今生でも兄は妹の下僕也
「トーマお兄ちゃーん!」
今日もウエストハイランド公爵邸に可愛い少女の声が響く。俺の前世の妹にして婚約者コスモス・ノーフォーク侯爵令嬢の声である。
「コーちゃん、レディがそんな大きな声を出してはいけません。」
馬車から降りるなり飛び付いて来たコスモス嬢を抱き止めながら、俺は内心涙した。妹というかコスモス嬢は確かに可愛い。将来は必ず美人になる。だが、こいつは兄を兄とも思わぬ、前世で町内の全ての犬の女ボスの座に君臨していた鬼妹なのだ。シロクマ・コスモスとか般若のコスモスと呼ばれ、大型犬のハスキーまで配下にしていた。俺だって前世では結構強かったが、この妹には勝てず、何度ご飯を取られ、玩具を取られ、ど突かれ、踏まれ、脅された事か。どうせお嫁さんにするなら、マルチーズのルリちゃんのような心優しい子がいい。なんぞと現実逃避していた俺の耳をコスモス嬢が引っ張る。痛いです。コスモスさん。
「早くトーマお兄ちゃんの部屋に案内して!」
「でもね、コーちゃん。レディが、婚約者とは言え、男の部屋に入るのは……。」
「トーマ。」
はい、ごめんなさい。俺が悪ぅございました。しくしくしながら、コスモス嬢をエスコートする俺を家人達は何故か微笑ましく見守っている。皆、コスモス嬢の見た目にすっかり騙されているのだ。確かに将来美人になる事間違いナシの可愛さだが、俺を下僕扱いする様子も傍目には大好きな婚約者に甘える幼い令嬢に見えているかもだが、そもそも此奴は前世から『魅了』魔法の使い手なのだ。前世ではこの『魅了』魔法で獣医さんまで手玉に取っていた。その『魅了』魔法は今生でも健在らしく、あんな初顔合わせにも関わらず、俺達は初対面かららぶらぶの見ていて微笑ましい可愛らしいカップル認定されてしまっている。両親や家族の手前、望ましい事ではあるのだが、コーちゃんの本性を知る俺としては、理不尽さを感じてしまうのだ。
「へー。トーマの部屋って本が沢山あるのねぇ。」
俺の部屋に案内すると、コーちゃんは楽しそうに部屋の中を見回している。
「ねぇ、お人形は無いの?トーマ?」
コーちゃんのその言葉に、俺はこっそり眉を顰めた。前世の俺はお人形が大好きで、咥えるのに丁度いいサイズから自分の身体より大きな物まで沢山の人形をコレクションしていたのだ。因みにコーちゃんはサッカー少女犬で、サッカー日本代表のユニフォーム着てボールを追いかけ回していた。
「コーちゃん、公爵家の令息が人形集めてたら問題だよ。それより、俺の部屋に来たがった目的は何?」
俺の言葉に、コーちゃんは「ふふふ」と笑うと、壁際の本棚に近寄った。
「これが見たかったの。」
そこには俺が集めた童話や伝奇、民話などが並んでいた。全て『虹』に関わる物だ。
「お兄ちゃん、虹の橋を探しましょう!」
「コーちゃん、君……覚えているの?」
「はっきり覚えてる訳じゃないけど、でも近くに行けば分かるわ。」
そう言って胸を張るコーちゃんに、俺は確信した。
『あ、また俺、この鬼妹に扱き使われるんだ。』
悲しい確信だった。