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疑う気持ち

室内は静寂に包まれているが、強い魔力を感じる。無人ではなさそうな様子に私達は息を呑んだ。


「一応ここからも逃げられるように梯子は現状維持の魔法をかけておくわ」

「お願いするよ。今、屋敷に応援を呼んだからここから入ってくるだろう。何があるかわからないから、ここから慎重に行動しよう」


ブルーノはポケットから小さな鞄を取り出すと、メイベルが遺棄されていた現場を調べるようにゴーグルをかけ、ライトで照らした。

魔法の痕跡を念のため探しているようだ。


廊下の壁は綺麗に装飾され、そこに過去アーサー監督が撮影した映画の一場面を切り取った写真が飾られている。

廊下というよりはアトリエの様だ。


まず初めに窓に近い部屋からドアを開けていく。

ピアノのあるアトリエに、次の部屋は書斎。それからおおきな書庫に、過去の映画の資料を飾った部屋……。

そして、来客用のベッドルームが2部屋。


今のところおかしな部屋はない。


リネン室を開けた時だった。


「魔力の痕跡がある!しかも何か大きな魔力を込めた物がこの部屋に隠されている」

ブルーノは小さな声で言った。


リネン室は整然としており、何かを探すのは困難のように思えた。

ブルーノが照らす所には、手形が見えるところがある。前世の映画でみた、血痕のをふき取った跡に残るルミノール反応の様で生々しい。


リネン室の奥まで進むとそこで痕跡が途絶えている。


「このあたりに何かあるはずなんだけど……」

ブルーノは痕跡が途切れた所を探す。


「何をさがせばいいの?」


「この部屋にあったら変なものだよ」

ブルーノはそう言いながらシーツの間などを探す。


「ねえ、この部屋にパジャマはおかしくない?」

私は目の前に綺麗に畳まれたシルクの真っ白いパジャマを指さした。


「確かにおかしい」

ブルーノはそう言うと、スパイ活動の時にも使用した透明な手袋と現状維持ができる袋を取り出してその中にパジャマを入れた。


「パジャマの下のナイトキャップもいれて」

私の指示でブルーノはナイトキャップも袋に追加する。


「他におかしいものはないね。じゃあ一階に行ってみよう」


「でも、その前に窓を開けていいかしら?入ってきた窓だけ開けても風が通らなくて気持ちがわるいわ」

私はそう言うと、階段横の窓を開けた。

さわやかな風が通り抜けてこの重苦しい空気がすこしマシになった。


「それじゃ下に行こう」


一階は吹き抜けのエントランスに応接間があるが、階段を降りるとすぐサロンがあったため、そちらから調べることにした。

サロンに入るとまたもや異様な雰囲気だった。


「見て。まるでさっきまで誰かがお茶をしていたみたい」

そこには紅茶の入ったカップが2客あり、サロン中央に置かれた大きな花瓶には美しく花が咲いている。


「花は毎日お水を交換してあげないといけないわ。やっぱり誰かいるのよ」

私が言うとブルーノはびっくりした顔をした。


「そんなはずない。俺には花瓶の花は枯れて見える。それにそのカップは空っぽだよ」

そう言ってブルーノは首を横に振ったあと、私にも予備で持っていたであろうゴーグルとライトを渡してきた。


それを付けてびっくりした。

先ほどまで見ていた景色と全く違うのだ。

花は枯れて、花弁が床に落ち、豪華なテーブルの上には、使いかけのカップがあるが、中の紅茶は蒸発して、紅茶が入っていただけの痕跡があるだけだった。


「これって……」

その先の言葉が出てこない。


「現状維持の魔法はかなりの魔力を使うから、『現状維持に見える魔法』を使ったんだろう。実際は現状は維持できていないが、これなら、ただ部屋を覗いただけなら、わからないだろう。これは少ない魔力で出来るんだよ」


