少ない記憶をたどる
本日3回目の投稿です。
馬車に戻ってから、メガネをかけてセカンドクローゼットを準備して指を鳴らす。
これで変装完了。
「ねぇ。リトルは物を触れないのに、ハロルドは物を触れるのはなぜ?」
「ゴーストは色々なタイプがいる。ハロルドは上級魔道士で、生前の自分の記憶もある。死ぬ時に、自らゴーストになる選択をした」
「そんな事ができるの?」
「まあ、可能だよ。理由は様々だけど、例えば病気の家族の世話をしたいとかいうのも有れば、復讐のためとかいうのもあるだろう。ハロルドがいつ死んで、なんの目的をもってこの世界にとどまる選択をしたのかはわからないけど。目的を達成しても、永遠にこの世界に残り続けるんだ」
「それはつまり?」
「辛くなるだろうね。もしも、復讐目的でこの世に留まる選択をして、目的を達成しても、その後ずっと自分は存在し続けるんだ。そして目的なく存在し続けると、だんだん何も触れなくなったりするし、復讐心などが強すぎると相手が死んで長い時間が経って……誰でも襲うようになる。」
「復讐相手がいなくなっても、復讐心だけが残るから?」
「そう。だから、復讐を遂げたいのに死ななければいけない時は、皆、大々的な遺言を残す」
「どういう事?」
「魔力を魔道具に詰めて、『この魔道具を所有すると魔力を得られる代わりに復讐を代行せよ』って」
「その魔道具を見つけたのが、復讐相手が死んだ後だったらどうするの?」
「復讐相手の子孫がターゲットになる。ただ、さっきも言ったように大々的に公表する事になるから、ターゲットは逃げ続けるし、魔道具は誰も手に取らなくなる」
「手に取らない?」
「持ったが最後、殺人者になるからね」
「それはそれで怖いけど。ハロルドは復讐で残ったわけではなさそうに見えるわ」
「ハロルドに関しては、ゴーストになっても働き続けていて、次のやり甲斐や目標を見つけたのかもしれないから、人を襲う事はないと思うよ」
「確かにそんな気がするわね。じゃあ。リトルはなぜ?あんな見た目なの?」
「リトルがもしもゴーストなら、そもそも人間がゴーストになったわけではない筈だ」
「確かにそんな事言ってたわ。本当の名前を呼ばれると、実体を表すけど死神や魔物かもって!」
「リトルには謎が多いな」
その後しばらく沈黙してしまった。
「気を取り直して、まずカフェに寄ろう。何も食べてないだろ?」
「嬉しい!コーヒーってあるかな?」
カフェに寄ってガッカリしたのはコーヒーはあったけど、基本的に紅茶もコーヒーもカフェイン抜きだった事だ。
「ギフトはカフェインに弱いんだ」
と言われて悲しくなった。
デニッシュに似たパンを食べながらコーヒーを飲む。
なんだか物足りない……。
ブルーノは街角のタブロイド紙を買っていた。
「見てよ、コレ」
そこには、半分眠っているメイベルの盗撮写真が多数出ていた。
昨日のタクシーの運転手が情報を売ったらしい。
「メイベルって、半目でも美人ね」
私の感想にブルーノは苦笑いだ。
「このタブロイド紙によると、メイベルは中央教会裏の公園側でタクシーに乗ったらしい。行ってみよう」
私が食べ終わるのを待ってすぐに馬車に乗った。
そして、タクシーに乗ったという場所で馬車を降りる。
明るいと景色が違う……。
私は色々な位置に立って、それから目を閉じて昨日の景色を思い出してみた。
ブルーノは実験用のゴーグルみたいなのをかけて、手に懐中電灯みたいな物を持っている。
そしてライトを照らしながら何かを確認している。
私はもう一度目を閉じて、暗闇で見た景色を思い出した。
「教会は見えなかったはず」
私の言葉を聞いて、辺り一体を歩き回る。
教会の裏は、あまり治安が良くない地域のようで、何故ここにメイベルがいたかわからないようだ。
色々と歩き回っていると、大きな平屋建ての工場が見えた。
「そういえば、目覚めたときは廃材置き場だと思ったのよ」
それを伝えて、それらしいところを探す。
「あった!魔力を使った痕跡だ。これはメイベルの魔力だな。こっちに続いている」
ブルーノは懐中電灯で何かを照らしてそう言った後、勢いよく歩き出した。
すると、確かに寂れた工場の裏に爆発したような跡があった。
「ここにメイベルは閉じ込められていた…というか死体を隠されていた」
覗き込むと、ゴミ箱のような物があり、隠すように上から置かれていたであろう廃材が吹き飛んで、散らばっていた。
周りを探したけど、薬を投与するような物は見つからなかった。
ブルーノは持っていた工具箱のような物から金属探知機みたいな物を出した。
そして辺り一面を照らす。
「クロがここから出るときに使った魔力しか感知できないな。ここまで魔力を一切使わずにメイベルを運んだようだ。手がかり無しか」
そう話すブルーノを見ていて急に怖くなってきた。
メイベルはここに捨てられていた。
廃材と一緒に、ゴミのように……。
なんで?
