可愛い小間使い妖精
ディナーの後、メイベルに戻ってアパルトマンに帰ってきた。
「おかえりなさいませ。メイベル様」
ドアマンに案内してもらい、部屋に戻るとリトルが待っていてくれた。
「遅いじゃないメイベル!何かわかった?」
リトルが心配そうに聞いてきた。
「うん。やっぱり私はメイベルじゃないみたいだけど、これはメイベルの体よ。メイベルはいずれ戻ってくるわ」
私はメイベルが一度死んだ事をあえてリトルには伝えなかった。
「じゃあ。あなたはメイベルが作り出した二重人格って事もありうるわけね?」
リトルの答えは予想してなかった物だった。
「そうなの?またすごい考えね」
そう言って私は笑った。
あまり信用しちゃいけない。ブルーノの声が頭にこだました。
「お風呂に入りたいわ。ねえリトル、私どうしていいかわからないのだけど」
「ああ、それなら小間使い妖精にお願いするといいわ」
「……小間使い妖精?」
「そう。命令すると何でもしてくれるわ。メイベルの小間使い妖精は、ウィラーとベリーよ」
そんな妖精がいるなんてブルーノは教えてくれなかった。当たり前すぎ言うなを忘れた?
いや。メイドを雇うのが普通だと言っていた。
ブルーノは妖精を知らない……?
まあいいや。
「なんて言えばいいの?」
「メイベルはいつも『ウィラーお湯を』って言ってたわ」
「ウィラーお湯を」
そう言うと、何処からか「はい」と返事がして、それからしばらくしたら、一つの扉が開いた。
「メイベル様ご準備が出来ました」
声の方に行くと、可愛らしいメイド服を着たパグが2匹待っていてくれた。
これが小間使い妖精!可愛い!!!
「今日はどの香油をお使いになりますか?」
そう言って5つの香油を出してくれた。
「えーっとおすすめは?」
私の問いにパグ達はキャッキャと喜んでいる。
「メイベル様から意見を求められるなんて!いつも、やる気を無くした日は青い香油。悲しかった日はオレンジの香油。嬉しかった日は赤い香油。疲れた日は紫の香油。怒った日は緑の香油だったじゃないですか」
「そうだったわね。じゃあ紫の香油を」
これも何か魔法と関係するのかもしれない。
「わかりました」
可愛いパグ達は私の体をアロマでマッサージしてくれた。
「メイベル様、今日もちゃんとお掃除しときましたよ。ご飯はいらないですか?」
「……そうね」
このパグ達が色々とメイベルの生活を整えてたんだわ。
「あの部屋はいつになったらお掃除させてくれるんですか?」
背中のマッサージにまどろんでいる時だった。
「あの部屋……?」
「ほら。鍵をかけて入れない部屋です。お掃除したいです」
どの部屋だろう?まだこのアパルトマンの中を隅々とはみていないわ。
「またいつかね」
私の返事にパグ達はキャッキャと楽しそうにしている。
メイベルが鍵をかけた部屋。
リアルにあるとは限らない。現にクローゼットはリアルには見えない。
ゲームのようにアイテムボックスみたいになっていた。
そういえば、今までのものは全部魔法で動いていた。
…ノーマルは魔力持ちではないからクローゼットとかどうやって使うのかしら?
それから手紙を送るこの指輪もきっと魔道具よね?