「何故こんなことを?」


「さっきまでアーサーがここに居たと思い込ませるためじゃないのか?」


「それって誰かが訪ねてくると思っているわけよね?」


「そうだね。これを誰に見せたかったのかは不明だ。リネン室は痕跡を消さずに立ち去ったようだけど、サロンは痕跡を綺麗に消し去っている。しかも違和感だらけで、どれが本当の違和感なのか探すのが難しい」

ブルーノは言った。


「ねえ。すこし気になったんだけど。このサロンのカーテンや椅子のラグ。全て冬の柄じゃない?」


「確かに。私が最後にアーサー伯爵を訪ねてここに来たのは4ヶ月前。もしかしたらその直後からこのままかもしれないのか?」


そう言ってブルーノは驚いた顔をした。


「わからないけど。とりあえず違和感を探しましょう?」


魔法の痕跡を探すライトを照らしながら室内を見ていく。

今のところ痕跡は見つからない。入ってきた扉とは別の扉を開けると、サロンはそのまま温室に繋がっていた。


「温室の方にいくわね」

念のためブルーノに声をかける。


「わかった。気を付けて」

ブルーノは念入りにサロンを調べている。


魔法を探知するゴーグルを外してみると温室の花は綺麗に咲いているが、魔法探知用のゴーグルをつけると花は枯れており、無残な状況だ。


温室では地植えではなく、植木鉢に植物を植えて、いつでも外に出せるようにしてあるようだ。

そんな鉢植えの植物にライトをあてて、すこし違和感を感じた。


「ブルーノ!ちょっと来て」


私の呼ぶ声でブルーノがサロンから来た。


「ねえ、ほとんどの鉢が枯れているのに、3個だけ枯れていない鉢があるの。多肉植物の鉢よ。なんか違和感があるの」


「今、ちょうど屋敷から騎士達が到着した。入口のドアを開けに行こう。バラバラに行動するのは危険だ」

そう言って私の手を握るとエントランスに向かった。


流石にこの民族衣装では変なので、指を鳴らして、メインクローゼットの服を変更すると、メイベルらしい、胸元の大きく開いたドレスへと変わった。

まあこれで我慢しよう。


人気のないエントランスは少し不気味だった。

この屋敷に誰もいないのが不思議なくらい人の気配があって空家のような感じがしない。


エントランスの扉を開け正門に向かうと、アシュバートン侯爵家の紋章をつけた騎士や魔導士達が待機していた。


「この屋敷の周囲などの重点的にしらべてくれ。違和感のあるところを特に重点的に調べてほしい」

ブルーノの指示でシールド内を重点的に調べる。


違和感があったのは使用人の部屋と先ほどのリネン室、そして多肉植物の鉢だった。

ブルーノは魔導士であるロイにリネン室で見つけたシルクのパジャマとナイトキャップを見せた。


「ブルーノ様。見つけた場所に案内してください」

そう言われて、ブルーノはリネン室に案内する。


「元あった場所に置いてください。正確でなくても構いません」

ロイの指示でリネン室にパジャマを置く。


すると、ロイは魔法陣を発動した。

そして、パジャマへと魔法をかけると、パジャマとナイトキャップが、人間の大きさの繭のような物に変化した。


「やはりそうだった!これは対処できない。魔法省に連絡をします。そして救護班を至急要請します」


そう言って、指輪を回してどこかに手紙を送っているようだ。

リネン室にいる全員に緊張が走る。


それから5分ほどで魔法省の職員が到着した。

繭を見るやいなや、私達をリネン室から出した。


ドアが閉められ、中では何が起きているかわからないが、ドアの隙間から青白い光が漏れ出していた。


「どうなっているの?」

ブルーノに聞くと恐怖で顔が歪んでいる。


「今では禁止されている封印の魔法を使って誰かを閉じ込めているんだよ。閉じ込めた上に見つからないように隠してあった。このまま一年くらい経過したら、閉じ込められた人は多分死ぬだろう。誰がこんなことを……」