怖くて立っているのがやっとだ。
ブルブルと震える私を見てブルーノは駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
私は何も答えられない。
そんな私を見てブルーノは抱きしめてくれた。
「ごめん。怖がらせたいわけじゃない」
そんな事はわかっているけど……。
何も言えなくて涙が出てきた。
そんな私に気がついたのがブルーノはぎゅっと抱きしめる。
「犯人を必ず見つけるよ。絶対に死なせたりしない。動けないだろ?抱き上げるから暴れないでくれよ」
そう言ってお姫様抱っこをして馬車まで連れ帰ってくれた。
涙が止まらない私を馬車の中でもずっと抱きしめてくれた。
やっと落ち着いて話せるようになってきた。
「魔力を使っていないって事は、ノーマルの仕業?」
涙声のまま質問する。
「そうとは限らないよ。とりあえず帰ろう。暗くなると魔物も出るかもしれない」
やっと落ち着いたのでメイベルの服に戻り、早変わりメガネも外す。
「メイベルは大切な物をどこにしまっていたのかな?貴金属も見当たらないし、お金もない」
私は相変わらずお金が見つからない事を話した。
「俺にもちょっと検討がつかない」
「しんみりしてごめんなさい。今困っているのは手紙の送り方もわからないの」
この後、手紙の送り方を教わった。
気持ちを切り替えないと。
私はこの世界でメイベルとして生きて行かなければいけない。
ブルーノは丁寧に教えてくれた。
「左手の小指に指輪をつけているだろ?これを上から押すと、アドレスが現れる」
そう言われて操作してみると沢山のアドレスらしき物が現れた。
「へぇ!今日手紙を送ったとき、現れてたのかな?」
「多分。基本的に他人のアドレス帳や手紙はのぞけないから、今、メイベルのアドレス帳が開けているかは俺にはわからない」
「なんとかアドレスが読めるわ。ただし、文字が書けるかどうかはわからないけど」
「それは慣れるしかないな。でも、文字が読めるという事はメイベルの記憶と融合できているという事だから喜ばしい事ではある」
ブルーノの言葉に頷いた。
「クロ、無理しなくていい。困ったらいつでも連絡を。夜中でもいいから。それから、メイベルを殺した犯人は検討がつかない。だから、誰でも信用しないように」
私は頷いた。
ブルーノは凄く優しい。
なんとしても長生きするぞ!
そう思ったらお腹が空いた。
「ところで、食材って何処で買えばいいの?」
私はまたもや疑問に思っている事を聞いた。
「デリバリーの頼み方?」
「違うわ。自炊するのよ。メイベルのこの素敵な体型を維持するために食事に気をつけないと」
「メイベルの口から自炊なんて聞くと倒れそうだよ。クロは料理できるのか?」
「当たり前じゃない!一人暮らしだったから自炊してたよ」
「それはすごいな。メイベルの資産だと、普通はメイドを雇って全てしてもらっていてもおかしくないはずなんだが、メイベルは極端にアパルトマンに人を入れるのを嫌がった」
「メイベルは用心深かったの?」
「わからない。メイベルについて説明するなら、彼女は莫大な資産を相続した天涯孤独の伯爵の爵位を持ったご令嬢だったって事」
「爵位?すごい!では生粋のお嬢様なのね」
「そこはよくわからない。でも、大きな屋敷も所有しているが、そこには住まずにわざわざアパルトマンに住んでいる」
「メイベルは家事をどうしてたのかしら?」
「今となってはわからないね。とりあえず今日はレストランに寄ってディナーでも食べよう」
「やったー!でもマナーがわからないんだけど」
この日はメガネをかけて、セカンドクローゼットのドレスで庶民的なレストランに来た。
料理はポトフのような物や、マッシュポテトを食べた。
この世界の味付けは、塩とハーブが中心らしい。
この店でギターを奏でて歌っているのはなんとも悲しげな声の人間のゴーストだった。
「ゴーストって色々な見た目なのね。リトルは羽が生えて小さいし」
「うん。リトルについて思うことがある。通常、プライベート空間にいるゴーストは秘書の役割をする事がほとんどだが、リトルはメイベルの予定を把握していない」
私は何が言いたいか分からずに話を聞いていた。
「つまり、メイベルはリトルを信用してなかったんじゃないのかな?」
「そんな事ないと思うけど。ブルーノに連絡するように助言をくれたのはリトルだったもの」
「うーん。そうは言うけど、メイベルはリトルの契約者が別にいると思っていたか」
「私はそうは思わないけど」
「または自動巻魔道具だから記憶できる容量が限られているのか」
また難しい事を言われて頭が混乱してきた。
「確認する方法はあるの?」
と念のため聞いてみた。
「魔道具なら本体がどこかにあるはずだけど、それくらいしか確認方法はない」
ブルーノの答えにため息しか出なかった。
1日に複数回投稿してすいません。
なんとか頑張っていきますので是非とも今後もこのお話にお付き合いくださいませ。