第20話 何かの間違いでは…?
「ああ。メルディア家の御令嬢ですね。君は特別クラスです」
「は?」
うっかり令嬢にあるまじき腑抜けた声を発してしまったフィーラだったが、それほどに目の前の教員らしき男が放った言葉は衝撃的だった。
「あの……何かの間違いでは?わたくしはすでに精霊姫の候補を外されています」
でなければ、以前のフィーラがあそこまで荒れてふてくされることはなかった。
フィーラの言葉に、男は急に目の前のフィーラではない誰かと連絡を取りだした。傍目には男がひとりで喋っているとしか見えないが、精霊姫候補だったフィーラには見覚えのある光景だ。
フィーラが候補と定められてから候補を外されるまでの短い期間、何度か精霊教会へと足を踏み入れていた。その際に、目の前の男と同じように、精霊を通して遠くの人物と会話をしている姿を何度となく見てきたのだ。
――この方、精霊士なのね。
精霊姫や聖騎士以外にも精霊と関わる者たちがいる。それが精霊士だ。
聖騎士と精霊士、どちらも精霊と契約すること自体は変わらないが、聖騎士が精霊の守護と精霊の持つ力をわが身に宿して自由に使役出来るのに対し、精霊士はあくまで精霊に頼み、その力を借りて事を成す。自分の意志で精霊の力を自由にすることは出来ない。
「今学園側に確認をとってみたけれど、やはり君は特別クラスで間違いないようですね」
男は表情を変えずに淡々と言葉を紡ぐ。それは男のかける硬質な銀縁の眼鏡と相まって、少し冷たい印象を聞く者に与えた。
「そんな……」
何がどうなっているのか。予想外の展開に、フィーラが立ち尽くしていると、少し離れた場所に控えていたロイドが事態を察しフィーラの側までやってきた。
「フィー。どうしたんだい?」
「お兄様……。わたくしどうやら特別クラスらしいのです。何かの間違いかと思ったのですが、こちらの方が確認をとって下さって。間違いはないだろうと……」
フィーラの目線を追ったロイドが、男を認め話しかける。
「トーランド先生。フィーは精霊姫の候補を外されました。それなのに特別クラスなのですか?」
ロイドに先生と呼ばれた男は、ロイドとフィーラを交互に見やり、軽く目を瞠った。
「何だ。君の妹でしたか。そういえば君もメルディア家の人間でしたね」
ロイドがメルディア家の人間だということは、この学園の教師や生徒なら知っていて、なおかつ留意して当然の事だろう。それを忘れるとは、この教師はよほど世間ずれしていないのか、あるいはそのようなことにははなから興味がないのかのどちらかだ。
今のフィーラにとっては、妙にへりくだられるよりもよほど好感が持てる態度だが、以前のフィーラだったらきっと不敬だ何だのわめき散らしていたことだろう。
「先生くらいですよ。僕の出自を全く気にしないのは。僕はおろか王族にも同じ態度ですからね」
ロイドの口調と言葉で、ロイドがこの教師を気に入っているのがフィーラにも分かった。
「学園では生来の身分は関係ない。教師と生徒という立場なら、教えを乞う立場である生徒に、教える側の教師が必要以上にへりくだる理由もない、と思っていますよ」
「まったくもってその通りですね。僕は先生の意見に全面的に賛成です。けれど、今はその話は置いておいて……フィーのクラスですが、本当に特別クラスで間違いはないのですか?」
「ええ。運営本部に連絡を取りました。学園側が、君の妹を特別クラスに配置したのは間違いないようです。まあ、君たちの言うことが本当ならば、あとで間違いだったと言うことはあり得ますが……今そのことを教会側に確認することは出来ないんです」
「そうですか……分かりました」
――嘘でしょ……。最初は特別クラスであとから普通クラスに移動なんてことになったら……。
かかなくても良い恥をかいた挙句、初日のクラスでの顔見世に出遅れることになる。
先ほどまでの高揚した気持ちはとたんに萎んでしまった。いくら前世では大人だったからといっても、周りは本物の、年頃の青少年たちなのだ。ちょっとした躓きが、のちの学園生活に影響を及ぼすことは多々あることだ。
――ついてないわね。でもまあ、起こってしまったことをぐだぐだ言ってもしょうがないもの。せっかくだから、精霊姫候補や聖五か国の王族をミーハー気分で見物してきましょう。滅多に見られるものではないし、わたくしの立場からすると、今後お目に書かれる人たちではないものね。
「しょうがないですわ。お兄様。特別クラスに名があるのに、普通科クラスに行くわけにもいきません。席もないでしょうしね。つかの間、煌びやかな世界を満喫してきますわ。トーランド先生、お手数おかけしました」
フィーラは気持ちを切り替え、ロイドに微笑み、トーランドに礼をいう。
「大したことはしていませんよ。それより、学校側の落ち度であったなら君には悪いことをしましたね」
「それこそ、先生が謝ることではありませんわ。それに何かしらの理由があるのかも知れませんし」
相変わらずの無表情だったが、トーランドは根は優しい男らしい。フィーラは嬉しくなり、その気持ちのままに微笑んだ。何となく、学校側はフィーラに対して良くない印象を持っているものと思っていたからだ。
―ーわたくしの思い過ごしだったわね。それとも、この方だからかしら?そういうことには無頓着そうだもの。
「……なるほど。さすがは微笑みの貴公子と名高い、君の妹ですね」
トーランドは無表情のまま、しかし、どことなくバツが悪そうに言った。
「先生。フィーは僕の妹ですよ?」
そんなトーランドの様子を見て、ロイドがにっこりとしたいつもの笑顔を向ける。
「お兄様? 先生は知っていらっしゃいますよ?」
この兄は何を言っているのだろうと、フィーラが訝しむ。今更兄妹だということを強調する必要はないだろうに。
「妹ですからね? まだ十五ですからね?」
なおも言い募るロイドに、フィーラは困惑する。
――お兄様がまた意味不明になっているわ……。どうしたのかしら、わたくし何か失礼なことでも言ったのかしら? まだ子どもだから許してほしいってこと?
「分かっています。何を必死になっているんですか? 君は」
トーランドもフィーラと同じ気持ちだったらしく、眉をひそめている。
「分かってないじゃないか。無自覚かよ!」
「お兄様! お言葉!」