「じゃあ犯人は、閉じ込めた人を殺すつもりだったって事?」


「ああ。そのようだ」


しばらくすると青白い光が消えた。


「ドアを開けます。近くの方はどいてください」


中から声がして、扉が開いた。

担架に乗せられた若い男性が運び出されてきた。


口には呼吸器をつけており、意識は無いようだ。

男性を乗せた担架を魔法で操作しながら、魔法省の職員が階段へと向かっていった。


後に残った男性は私達を見た。


「私は魔法省のコンラッドです。詳しいお話を聞きたいのですが。発見者の魔道士の方に話を聞きたいのですが」


するとロイは一歩前に出た。


「お話もさることながら、まだおかしな点があるそうなので、我が主君であるアシュバートン侯爵に案内をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「まだあるのですか?」

魔法省のコンラッドは低い声で言った。


「まず先に言っておきますが、ここはアーサー伯爵の屋敷です。私はアーサー伯爵から門の鍵を預かっており、敷地に入りましたが様子がおかしいため、室内に不法侵入しました。その中で、私達が明らかにおかしいと思う場所を案内します。後で全て調べてください」


ブルーノはそう言って、二階から一階へと移動した。

そして、あのサロンに案内した。


異様な雰囲気に、魔法省の職員達は息を呑んだ。


私達は更に温室へと向かった。

そして、あの多肉植物のみが枯れてない事に不信感を覚えた事をブルーノは説明した。


「サロンや音質は「現状維持に見える魔法」がかかっていますね。いわば写真を見せられているような物だ。触るとおかしいと気がつく」

魔法省の職員がボソッと呟いた。


「確かにこの多肉植物の鉢から強い魔力を感じます」


魔法省のコンラッドはそう言うと、多肉植物の鉢を3つ並べた。


「危険なのでサロンに戻っていてください。もしかしたら魔物が出てくるかもしれませんし」


そう言われて、私達は温室から出ると、大きなサロンの入り口に近い位置まで移動した。

温室へと続くドアは閉められ、複数の魔法省の職員が中に残っている。


15分ほど待っていると、音質のドアが開いた。

そして担架に乗せられている人を見てブルーノの様子が変わった。


「アーサー伯爵!それにノエルにマーサ!」

そう叫んで担架に駆け寄った。


アーサー伯爵ではないかと思われる男性はその声で少し目を開けた。


「ブルーノ、お茶を飲み終えたら研究所に向かう約束だろ?もうとっくに飲み終えたのに君は戻ってこない」

それだけを言うとまた意識を失った。


コンラッドが疑惑の目でブルーノを見たが、今は意識のない3人が優先だ。

担架に乗せられて運ばれていく。


私達はただただ見守るしかできない。


「今、一瞬意識を戻されたのがアーサー伯爵ですか?」

コンラッドはブルーノに質問した。


「はい。それから、女性はメイド長のマーサ。そして執事の服装だったのがノエルです」


「先程の男性は誰かわかりますか?」


「わかりません。検討もつかないです。一体何があったのかも想像もつきません」

ブルーノは低い声でそう言いながら部屋を見回した。


本当に何が起きているのかわからない。

もしかしたらメイベルが殺された事件とも繋がっているのかしら?


「それから、我が領の魔道士達が見つけた使用人の部屋へ向かいましょう。そこは私達もまだ見ていない。ロイ、案内を頼む」


指名されたロイは3階の使用人の部屋まで私達を案内してくれた。

何か異様な雰囲気だったが、何が変なのかはわからない部屋だった。


ロイは一枚の絵画を指差した。

大きな油絵だった。


「あの絵から異様な雰囲気を感じる。多分誰かが閉じ込められている」


その言葉で、私達は部屋から出るように言われた。

それからしばらくして、やはり呼吸器のような物をつけられた4人が部屋から運び出された。


「いまから私達魔法省の職員で、ほかに怪しい箇所がないか確認します。アシュバートン侯爵様、それからメイベルさん、お2人は2階のアトリエに。それから、アシュバートン領の魔道士や騎士の皆様も同じように2階のアトリエに待機してください」