その辺りの疑問はまたブルーノに聞いてみよう。
……これが悪い夢だといいのに。
何故、涼木鈴は死んだのか。そこをなんとか思い出したい。
それから、メイベルはどうして殺されたのか。
メイベルとしての記憶も出来うる限り取り戻さないと。
殺した犯人は私が生きているとわかるとまた狙ってくるだろう。
私はバスタブから出ると、パグ達は器用に台の上に乗り、私にバスローブを着せてくれた。
そして、椅子に座るように促してくれて、レモン水を渡してくれた。
冷えてて美味しい。
レモン水を飲み終えた頃には髪の毛はパグ達によって乾かされていた。
「メイベル様。また御命令くださいね」
「ええ。ありがとう」
そう言うとパグ達は嬉しそうにまたはしゃいだ。
この日はもう疲れて眠ってしまった。
目が覚めたらまた、いつもの現実が戻っているように祈りながら。
なんだか頭がぼやっとする。
……仕事しなきゃ。
「涼木さん、今日のアポイントって何時だっけ?」
課長に聞かれてパソコンを見る。
「10時と13時です。市内なので、バスで行きます」
「それならよかった。近頃、営業車の調子が悪いから。でもバスなら時間の余裕を持って出発するように」
「わかりました」
私はパソコンと資料をカバンに入れて会社を出た。
いつものように仕事こなしながら最近の違和感が拭えない感じを覚える。
納品日が少し違うんだよね。あと、納品業者も。
でもお客様は満足していると言ってるし。課長からの引き継ぎ案件だから大丈夫か。
でも、それだと金額的な数字が合わないような気がするけど、お客様への請求書に不備はないし。
最終チェックを複数人でやっているから大丈夫か。
「スズキスズ!起きてよ」
その声で目が覚めたらリトルがいた。
仕事の夢を見ていたんだ。ってもう前世の夢になるのかな?
「スズキスズが全く動かないから、死んじゃったのかと思ったじゃない!」
リトルはぷくっと膨れて飛び回る。
「ごめんなさい。なんか夢を見ていたみたい」
「ふーん。どんな夢?」
「忘れちゃたわ」
そう返事をしてベッドに座る。
喉が渇いたので水を飲んで、姿見のある部屋に行って自分の全身を眺める。
やっぱり素晴らしく美しい!鏡に向かって微笑み、鏡に映るメイベルの顔を見て赤面する。
当然だけど、鏡の中のメイベルも赤面している。
誰かに見られたとしたら、ナルシストだと思われるだろう。
でも、かわいいのだから仕方ない。
部屋から出ようとした時に、部屋の隅に無造作に置かれた箱が目に留まった。
もしかして、何か入っているかも。
箱を開けると、数冊の台本らしき物と、鞄、それから紙袋が出てきた。
紙袋に書いてある文字を見る。
『患者名:メイベル・イスト』
『医師:ランチ・エイブラハム 処方薬』
袋には薬が沢山入っていた。
何の薬だろう?
鞄を探ると、少しだけお金が出てきた!
とりあえず、これからの事についてブルーノに相談しよう。
今のところ頼れるのは彼しかいない。
小指のリングを動かしてブルーノに『相談があるから今から昨日の建物に行きたい』と手紙を送る。すると、すぐ手紙が戻ってきた。
『昨日、コーヒーを飲んだカフェで待っていてくれ』
と書いてあったので、馬車に乗る。
そういえば朝ごはんがまだだった。
このカフェはブルーノの行きつけでツケがきくって言われた事を思い出す。
体型を維持しないといけないから、カロリーの高い物は避けよう。
そう思って昨日のカフェに向かう。
野菜スムージーを飲んでいると、女性の店員さんが話しかけてきた。
「貴方、昨日ブルーノと来てた子ね。冴えない顔に、冴えない服。なのになんで、あの人のツケでここにいるわけ?」
さすが、日本人と違って気が強い!
