様。ご心配をおかけしました」
フィーラはゲオルグに向かってにっこりと微笑む。
「いいや、構わないよ。フィーが元気になることが一番だ」
ゲオルグは椅子から立ち上がり、大きく腕を広げてフィーラに近寄ってくる。ゲオルグは、傷ついているだろう娘を、壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
フィーラの父ゲオルグの美貌は怜悧であり、氷、冷徹とも評される。
それはゲオルグが普段あまり表情を変えないことにも起因しているが、しかし、子供たちに対してだけは、その限りではない。
フィーラを産んだ直後に亡くなったフィーラの母を心の底から愛していたゲオルグは、フィーラがどんな我儘を言おうと笑顔でそれを叶えて来た。
愛情があることは確かなのだが、その示し方が少々間違っている気がしないでもない。
生来の性格も関係しているとはいえ、何でも許され、周囲からおべっかを言われ続けたフィーラが傍若無人に育ってしまったのは、致し方のないこととも言えるのではないだろうか。
客観的に己の置かれた状況を見られるようになると、やはりフィーラ一人の問題ではないような気がしてしまう。
しかし、それもやはり甘えなのだろうか。
――まあ、一番悪いのは確かにわたくしなのよね。同じように育っても、皆が皆、わたくしのように根性が曲がって育つわけではないもの。
「お父様、わたくし、お父様にお話があるのです」
フィーラが神妙にそう切り出すと、ゲオルグは己の侍従に合図し、出て行かせようとした。
それをフィーラは慌てて止める。
「いえ、お父様。コンラッドにも聞いていただきたいわ」
「コンラッドに? それはどのような話だい?」
フィーラが我儘を言いつけたり、喚いたりする場合以外に、己の侍従に対して話があるなどとは、フィーラの普段の様子からすれば考えられないことだろう。
万一、あるとすれば「コンラッドを辞めさせてほしい」辺りだろうか。コンラッドもそれに思い至ったのか、心なし顔色が悪い。
「お父様。わたくし、今まで我儘が過ぎました。そのせいで、お父様やお兄様にどれだけの迷惑をかけてきたことか……。それだけではないわ。使用人に対しても周囲のわたくしより身分が低いと思われる方たちに対しても、わたくしのとってきた言動は、模範となるべき上位貴族としてとうてい許されるものではありません。精霊姫の候補を外されたことで、わたくしはようやくそのことに気付いたのです」
フィーラがそこまで一気に言い終えると、ゲオルグは先ほどのテッドとアン同様、普段は固く引き結ばれた口を開けっぱなしにしたまま、目を見開いてフィーラを凝視した。
二人と違うのは、ゲオルグの目にはすでに涙が浮かんでいることだろうか。
そんな父の様子には気付いたが、フィーラは気にせず今度は父の横に立つ侍従に向かって言葉を続ける。
「コンラッド……。あなたにも迷惑をかけてしまったわ。あなたは父の侍従であってわたくしの侍従ではないのに、たくさんの我儘を言ったわ。本当にごめんなさい。どうか許して」
対する侍従も目を潤ませ、優しく微笑みながら「フィーラお嬢様……。もったいないお言葉です」と言い、己の主人にするように頭を下げた。今までのフィーラに対する形式的なものと違い、心からそうしているのがコンラッドの態度から分かった。
――わたくし、コンラッドに認められたのかしら?
父の侍従であるコンラッドはとにかく優秀だ。優秀だからこそ、今までのフィーラの我儘も難なく叶えて来た。
まあ、だからこそ、フィーラから頼りにされるという貧乏くじを引くことになっていたのだが。
「フィー……ああ、フィーラ。君はなんて聡明なんだ。自ら過ちに気が付き、それを客観的に見ることができるなんて。まさにメルディア家に相応しい、崇高で気高い精神だ」
―お父様……過ちってわかってたんじゃないの……。それならもうちょっと叱るとか何とかすればいいのに……。
わかっていてなお、あの態度だったというのなら、あのままフィーラが前世の記憶を思い出さなかった場合、きっと碌な未来にはならなかっただろう。
フィーラは、己が崖っぷちギリギリのところで足踏みをしていたのかも知れないと思い至り、小さく身震いした。