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スパイ終了!

月曜日、コリンヌのところに行く前にライザの所に寄った。

カフェに入るとライザはいつも通りだった。


「ねぇ、昨日はダレルと2人でどこに行ったの?」


「大聖堂を案内してもらったの。ダレルが、『2人っきりにさせてあげよう』って言ってね。ライザこそ、どこに行ったの?」


「あの後、市民ホールの絵画展を見てね、ランチバスケットを買って、公園に行ってランチを食べたの。すごく楽しかった。やっぱりネイサンて素敵ね」


楽しそうに昨日の事を話すライザを見て安心した。

「やっぱりって言うって事は、ライザ、ネイサンの事、素敵だと思ってたの?」


そう聞くと恥ずかしそうに笑って答えてくれなかった。



カフェから出て、ふと思った。


イデオン・サーストンを招待してもいいものなのかな。

メイベルは何を考えて、どんな話をして、イデオンと会っていたのかな?



色々な事を考えながら歩いていた。


すると、向かいからブルーノが歩いてきた。

隣にはあのキレイな緑色の髪の可愛らしい女性がいる。

2人は腕を組んでいた。


「今からカーネギー氏のところか?気をつけて。くれぐれも徒歩で行かないように」

「わかってるわ」


私が答えると、ブルーノの隣に立っていた女性は、ブルーノをじっと見た。

それでブルーノは察して、私を見た。


「ああ、紹介するよ。こちらはフローラ・ノイル伯爵令嬢。うちのラボの研究員だ」

フローラと呼ばれた緑の髪の女性は得意げに私を見る。

その瞳は綺麗なピンク色だった。


昨日聞いた宝石商に詳しい女性だ。

この世界では、貴族同士はエスコートという文化があるのは知っているから腕を組んでいる事は仕方のない事。

頭ではわかっているのに面白くない。


「こちらはスズ、発音が難しいからクロって呼んでいる。今、うちの屋敷に居てもらっている」

「それって一緒に住んでるの?」

女性の声は甘ったるく、しかも怒りを含んでいた。


「それはダメよ! 所長は『侯爵様』なのよ?そんな立場で未婚の女性と住んでいたら、愛人だと思われるわ。だから、この方には出て行ってもらって、まず婚約者を探さないと」


「クロには色々と手伝ってもらっている。だから、今は居てもらわないと困るんだよ」

そうブルーノは言った。


ブルーノの言う通り、あまり態度を明らかには出来ないとこんな問題が起きるのね……。

ちょっとムッとするけど、我慢して笑う。


「私を見て、愛人だと思う人はいないわ。せいぜいが秘書だと思うわ」

私の言葉にフローラはちょっと品定めをするように私を見たが、何か納得したのか笑顔になった。


「確かに、貴方を愛人にするほど所長は困ってませんものね」

そう言ってにっこり笑った。


「所長。そろそろ行きましょ?この後、会食でしょ?」

そう言って、ブルーノに急ぐのを急かして私の横を通り過ぎた。

その時の目が、明らかに私をバカにしていた。

彼女はブルーノ狙いなんだ。


すごくモヤモヤするけど、ここは我慢しないといけない。

自分でもメイベルの爵位について調べてみようかな。



気持ちを切り替えてブラクストンホテルに馬車で向かった。


いつものようにエントランスホールに入ると、ダレルがいた。

研修でこのホテルに来ているのだろう。

マネージャーの制服がやけに似合う。


ダレルは私を見るとにっこり微笑んだ。

私も笑い返して、いつものようにスイートルームに向かった。


ノックをするとコリンヌがドアを開けてくれた。

「ボスがお待ちよ」


中に入るとカーネギー氏が立ち上がった。

「金曜日、君たちを巻き込んで悪かった」


「いいえ。気にしてませんわ」

私の答えを聞いてカーネギー氏は少し笑った。


「実は、今日、取引先からシンブロス産業の噂を聞いたんだ。あの会社の業務や役員や資産などを新会社であるブロッサリー産業に移行したらしいと。今のシンブロス産業は借金だけを残した状態らしい」


「つまり、全てを新会社に移行して、旧会社は破産させる。新会社は借金がない状態から始められるし、銀行への借入も簡単に出来る」

私が答えるとカーネギー氏は頷いた。


「だからシンブロス産業には、今は価値はない。それどころか役員にされたら借金だけを背負うことになる。だから簡単に『役員の椅子を用意する』って言ったんだ。産業スパイをさせた上に、借金漬けにするつもりだなんて最低な考え方だ」