そう指示されて、2階のアトリエに向かった。

アトリエでは、レッスンなどもできるようになっていたのか、壁の一部が鏡張りになっており、バレエ教室くらいの広さがある。



そのアトリエでは、魔道士のロイが席を整えてくれて、私とブルーノはロイがアイテムボックスから出したパーテーションで仕切られた場所に座り、その奥では騎士や魔道士達がそれぞれくつろぐ形になった。


「ロイは野営などをした場合の、執事代わりだから、なんでも準備してくれるんだ」

ブルーノはそう言って笑ったがびっくりするくらい何でも出てくる。


座り心地の良い簡易ソファーに、テーブル。

そして冷たいフルーツドリンクまで用意してくれた。


私はメイベルの雰囲気を壊さないように振る舞うのが精一杯だ。

私の「メイベルへのなりきり練習」などを知っているのは、ブルーノの屋敷でもごく一部の人間だ。

だから、ここではあくまでメイベルとして振る舞わなければいけない。


「ありがとう」

メイベルっぽく意味深にそう言うと、ロイは下がってくれた。


パーテーションの外を見ると、所狭しと魔道士や騎士達が寛いでいる。

50人くらいの屈強な男達がくつろぐと、空きスペースは全くなく、すごく狭い部屋となっていた。



しばらくすると、魔法省の職員達が戻ってきた。


「それでは、この屋敷についての聞き取りを始めます」 

そう言って5名ずつの聞き取りが始まった。


操作範囲はどこまでだったのか、ここには初めてきたのか?

などを質問されていた。


そして、2回以上ここに来たことがあるものが残された。


必然的にブルーノから任務を請け負う者が残った。


私とブルーノは別々に話を聞かれた。


何故ここに来たのか、何故2階の窓から入ったのかなどを聞かれた内容を答えた。


「リネン室で見つかったのは、クリストフ・ヘルソン氏ですよ。痩せ細って別人のようでしたけどね」



クリストフ・ヘルソン!!

魔法省の職員の話でビックリして口元を押さえる。

それって推定容疑者の1人で、メイベルと同じ年齢のモデルよね……。



「全く別人のようでわかりませんでした……。彼は助かったんですか?」


私の反応を見て、魔法省の職員は少し笑顔を見せた。


「今回見つかったこの家にいた方々は皆さん助かりましたよ」


「よかったわ」

私は少し力が抜けた。

安心して手をぎゅっと握った。


「貴方様が見つけた植物ですが、魔物の血を与えて育てた物のようです。その植物に動かない生き物を与えると、共存行為を行うようです。今回、アーサー伯爵やその執事が、あの植物の根の所に、20センチほどの魔法のカプセルに入れられて植えられていました」


私はなんか違和感を覚えた。


「魔物の血を与えられた植物と、そこにいた人間は共存するって事ですが、人間の体に影響はあるんですか?」


「もしも、魔物に噛まれた経験が有ればどうなるかわかりませんが。無ければ、人間の栄養を吸い取りながら植物は大きくなります。少し大きくなると、次は植物が人間に栄養を与えます。そうやって共存します」


私はメイベルの体内にあった魔物の血の事を思い出した。

少し震えた。


「寒いですか?それはこの屋敷にかけられた魔術のせいですよ。現状維持に見える魔術のね」


「……そうなんですね。ちなみに、アーサー伯爵は運ばれる前に意識を取り戻しましたが、今は?」


「今は、魔法薬のおかげで、また意識を取り戻しました。アーサー伯爵の話によると、最後にこの屋敷を訪れたのは、アシュバートン侯爵様だそうですよ。なにせ、彼はアーサー伯爵の名付け子だから、この屋敷に自由に出入りできたそうですよ」  



魔物の血を使った植物

ヴェロニカは魔物に噛まれて死んだ

メイベルの血液中にあった魔物の毒



アーサー伯爵の証言のせいで、今からブルーノは魔法省での取り調べが始まるそうだ。

ロイはもう既に、ブルーノの弁護士の手配も終えたそうだ。



「メイベル様、送りますよ?」

ロイに言われたので、私はメイベルのアパルトマンに送ってもらう事にした。


ブルーノのいない屋敷に戻っても仕方がないし、それにブルーノが犯人かもしれない。

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