普通に生きていると、キャットファイトを見たことないし、巻き込まれた事もないので、ちょっと面白くなってきた。
よく漫画とかにモテ男子を巡ってキャットファイトする話があるけど、リアルでは聞いた事がない。
私は感心して女性の顔を見た。
面と向かって公衆の面前で言うあたりもすごい。
しかも、私に絡んできたのは、鮮やかなストロベリーブロンドのスタイルのいい美人だ。
一度だけ接待で行った外国人の美しいお姉様がもてなしてくれる超高級なラウンジにいそうだ。
……その後見た際どいショーまで思い出してしまった……。
ちょっと思考を戻そう。
それくらい美人でスタイルがいい。
自分に自信があるんだろうな。
たしかに、そんな子からすると私に負けるのは我慢できないんだろう。
私はにっこり笑った。
「異性が皆、他人とは限らないし、恋愛対象とも限らないでしょ?」
キャットファイトを受けて立つほど肝は据わっていない。
「じゃあブルーノの親戚なの?彼に似なくて残念だったわね。もしも似ていたら、もっと楽しい人生が送れたでしょうに。それとも、その服だけでもなんとかしたら?そうだ!私が選んであげるわ!」
……自信がある人のお節介だ。
「これは選んでもらっているから。いいわ」
この服はセカンドクローゼットの中の服だもの。選んでくれるクローゼットに感謝してる。
「そうなの。残念ね」
そう言って私のテーブルにコーヒーを置いて行った。
彼女の反応を見ると、クローゼットを使ってないのかしら?
スムージーを飲み終えて、ノンカフェインのコーヒーを飲みながら周りを観察する。
確かに、全員小指に指輪をしている。
じゃあコレはこの世界の標準装備なんだ。
しばらくするとブルーノが来た。
「ごめんクロ。待たせたね」
さっきの店員さんはブルーノに熱い視線を送っているけどブルーノは完全に気がついていない。
「いいえ。昨日はありがとう。今日は相談があったんだけど、昨日のラボに連れて行ってくれない?」
「わかった。では行こうか」
そう言って立ち上がると、連れ立って街並みを見ながら進む。
「クロは楽しそうだね」
「ええ!今までテレビや雑誌で見た海外の街並みみたい!結局一度も海外旅行せずに終わったから、実際に見ると素敵だなって思って」
私はブルーノの少し後ろをウキウキしながら歩いた。
「テレビ?」
「まぁそんな物があるのよ」
ラボに着くと、昨日とは違う部屋に案内された。
「ここは、研究室だよ」
沢山の本の中に応接セットがあった。
私はカバンから今日もらった薬を出す。
「コレ、メイベルの持ち物から出てきたの。患者名はメイベルになってるから、メイベルの薬だと思うんだけど」
私から薬を受け取ったブルーノは医師の名前を見た。
「ランチ・エイブラハム医師。この人について調べておくよ。薬はすぐに分析器にかける」
「ええお願い」
私の返事を聞いてブルーノは部屋を出て行った。
沢山の本を見回す。
何故か文字は読めるが常識はさっぱりわからない。
しばらくするとブルーノが戻ってきた。
「分析が終わったよ。この薬から見ると、元々メイベルは心臓が悪かったようだ」
「心臓?」
「それだけじゃない。魔物の神経毒に抗体をつける薬も飲んでいた」
「私達の世界に魔物なんていないからそれが何なのかわからないわ」
「メイベルは過去に魔物に噛まれて体内に毒素が入り込んだ。放っておくと毒が増殖して死に至る。それを阻止する薬だよ。毒を消し去れるかどうかは50%の確率だね。消し去れない場合は、ずっと薬を飲み続けないといけない」
そう言ってブルーノは、薬を手に取って眺めた。
「この薬を見る限り、メイベルはかなり深刻だったようだ。これはかなり強い薬だよ」
「いつ処方されたのかしら?」
「日付を見る限り10ヶ月前だね。この薬はかなりの副作用があって、飲んだ後は痛みや吐き気で動けなくなる。場合によっては眠れない事も」
「それは大変ね。って事は私もその薬を飲まないといけないの?」
そんな辛い薬を飲むことに恐怖を感じて聞いてみた。
「嫌。その必要はない。魔物の毒は特殊で、毒を持った個体が死ねば消えるんだ。だからメイベルが死んだ時、毒も消えたよ」
「じゃあメイベルの体内から見つかった毒薬とは関係ないの?」
「ああ。無関係だ。あの毒を検査したけど、植物の根っこから採取したものだ」
「……そうなのね。じゃあ、その心臓の薬はどうなの?」
「先日検査した時は異常がなかった。心臓も一度止まっているから」
ブルーノは悲しそうに笑った。