婚約者は前世の妹だった
公爵家の東の庭園は、母上の趣味で様々な薔薇が植えられている。その薔薇の庭園の中にある四阿で、俺は初めて会う婚約者、ノーフォーク侯爵家の令嬢・コスモス嬢を待っていた。コスモス嬢とは赤ん坊の頃に親同士が決めた所謂政略結婚の為の婚約者だが、俺としては折角縁を結ぶのだから、それなりの愛情を交わしたいと思っている。それにはまず第一印象が大事だろう。コスモス嬢は花を好むと聞き、場所はこの薔薇の庭園を選んだ。菓子も紅茶もコスモス嬢の好みを調べて揃えた。後は紳士的かつ明るく振る舞い、好感を得るのだ。俺が事前にリサーチした彼女の興味を引きそうな話題を頭の中で反復していると、執事が彼女の来訪を告げた。立ち上がって四阿を出た俺の前に、薔薇の小径を通り、彼女が現れ……
「……え?」
「はあっ?!」
おい、こら!令嬢が「はあっ?!」は無いだろう?てか……お前!お前はっ!!
「お兄ちゃん?!こんなとこで何してんのよっ!!」
白いふわふわの巻き毛を逆立てて叫ぶコスモス嬢をお付きのメイド達が、慌てて取り押さえようとする。
「だって、この人っ!」
こちらに「お嬢様におかれては、急にご気分が!」とかなんとか言って、詫びながら暴れるコスモス嬢を引き摺って行こうとしたメイド達に、一つ咳払いをして笑顔を向ける。
「お気になさらず。コスモス嬢におかれては、緊張されておられるようですので、先ずはこちらでお茶でも差し上げましょう。」
俺の落ち着いた言葉に、コスモス嬢がびっくり眼で俺を見詰める。
「こっちにいらっしゃい。コーちゃん。」
その言葉に、コスモス嬢の頬が上気し、黒い瞳がキラリと煌めいた。
「オルフェ、俺はコスモス嬢と重大な話がある。人払いを。」
四阿のテーブルにつき、紅茶で喉を潤した俺は、早速人払いをオルフェに命じた。胡散臭そうな顔をしたオルフェだったが、ヤツもコスモス嬢のそわそわした様子に気付いたのか、メイドや従者、護衛達を話の聞こえない距離まで下がらせてくれた。それを確かめ、俺はコスモス嬢に向き直った。白いふわふわの巻き毛に、黒いまん丸な瞳の美少女……。
「……コーちゃん。君、コーちゃんだね?」
「トーマ!やっぱりトーマだ!お兄ちゃん!」
テーブル越しに飛び付こうとするコスモス嬢を片手で押さえ、椅子に座り直させる。
「落ち着いて。コーちゃん、もしかして虹の橋渡った?」
「そうよ。私、虹の橋を渡ったら、このヘンなとこに来ちゃって、気が付いたら人間の赤ちゃんになってたの!」
「……妹よ、お前もか……。」
がっくり肩を落とす俺を尻目に、コスモス嬢こと前世の俺の妹犬コーちゃんは、「びっくりしたらお腹空いちゃった」とテーブルの上のアップルパイを貪り食っていた。うん、そうだね。コーちゃん、アップルパイとかパイ生地好きだったもんね。「待て」も出来なかったもんね。前世の妹と思わぬ再会をしてしまった俺は、俺の分のアップルパイまで食っているコスモス嬢の前で、テーブルに突っ伏すしか無かった。
出た……美人の鬼妹(T_T)。早速トーマのアップルパイ食ってるし(^_^;