そして本を渡された。いつもの受渡の本だ。


「今日を最後にこのような事は止める。社内のスパイも突き止めたからね。君には本当に感謝している。明日の夕方、会社の方に来てくれ」


「わかりました。……コリンヌは新居に引っ越さなくていいんですか?」

私の質問にコリンヌが答えてくれた。


「実は、ボスのお母様が今、海外にいるの。それでアパルトマンが何年も放置になっているからそっちに住んでいいって。家賃も破格なの」

コリンヌは楽しそうに笑った。


「じゃあ、コリンヌの料理は今日で食べ納めですね」

カーネギー氏にそういうと、ちょっと寂しそうに頷いていた。


なんだか子供みたいなカーネギー氏を見て、思わず笑みがこぼれる。

ライザの言う通り、カーネギー氏はあまり恋をした事がないのかもしれない。

不器用なやり方に、いじらしさを感じる。


「じゃあ行ってきます」

私が言うとカーネギー氏の態度が変わった。

急に経営者の顔になった。


「これを渡したら、次の引渡しのものを受け取らずに、すぐにカフェから離れるんだ。コーヒーも飲まない方がいい。むしろ、馬車を待機させた状態で受渡をする方が賢明だ」


「わかった。そうするわ」


「ここまで我が社の為に貢献してくれてありがとう。本当に感謝する」


そう言って握手を求められた。

この場合、カーネギー氏から握手を求められるのは光栄な事だ。


「いえ。なんだかやり残した事を完了した気分です。では、これで」

あの最近あまり見ない前世の仕事中の夢の続きのよう。

今日でこのホテルに来る用事は無くなるのかもしれない。


なんだか楽しかった。


くだりのエレベーターはダレルだったが、話しかけてくる事はなかった。

さすが一流ホテルのホテルマン。


私もここからの展開を考えて緊張しているので一言も話さなかった。



そして、17時30分

ダナハービルのカフェで、ウインナーコーヒーを頼んだ。

店内には1組の男女が楽しそうに談笑している。


「ごめんなさい、急いでいるので前払いでいいかしら?」

私は外に待機させている馬車を見た。


店員も外をチラリと見る。

パトロンが待っていると誤解したみたいだ。


「かしこまりました。お代は先に頂きます。では席までコーヒーをお持ちしますね」


そう言って席に着くと、すぐにコーヒーと本が運ばれてきた。


「先日のお忘れ物の本です」


「ありがとう」

それを受け取り座席に置くと、すぐに立ち上がり、走ってカフェから出た。そして外に待機させてある馬車に乗ると、すぐに馬車を出してもらった。


きっと、あの店内では今、何かが起きている。

でも、それを知ってしまうと私にも危険や責任が及ぶと思って、こんな対応になったのだろう。



馬車の中でメガネを外した。

このモヤモヤした気持ちの正体はなんとなくわかってる。

前世の仕事の夢のせいだ。

涼木鈴はどうして死んだかを知りたい。

でも今は異世界。

知る術はない……。



なんだかモヤモヤした気持ちは、何をしても解消できなかった。

「今日の事で怒らせてしまった?フローラは本当に部下であって何もない」


今日、フローラに言われた事を気にしているのかと思われたのかな?

すっかり頭の中から抜け落ちていた。


「今日の事は気にしていないわ」


「それならよかった。実は、メイベルの母君の足取りと、ヴェロニカの母君の足取りがわかった」


メイベルのお母様は事前に聞いていた通りの足取りだった。

お母様のそもそもの出自は、隣国の子爵令嬢がメイドとして王宮で働いていたそうだ。

メイベルの髪の色と瞳の色は隣国の王族の血を色濃く受け継いでいるらしい。

しかも。貴族同士の子供という事で王女の称号を持っているようだ。


それに対して、ヴェロニカのお母様はこの国の辺境にある小さな宿屋の娘だったらしい。

未婚で出産して、父親は誰なのか未だ不明だそうだ。


髪の色はひまわりの花のような金髪で、それは母親も同じだったらしい。

瞳の色は母親には似なかったようで、濁ったピンク色。言い換えるなら濃いローズクォーツ色だったようだ。

本人は、紫だと言って譲らなかったそうだが……。


そして、ブルーノの調べによると、メイベルとヴェロニカに接点は無いようだ。


「本当にわからない事だらけね」


「後回しになっていたけど、メイベルの薬を処方したランチ・エイブラハム医師についても調べたけど、女優や俳優などセレブ専属の医師のようで、紹介じゃないと診察すらしてもらえないらしい」


「不審な点はないわけよね?」

「そうだな。今のところ見当たらない」

「ありがとう。でもなんだか会う気持ちにはなれないわ。体から疾患が消えたのがわかったら、色々と調べられそうだし」


「確かにな。無理に会う必要は無いよ」


なんだか不安の種が尽きない中、眠りについた。



次の日の夕方、メガネをかけて、約束通りカーネギー産業に行った。


受付にはコリンヌが座っていた。

私を見るとにっこり笑った。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

そう言って一階にある展示室に案内してくれた。


すると、そこにはカーネギー氏と数十人の社員がいた。


真ん中には大きな機械…魔道具がある。


私が入ると拍手で迎え入れてくれた。


「今、到着されたのがス…ズさん。社長秘書であるコリンヌ女史の友人です。彼女のお陰で、我が社の製品の秘密保持が保たれました。そしてこの度コンペに勝ち、この製品が商品化される事になりました」

そう言われ、拍手で迎えてもらった。


スズって言えなくて、きっとカーネギー氏は何度も練習したのね。


これはこの部署のセレモニーなんだ。

この機械……魔道具について知っているわけではないけど、チームの一員になった気分だ。



「我が社の社員では無いのに、本当にありがとう。この製品のプロジェクトチーム全員で感謝を伝えたくて、このようにさせてもらった」


突然の事になんだか照れ臭くて恥ずかしかった。

機密情報が漏れる事や、やる気を削がれる事は阻止したかった。


本当によかった。



そしてこの後、コリンヌに案内されてカーネギー氏の社長室に向かった。


「ス…ズさん。本当にありがとうございました」


「カーネギー社長。クロでいいですよ。発音が難しいみたいですから」


「クロさん。君のお陰で秘密保持が保てたし、大きな利益も生まれる。まず、この件についての推定利益の10%を君に渡したいと思う。それから、我が社の社員にスカウトしたい」


「ありがとうございます。でもお気持ちだけで十分です。その資金を寄付などに使ってください。それから、せっかく社員としてのオファーを頂いたのですが、辞退させてください」


「それは何故?」


「私は今、ブルーノのお手伝いをしています。毎日、最低5時間は業務があります」


メイベルのなりきりレッスンがね。

これは業務…。


「だからどこかにお勤めは難しいのです。それに、スパイごっこは楽しかった!貴重な経験ができてよかったわ」

そう答えて笑った。


「そんな無欲でいいのか?」


「ええ。今は、色々な事を一つずつ解決していくのが業務です。まだわからない事も多いけど」


そう、まだ沢山の謎が残っている。その一つを質問することにした。


「カーネギー社長。一つだけ、下世話な質問をしてもいいですか?」


「もちろん。君の質問に答えよう」

カーネギー氏は優しい口調で言ってくれた。


「過去によく、女優のメイベルとの写真をパパラッチに撮られてましたが、差し支えない範囲でどんな話をしていたか教えてください」

これは沢山ある謎のうちの一つだ。


「ああ。あれは、不動産投資の話だよ。聖クリチャード学園の跡地の一角を買う事はできないのか?という話と、我が社に投資して株主になりたいという話だったよ。結局、条件が折り合わなくて頓挫したがね」


「教えてくれてありがとうございます。それではそろそろ失礼しようかと……」

私は出口の方を向いた。


「やはり君は多くを望まないね。君は無欲なんじゃないかと、初めからそんな気がしていたから、君にプレゼントを用意しておいた」


そう言ってネックレスの箱のようなビロードのケースを渡された。

中を開けると、未加工の宝石のような石が入っていた。


「これは我が社で扱う最高級の魔石だ。加工して何かに使ってもいいし、このまま置いておく人もいる。君の自由にするといいよ。これでも全くお返しとしては足りないがね」

カーネギー氏は眉を下げて私を見た。


「では、お言葉に甘えてこちらは頂いて帰ります」

私に魔石の価値はわからないが、これも辞退してはカーネギー氏を困らせる気がしたので頂くことにした。


「じゃあ、袋に入れるわね」

コリンヌはそう言って、そのビロードの箱を宝石商のロゴの入った紙袋に入れてくれた。


「じゃあ下まで送るわ」

コリンヌが出口まで案内してくれる。


「クロ。本当にありがとう。あなたのお陰で、他部署との交流も始まったし、いい事が沢山あったわ」

そういって両手を握られた。


コリンヌの顔は今までで1番楽しそうだ。


「それならよかった。私も、スパイごっこは本当にスリル満点だったわ」


「クロは魔法が使えるから、果敢に挑むけど、私は使えないから。本当に危険な目に合わせてごめんなさい」


「気にしないで。また、3人でご飯食べたりしましょう」

そう言って、受付のところで別れた。


カーネギー産業の敷地内にある馬車の停車場まで歩いている時、遠くにダレルがいるのが見えた。


ホテルの仕事が終わったのかもしれないが、残念ながら乗せてあげる事はできない。

これはブルーノ所有の馬車だもの。


向こうもこっちに気がついていないのか、通り過ぎていった。

よかった。

ここで声をかけられても面倒だもの。


私は馬車でダレルを追い越して、そのまま貴族街へと向かった。


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